「EV」か「ハイブリッド車」か、エタノールが突きつける「迫りくる重大な岐路」とは何か!(下)
小島 正美
科学ジャーナリスト/メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」共同代表
前回:「EV」か「ハイブリッド車」か、エタノールが突きつける「迫りくる重大な岐路」とは何か!(上)
エタノールの話なのに、なぜ、タイトルに「EV」(電気自動車)と「ハイブリッド車」が出てくるのか疑問を抱いた人もいるだろう。結論を先に言おう。エタノールで走るハイブリッド車が出現すれば、欧米主導で進むEV化を打ち破り、日本のエンジン車が世界の主役に躍り出る時代がやってくるということだ。なぜ、そう言えるのか。
事業者は異口同音に「食料との競合はない」
今年4月下旬、米国イリノイ州にある3社(マークイス社など)のエタノール工場を訪れた。現在、米国内には約200のエタノール工場がある。エタノールの生産量は年間約6000万kl。米国では約3.8億t(2023年)のトウモロコシが生産されているが、そのうち約35%がエタノールの原料に利用されている。
よく「食料を車の燃料にするのは倫理的に問題だ」との声を聞くが、米国のトウモロコシのほとんどは、人が食べるスイートコーンではなく、家畜の飼料だ。トウモロコシの生産量は過去90年間で農地面積を増やすことなく、7倍以上に増えた。エタノールの生産に携わる事業者たちは異口同音に「食料との競合はない。エタノールの供給余力はまだまだある」と強調していた。これがエタノール生産の現実である。
「CCS」か「CCUS」が進行
驚いたのは、どの社も、エタノールの製造過程で発生したCO2を地下に閉じ込めて貯蔵する「CCS」や「CCUS」に取り組んでいたことだ。「CCS」とは、「Carbon dioxide Capture and Storage」の略。日本語では「二酸化炭素回収・貯留」技術という。日本でも石炭火力発電所などから排出されるCO2を集めて、地中深くに貯留・圧入する実証実験が行われているが、米国のエタノール工場ではすでに実用化の段階に入っている。製造過程で発生したCO2を地下に貯蔵して生まれたエタノールは、貯蔵なしのエタノールに比べて、よりグリーンな低炭素化エタノールといえる。
「CCS」に「U」を加えたのが「CCUS」だ。「U」は「utilization」(利用)。つまり、地下に貯蔵するだけでなく。CO2をドライアイスや炭酸飲料、合成燃料などの原料としても使うのだ。米国ではいまこうした低炭素化エタノールの技術革新が急激に進む。
エネルギーの単位供給あたりのCO2排出量のことを炭素強度(CI=Carbon Intensityの略)という。その数値が低いほどCO2排出の少ないグリーンな燃料といえる。米国は「CCS」などを経た米国産エタノールをCI値の低い優れた燃料として世界に売り込む作戦である。グリーンなエタノールなら、将来的には持続可能な航空燃料(SAF)に採用される可能性も高くなる。
栽培現場でも脱炭素革命が進行
驚くべきことに、エタノールの低炭素化はトウモロコシの栽培現場でも進んでいる。その推進力となっているのが「不耕起栽培」と「カバークロップ」(被覆植物)だ。
不耕起とは呼んで字のごとく農地を耕さずに播種(種子をまく)することだ。農地には大気中の2~3倍の炭素類が含まれる。農地を耕すと土壌中の炭素が大気中に移り、大気中の二酸化炭素が増えてしまう。つまり、不耕起で栽培されたトウモロコシから作られるエタノールは低炭素化の度合いが高く、通常の栽培に比べてよりグリーンになる。
また、農地にクローバーなどを植え、栄養や炭素類などを土壌に残す「カバークロップ」栽培を行えば、不耕起と同様に低炭素化トウモロコシが生産される。
農家が「不耕起栽培」と「カバークロップ」栽培を実行して炭素発生の少ない栽培法を実行すれば、税控除が認められる。つまり、いま米国ではトウモロコシの生産現場とエタノールの生産現場の両方で低炭素化が着々と進んでいるのだ。
電気自動車は製造時に大量のCO2を発生
これまでの説明でもうお分かりだろう。同じ「E10」でも、低炭素化エタノール(グリーンエタノール)をガソリンに混ぜたほうがCO2の削減はより進むという点だ。さらに、低炭素化エタノールを85%混合させた「E85」ガソリンなら、もっとCO2の削減は進む。そしてさらに強調したいのは、燃費のよいハイブリッド車(内燃機関車)がグリーンエタノールが85%混ざった「E85」を燃料にして走れば、EVよりもはるかに優れた乗り物になるということである。
EVは一見、環境にやさしいと思われているが、全くの誤解である。実は製造段階と廃棄時に大量のCO2を発生する。バッテリーの製造時に大量のCO2を排出するからだ。EVは製造段階でガソリン車の約2倍のCO2を発生させることは意外に知られていない。しかも、EVは走行中にはCO2を出さないといわれるが、充電時に化石燃料(ガスや石炭など)で生み出された電気(電力)を使えば、結果的には走行中にもCO2を出したことになる。太陽光や原子力100%で電力をまかなっている国なら、確かに走行中のCO2の発生はゼロだろうが、そんな国は存在しない。
LCAで比べたらどうなるか
では、原料の採掘から車の製造・廃棄までの全工程をLCA(ライフサイクルアセスメント)という指標でCO2の排出量を比べた場合、EVとガソリン車ではどちらが優れているだろうか。
すでに述べたようにEVは製造された時点ではガソリン車の約2倍のCO2を排出している。このため、EVのCO2排出量がガソリン車に勝つためには走行距離が長いほど有利となる。では、CO2の排出量がEVとガソリン車が同列に並ぶ「CO2損益分岐点距離」はどれくらいだろうか。その距離は国ごとの電源構成によって異なるが、電力の約7~8割を化石燃料に頼る日本では約11万km(これは世界的な平均電源構成である)である。EU(欧州連合)の平均電源構成では7.7万kmだ(SUN MOTOREN BLOG・21/11/13/・ボルボ社のCarbon footprint report Volvo C40 Recharge参照)。
つまり、日本では走行距離が11万㎞以下ならば、EVのほうがCO2の排出量が多いのである。ガソリン車の多くは11万km以下で廃車になることを考えるとガソリン車が劣っているとは決して言えない。
プラグインハイブリッド車が「E85」で走ればどうなるか
ここまでの話は、通常のガソリン車である。容易に想像できるように、ガソリン車よりも燃費のよいハイブリッド車が「E10」や「E85」で走れば、「CO2損益分岐点距離」はさらに長くなり、EVはエタノールで走るハイブリッドに歯が立たなくなるだろう。
すでに米国のフォード社は「E85」で走るプラグインハイブリッド車(写真・エタノールのどんな混合割合にも対応できるフレックス車でもある)を試作し、テスト走行試験を行っているが、CO2の排出量でEVと全く遜色ないことが分かっている。ちなみにプラグインハイブリッド車は充電した電気でも一定の距離を走ることができるハイブリッド車で、国内でも発売されている。
国際エネルギー機関(IEA)の予測では、2050年になっても車の約8割をガソリン車が占める。車のEV化は欧米が自国産業を守るためのルールである。世の中を見ているとEV神話があまりにもまかり通っている。EVの真の実態を知れば、車の価格や使い勝手、CO2の削減など総合的に見れば、エタノールで走るハイブリッド車(エンジン車)がEVよりも優れていることは間違いない。世界に冠たる日本のエンジン技術を守るためにも、そろそろEV神話から目覚めるときではないだろうか。