COP28の成果と宿題
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「環境管理」より転載:2024年2月号 vol.60 No.2)
2023年は観測史上最も気温が高い1年となり、気候変動問題への関心は高まる一方だ。COP28への参加登録者数は7万人を超えたという。筆者がこの交渉プロセスに参加し始めたのは15年近く前になるが、その時は政府間交渉の場としての意義が大きく、これほど多様なステークホルダーが参加するイベントになるとは想像しなかった。
5年に1度のグローバル・ストックテイク(GST;パリ協定の目的および長期的な目標の達成に向けた全体としての進捗状況の評価)が初めて行われることもあり、注目を集めたCOP28はどのような成果を上げ、どのような宿題を残したのかを考えてみたい。
初日のサプライズ
COP28では初日に、サプライズが発生した。昨年のCOP27で設立に合意した「損失と損害(loss and damage)基金」(以下、ロスダメ基金)に関する、制度の大枠を定めた文書が採択されたのだ。気候変動で損害を被っている途上国に対する、先進国からの「賠償基金」であり、運営は世界銀行が行うこととなった。
ロスダメ基金が前進するかどうかは、途上国にとって極めて関心の高いイシューであったとはいえ、ロスダメ基金はまだ何に使うか、いくらくらい必要かについてのコンセンサスがない状態であり、COP28開催前には合意に至るかどうかはかなり危ぶまれていた。
しかし蓋を開けてみれば、議長国であるUAEが1億ドル、EUは2億4,500万ドル(ドイツからの1億ドル含む)、英国は5,000万ドル強、米国は1,750万ドル、日本は1,000万ドルを拠出することで合意を見た。UAEが、自分たちが拠出をするのは議長を務めるこのCOP28においてのみであるとして、まだ基金の骨格が明らかではないとはいえ資金拠出するよう先進国を口説いたのか、あるいは、COPの失敗は受け入れられないEUから水を向けられてUAEが動いたのかはわからない。しかしUAEが拠出したことはCOP28に極めて前向きなモメンタムを創り出した。加えて指摘するなら、ロスダメ基金に拠出をするのは一部の先進国に限らないことを示し、中国等新興国の拠出に道を拓いた点でも意義が高かったと言えよう。
成果文書の特徴
COP28の主要議題は、初めて行われるグローバル・ストックテイク(GST)、すなわちパリ協定の下での全体の進捗棚卸だ。パリ協定の下に掲げた各国のNDC(国が決定する貢献)に対するこれまでの取り組みを総括し、全体としての「通信簿」をつける作業であり、科学的評価を必要とすることから既に2年近くかけて整理されていた。交渉の対象となったのは、その報告を総括するペーパーの記述ぶりである。2025年に各国が改めて提出する削減目標(NDC)や、先進国から途上国への支援の強化に向けたインプットとなることが期待されるため、ここに「化石燃料からのフェーズ・アウト(脱却)」が書き込まれるかが最大の争点となった。結論としては、フェーズ・アウトではなく、トランジション・アウェイ(移行・転換)という言葉が用いられた。
しかしこの文書の成果はそこではないと筆者は考えている。この文書の特徴を端的に指摘するならば、化石燃料からの移行は明記しつつ、緩和(削減)の手段については柔軟性・多様性を認める構造を採っていることだろう。カーボンニュートラルが掲げられて以降、「ゼロにする技術」に注目が集まり、減らす・削減することが軽視されがちな傾向にあった。しかし、一足飛びにカーボンニュートラルが達成できるはずもなく、今回の成果文書ではゼロエミ技術のみならず低炭素技術も明記されている。自動車でいえば「低排出車」、水素でいえば「低炭素水素」という具合だ。また、再生可能エネルギーに並んで、原子力やCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage;二酸化炭素回収・利用・貯留)などの多様な技術を加速していくとして、各国のエネルギー政策の選択肢を確保している。
