発生確率80%の非科学を暴く
書評:小沢 慧一 著『南海トラフ地震の真実』
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
(「電気新聞」より転載:2024年9月27日付)
南海トラフ地震臨時情報という、およそ意味不明な警報もどきが発令された。夏休みの書き入れ時だった観光地ではホテルのキャンセルが相次いだりして、大きな経済損失が出た。南海トラフ地震といえば今後30年以内にマグニチュード8クラスの大地震が来る確率が70%から80%とされている。他の地域は20%程度だからかなり高い。世間では、次の大地震は南海トラフ地震だ、と受け止められてきた。
ところがこの80%という数字はでたらめだった。南海トラフ地震だけに特別なモデルが適用されていたのだ。他の地震と同じ方法で計算すれば20%だったという。
しかもその「時間予測モデル」が全然科学的ではない。過去の地震による地盤隆起量と時間間隔が比例関係にあるというモデルなのだが、データはわずか1カ所、高知県の室津港のものに基づくのみだ。これだけでも科学的にはナンセンスだが、さらに小沢記者は現場に赴く。原データは江戸時代の古文書で、港の深さを測ったものだ。だが、どこでどう測ったのかは記録がない。昔のことなので、竹竿をさしたりしたらしい。なんとも大雑把なデータである。
そもそもこのデータはなぜあるのか。地震のたびに地盤が隆起するので、港内の水深が浅くなり、いつも水底を削る工事を行っていたという。どのぐらい掘り下げたらよいかを調べるために、水深を測っていたわけだ。
すると、この水深のデータは人工的な活動が寄与しているので、自然活動である地震予測にはもちろん使えない。
80%なる数字が科学的にナンセンスで、20%に下げるべきだという意見は地震調査委員会でも議論になった。だが数字を下げると予算が付かなくなるし、すでに手掛けた公共事業ができなくなる、といった政治的理由で却下された。
小沢記者は、南海トラフ地震ばかりが強調された結果、他の地域で地震への備えがおろそかになったことを憂いている。2018年の北海道での地震で家族を失った高校生が、ここは安全だと思っていたのに、と話したことがこの本を書いた動機になったという。
本書は実名で地震学者が多く登場する。「時間予測モデル」の論文を発表したのは島崎邦彦氏だが、小沢記者による取材には応じなかったとのことだ。島崎氏は12年に原子力規制委員会が発足したときの副委員長でもあった。そこでは科学は貫かれたのだろうか。
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『南海トラフ地震の真実』
小沢 慧一 著(出版社:東京新聞(中日新聞東京本社) )
ISBN-10:4808310880