科学的根拠への信頼は根付いたか
~ ALPS処理水放出一年 ~
印刷用ページ 福島第一原子力発電所からALPS処理水の放出が始まって1年が経過しました。
これまで断続的に8回の放出が行われました。海洋環境への影響は複数の主体によりモニタリングされていますが、海水のトリチウム濃度が基準を大きく下回るなど異常は確認されていません。
日本産水産物の輸入停止措置を継続する国があり、一部の漁業関係者に悪影響が及んでいることは由々しき事態ではありますが、国内の市場動向を見ると、放出前こそ水産物に対する風評被害の懸念が大きかったものの、放出後はふるさと納税による応援など前向きな消費行動の方が目立つ結果となっています。
振り返ってみるとこの大きな流れを形成したのは昨年7月に国際原子力機関(IAEA)が第三者レビューの結果として、ALPS処理水の海洋放出は「国際安全基準に合致し、人及び環境に対する放射線影響は無視できるほどである」とする報告書を出したことではないでしょうか。
これが科学的根拠に基づく安全性として国民に浸透し安心につながったものと言えるでしょう。IAEAの報告以来「科学的根拠」は処理水放出のキーワードのように多くの場面で耳にすることになりました。一部反対はあったものの、社会が全体として科学的根拠を信じたとも言えると思います。
しかし、原子力事故からの13年余りの中で、科学的根拠が安心につながったのはまれなことであったと言えます。放射線不安を理由に避難指示が出されていない地域を含む福島県全体への訪問者が伸び悩んだり、放射線量を十分に確認した上で出荷された福島県産品がさまざまな風評もあって一部で敬遠されたりしたこともありました。
最近では福島県訪問や県産品に対する不安を聞くことも少なくなり、ALPS処理水の放出も冷静に受け止められています。
「科学的根拠を信じたことは正しかった」というある種の成功体験(あるいは「信じれば良かった」という失敗体験)は十分に積みあがっているはずなのですが、ひとつひとつの問題に対する事後検証の試みがあまりされていないこともあってか、今後の福島復興のプロセスに向け、科学的根拠が信頼され、安心につながる土壌が育っていると言えるのかについては疑問が残ります。
この問いに対する重要な試金石になりそうなものとして、現在中間貯蔵施設に置かれている除染作業で発生した除去土壌の再生利用・最終処分という課題に注目してみたいと思います。
除染等で生じた除去土壌等については、
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- 中間貯蔵開始後30年以内に福島県外で最終処分する
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- 汚染の程度が低い除去土壌について、安全性を確保しつつ、再生利用等を検討する
ことが定められています。
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- 参考
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- 中間貯蔵施設への搬入開始:2015年3月(つまり最終処分期限まであと20年余り)
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- 累積搬入量:約1400万m3
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- 中間貯蔵施設情報サイト https://josen.env.go.jp/chukanchozou/
除去土壌の再生利用はその如何が最終処分の量や施設の規模にも直結することから、普及を目指し、福島県内では2018年11月から飯舘村長泥地区で農地の造成に再利用し、覆土した上で作物栽培の実験を行う事業が進められています。また環境大臣室や総理官邸などに除去土壌を用いた鉢植えを設置する取り組みも進められています。
しかし2022年に計画された埼玉県所沢市の環境省の研修所、東京都新宿区の新宿御苑でそれぞれ芝地、花壇の深部に除去土壌を埋設する実証事業については、これまでの再生利用の取り組みの知見を取り込んだ科学的根拠のある計画でありながらも地元の十分な理解を得るに至らず、事業開始の見込みが立たない状況となっています。
世界各地の原子力発電所等からトリチウムが排出されているという点、ALPS処理水が海に放出されれば希釈される一方、除去土壌は放射能の減衰は進むもののその場にあり続けるという点など、両者を全く同じように論じることはできないかもしれません。所有権というものが存在する土地が絡むとNIMBY的思考(例えば「安全性は理解するが、なぜここなのか」)が介在する事情もありそうです。自分は安全だと思うが、安全と思わない他者が騒ぎ立てる(風評が立つ)ことが不安という人もいるでしょう。
除去土壌の再生利用については、与党東日本大震災復興加速化本部からの提言を受け、福島県外最終処分に向け技術的検討や再生利用先創出に政府一体で取り組むこととなっています。環境省からも安全性を示す様々な科学的根拠が示されていくはずですし、IAEAも除去土壌の再生利用等に関する専門家会合を開催するなど関わりを強めています。
ALPS処理水についても、政府が海洋放出を決定した当初は福島県内にも反対や慎重な対応を求める旨を議会決議する自治体が続出したり、世論調査でも反対が賛成を上回ったりすることがありました。除去土壌の再生利用について安全性を示す情報量が増えることでALPS処理水放出の時のような社会全体が科学的根拠を信じる状況が再び生まれるのか注目です。
再生利用の先には最終処分場をどこに求めるかという、より難しい課題が控えます。
日本人が科学的根拠を信頼し安全・安心を判断する習慣を身に着けたのか、それともALPS処理水の放出の件は他国の非科学的振る舞いというアシストもあっての例外的事例であったのか、答えを目にする時は刻々と迫っていると言えます。