そして、エネルギー安全保障を確保しつつ、エネルギー転換を果たすためには「移行燃料(transition fuel)」が重要であることも明記された。但し、低排出車、低炭素水素、そして移行燃料など、それぞれの言葉の定義は明示されていない。「各国の国情を踏まえ、各国が決めたやり方で以下のグローバルな行動に貢献」することを求め(パラグラフ28)、その道筋については多様であることを認めた今回の成果文書は、日本が主張してきたdiverse pathwayに合致した考え方だといえよう。日本はこれまで、「目標としては高い野心を掲げ、その道筋は柔軟に多様性を認める」としないと、世界は協調を維持できなくなると主張してきたが、その考え方と軌を一にするものだ。
もう少し詳しく成果文書を見ていこう。全く注目されてはいないが、気候変動対応は機会であると同時にチャレンジということも明記されている。パラグラフ150には「低排出で気候変動に強い開発への世界的な移行は、持続可能な開発、経済成長、貧困撲滅に機会を提供し、また課題を提起する」とある。COPやG7などではこれまで、気候変動を機会と捉えるべきであることが強調されることが多かったが、課題を提起するという側面も書き込まれたのである。
欧州が炭素国境調整措置の導入を進め、米国もインフレ抑制法によって自国の気候変動分野に手厚い補助を講じつつあるなか、「気候変動と闘うために取られる措置は、一方的なものを含め、恣意的または不当な差別の手段や、国際貿易に対する偽装された制限を構成すべきではない」と釘を刺してもいる(パラグラフ154)。今回のCOP会場で、各国の産業団体等と議論すると、欧州の国境調整措置に対する反発や批判が想像以上に高いと感じたし、途上国政府からは公然と「先進国の一方的な責任転嫁」との批判もなされていた。グリーン貿易戦争の色合いが強まりつつあるなかで、こうした文言が盛り込まれたことが欧州のCBAM導入に影響を与えるのか与えないのか、今後も注視する必要があろう。
全体的にバランスの取れた文書となったことは間違いがないが、しかし、全員が満足できるようにしたことで、いくつかの地雷も抱え込んでいる。その最たるものが1.5℃目標へのこだわりと莫大な資金需要だろう。
文書には繰り返し1.5℃目標が強調されている。IPCCの報告内容をなぞったものだが、パラグラフ26には、すべての国がピークに達する訳ではないことなど多くの注意書きは付されているものの、2025年までの温室効果ガス排出ピークアウトの必要性が指摘されており、パラグラフ27には、「地球温暖化を1.5℃に抑制し、オーバーシュートを起こさない、あるいは抑制するためには、2019年比で2030年までに43%、2035年までに60%の温室効果ガス排出量を削減し、2050年までに二酸化炭素排出量を正味ゼロにすることが必要であることを認識する」とある。パリ協定成立時には、2℃目標も極めて難しい中でいわば島しょ国への配慮として書き込まれた1.5℃目標が、COP26で主流となり、それを踏襲したかたちだ。しかし、2025年のピークアウトはもちろん、2030年の43%削減が到底達成できないことは数年以内に認めざるを得ないだろう。その時、世界はどのように軌道修正を図るのか。COP26の時点より2030年に近づいた分、その点への配慮無き1.5℃目標への拘泥はむしろ罪深いといえよう。
もう一つの地雷が、莫大な資金需要だ。「途上国のニーズ、特に困難なマクロ経済状況により複合的に増大する気候変動の影響によるニーズと、途上国のNDC実施努力に提供され動員される支援との間のギャップが拡大していると強調し、このようなニーズは2030年以前の期間で5.8兆~5.9兆ドルと見積もられていると強調」(パラグラフ67)、「途上国の適応資金ニーズは、2030年まで毎年2,150億~3,870億ドルと推定され、2050年までにネットゼロ排出量に達するためには、2030年までに年間約4兆3,000億ドル、その後2050年まで年間5兆ドルをクリーンエネルギーに投資する必要があることを強調」(パラグラフ68)といったように、途上国の莫大な資金需要について言及されている。しかし、現在の途上国支援額として先進国に課せられている年間1,000億ドルも達成が危ぶまれているし、2020年時点の適応資金支援額は200億ドル弱にとどまっている。どのように負担するかには触れられていないので、文書の合意には至ったが、到底達成できるとは思えない途上国への資金支援も今後火種になる可能性を秘めている。
