「書評:間違いだらけの電力問題」―エネルギーの全体像を見て考える


経済記者。情報サイト「&ENERGY」(アンドエナジー)を運営。

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奥深いエネルギー問題を簡潔にまとめる

 国際環境経済研究所(IEEI)所長の山本隆三氏が24年夏にこの新著を発売した。私はエネルギー問題を語る記者として、約10年前から山本氏の著作、発言に学び、交際させていただき、エネルギー問題の先生の一人と勝手に私淑している。その見識が奥深く適切であるためだ。


間違いだらけの電力問題ウェッジ 1650円(税込)】

 山本氏は商社マンとしてエネルギー問題の実務経験が長い。加えて経済学・会計、技術の知識、外国での仕事や生活の経験がある。問題を語る際に、立体的、総合的にエネルギー問題を分析する。この本でもその手法が貫かれ、問題が簡潔にまとめられ、現代の日本を取り巻くエネルギーの状況を俯瞰できる。

 エネルギー・電力問題をほとんど知らない人から、私のようなやや詳しい素人、そして専門家まで、山本氏のこの本から、さまざまな気づきを得られるだろう。

エネルギー問題で必要な奥深い視点を提示する本

 エネルギー問題は幅広く、奥が低い。20年の商社マンの経験で、山本氏も「「そんなことがあるの?」と驚くことがしばしばあった」(本の「はじめに」)と言う。この奥深さが、時々、問題をめぐる分析や議論を混乱させる。

 日本では、原発の是非とか、再エネの導入を増やせと、単体の問題を声高に叫ぶ人たちがいる。しかしエネルギーでは一つの問題だけを考えても、その問題は解決しないことだらけだ。他のエネルギーとの比較、エネルギーの原料調達から供給法などの物流に目を向けなければ、適切な答えは導けない。この本の「はじめに」に書かれていた例だが、エネルギーと車の関係を考えてきた自動車会社の経営者が、日本では現在石炭火力を使っていることを知らないこともあったという。

 日本のエネルギー問題では行政の政策でも、ビジネスでも、トラブルがあればつぎはぎの対応をして、全体で見るとおかしな形になることが多い。これは設計者も実行者も「全体」を見ることができないためだろう。深く、幅広い視点で問題を分析する山本氏の視点は貴重なのだ。

世界と日本の問題は、「足りない」電力

 本書はエネルギーの歴史から解き起こし(第1章「エジソンの時代から変わらない発電方式」)、世界情勢を概観する(第2章「世界と日本の発電事情」)。その上で現状の問題を4テーマ、第3章「増える電力需要、上がり続ける電気料金」、第4章「少子化にも影響を与える電気料金」、第5章「停電危機はなぜ起きる」、第6章「脱炭素時代のエネルギーと電気」に分けて、複雑な問題を簡潔に解説する。

 本を読んで、印象に残ったのは、世界と日本のエネルギーと電力の状況が、ここ5年で大きく変わったことだ。

 エネルギー・電力の需要面で、わずか数年前は日本では少子高齢化、産業空洞化で、電力は長期的に減り始めると予想されていた。ところが需要は長期的に増加する可能性が高まっている。他の先進国と同じように水素の製造、EV(電気自動車)、AI(人工知能)とデータセンターの拡充などで、電力が必要になった。

 「日本が目標とする2050年2000万トンの水素を電気分解で製造すると、必要な電力需要量は、今の発電量とほぼ同じになる」(3章)2050年の電力需要について電力中央研究所は、低成長の場合は現状の横ばいの8280億キロワットアワー(kWh)だが、高成長の場合には1兆750億kWh と予想している(3章)。

ピントのズレた議論を続ける日本

 一方でウクライナ戦争の後で資源国ロシアと自由陣営の関係が縮小し、世界の天然ガス・原油の供給体制は不透明になった。その上に日本では、電力自由化、原発の稼働の遅れ、また脱炭素政策が同時進行し、電力供給が不安定になっている。特に政府の行う再エネ振興策は「自由化市場のなかで進めれば安定供給は遠のく」(5章)。この事実を山本氏は論証しているが、なかなか一般にも広がらず、政治的な議論にならない。

 日本の主要政党やメディアは、2011年の東日本大震災と東京電力の福島第一原発を引きずって、脱原発の是非、再エネの振興をいまだに中心の議論にする。日本も世界も変化している。その中で原発を無くすなど、あまりにもおかしな議論だし、世界の趨勢から遅れている。

 そしてエネルギーシステムの設計の失敗は、日本人の給料を抑制し、少子化の進行や経済成長の低下に影響を与えてしまうかもしれない(3章)。山本氏の結論は、「日本が引き続き、欧米諸国と国際競争を行うエネルギー・電力価格を追求するのであれば、現在の電力価格の見直しが必要だ」というものだ(6章)

 イメージ先行で脱炭素などの空論が語られ、経済的損失を生んでいる今のエネルギー・原子力政策を不思議に思っていたので、この主張には共感した。エネルギーをめぐる議論は、重要論点その英語の頭文字をとり「3E」、「経済性」「安定供給」「環境性能」で論じることが欠かせない(はじめに)。

 しかし実際に総合的な視点を提供できる議論は少ない。全体像での考察がとぼしいゆえに、日本のエネルギーでは、政策でも、ビジネスでも、問題が後から次々とわき上がり、仕組みがつぎはぎだらけになったり、行き詰まったりしてしまう。

 著者のような、複眼的な、そして奥の深いビジネス感覚が中心となり、エネルギーが語られるようになってほしい。そのためにこの本「間違いだらけの電力問題」を読むことを勧めたい。