成果文書全体を振り返る
そもそもパリ協定が、各国に法的な削減義務を課す仕組みではなく、自主的な枠組みであり、全会一致制をとるCOPで成果文書を採択するには、敗者をつくりだすような文書にはできない。そうしたなかで、今回の「高い野心を掲げつつ、技術や道筋の多様性を認めよう」という文脈でまとめられた今回の文書は、文書としてはよくできたものだったと言えるだろう。しかし、「文書としてよくできている」というものがどれほどの意義があるのか、という指摘はあり得るだろう。
そして、日本のメディアの複数が、COPの成果として、化石燃料からの「脱却」が掲げられたとしていることには違和感がある。文書が使っているのはtransition away fromであり、素直に訳せば「移行」あるいは「転換」だ。移行・転換していけば最終的には脱却するので、言葉として誤訳というわけではないが、phase outという言葉を使うことは通らず、transition awayが使われたという交渉の文脈を踏まえるとミスリードだと筆者は捉えている。政府は統一的に「移行」と訳しており、あえてメディアが「脱却」という言葉で報じた意図が問われるだろう。
環境万博となったCOP
今回のCOP全体を通じての所感としては、第一に多様な技術の重要性が認識されたこと、第二に気候変動がジェンダーやヘルスケア、少数民族など他の社会課題との関連性で考えるべき問題であることがこれまで以上に強調されていたこと、第三に「環境万博」となったCOPをどう捉えるか、に整理される。
第一の点については、成果文書の特徴として、原子力やCCUSなど多様な技術が書き込まれた点を指摘した。気候変動問題を解決するのは技術であることがようやく浸透してきたということかもしれない。そうした観点から見ると、今回のCOPにおいてStart-up Villageという特設会場が設けられたことの意義は大きい(写真1)。AIや衛星、水の浄化などさまざまな技術を持つスタートアップが世界から170社集められ、日本からは10社が参加したという。日本とUAEの両政府による先進技術に対する支援プログラムのサポートによって、米国、フランスと並ぶ数のスタートアップがCOP28の会場にブースを出展したのだ。プログラムマネージャーを務めたUMI(ユニバーサル マテリアルズ インキュベーター株式会社)の代表取締役パートナー木場氏や出展企業の一つである株式会社アークエッジ・スペースのブースでのインタビューを国際環境経済研究所のウェブサイトに掲載しているので、ぜひご覧いただきたい。COPに参加することがスタートアップの成長にどれだけプラスになるかは未知数だが、こうやって地道に存在感をアピールしていかねば、Global Cleantech100に日本から選ばれる企業はいつまでも出てこないだろう。
第二の点については、パビリオンの内容や参加するNGOとの接触の中から感じたことであり定量的な評価ではないが、気候変動問題をソーシャルイシュー全体の中で考える動きが強まっていると感じた。ヘルスケアに特化したパビリオンが特設されていた他、UAEのパビリオンでは水問題について女性だけのパネルディスカッション(写真2)も目にした。企業の情報開示なども、気候変動に限らず幅広い社会課題の解決への寄与という観点に立つことがより一層求められるようになるだろう。
第三の点は、COPはもはや「環境万博」となったということだ。今回会場となったのは、2020年にドバイ万博が開催された場所とあって、数多くのパビリオンや展示が立ち並ぶさまは、まさに万博のものであった。地元の小学生が先生に引率され展示を見て回る様は可愛らしいし、子どもの頃から気候変動問題を身近に感じることの意義は大きい(写真3)。
しかし毎年この規模で開催すべきものかは考える必要があろう。砂漠の都市に数万人が集い、エアコンの効いた会場で環境を語ることがシュールだと感じるのは、筆者だけではあるまい。従前どおりの政府間交渉の場としてのCOPと、環境万博としてのCOPが乖離しつつあるようにも感じる。イスラエルも当然のごとくパビリオンを出していたし、ロシアのパビリオンではシベリアにおける生態系保護の取り組みをアピールしていた。COPが日常から切り離された別の世界となっているようにも筆者には思える。COPの意義を改めて考えるべき時に来ているのかもしれない。