4割を超えたドイツのエネルギー貧困層
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「エネルギーレビュー」より転載:2024年1月号)
ドイツは、50年以上前に旧ソ連との間にエネルギーでの強い相互依存関係を築き、ロシア時代も継続した。パイプラインで送られてくる価格競争力のあるロシア産天然ガスはドイツの家庭と産業を支えたが、ロシアがウクライナに侵略を始めたことで関係は完全に崩壊した。
ドイツはロシア産化石燃料輸入の削減を始め、対抗してロシアは供給量の削減により揺さぶりをかけた。天然ガスと燃料用石炭価格は2022年に上がり続け、ドイツを始め欧州諸国はエネルギー価格由来の消費者物価の上昇に悩むことになった。高騰するエネルギー価格に家庭も産業も音を上げ、エネルギー多消費型産業の中には、電気料金などが安い米国への移転を考える企業も出てきた。
企業の海外流出を懸念した緑の党のハーベック経済気候保護相は、エネルギー多消費型大企業の電気料金を補助金の支出により米国並みに1kW時当たり6ユーロセント(約10円)に2030年まで抑制する案を打ち出した。欧州委員会は大企業の電気料金だけに補助金を支出すれば中小企業が不当に不利益を被ると指摘し、さらにEU市場の競争環境を阻害する可能性があると警告した。
政権内からも異論が出た。連立政権を構成する自由民主党のリントナー財務相は、ハーベック大臣の提案に反対した。補助金により一部の需要家向けの電気料金を抑制する制度は、市場を歪めることになるし、期限が来ても打ち切ることが困難だからだ。ショルツ首相も反対の立場であったが、ハーベック大臣は2030年に再生エネが電源の主体になれば、電気料金は下がると主張した。
政権内での議論が続いたが、10月になり一部のエネルギー多消費型企業のみではなく、中小企業を含む全製造業を対象とする以下の補助案が合意された。①電力税を現在の1kW時当たり1.537セントから0.05セントに24年、25年に減額し、予算が許せば28年まで延長する②エネルギー多消費型産業に対する排出枠への補助制度を改善し5年間延長する③90社に対する排出枠のコスト抑制策を五年間継続。
24年に必要な資金は120億ユーロ(約1.9兆円)。議会の承認が必要だが、産業界、エネルギー多消費型産業の組合からは、政府案を歓迎する声が上がった。しかし、欧州で最も高い電気料金を支払っている家庭は蚊帳の外だ。欧州のエネルギー危機によりドイツの電気料金は高騰した。今は下落傾向にあるが、23年の家庭用電気料金は1kW時当たり45ユーロセント(72円)だ。標準家庭の電気料金は年間34万円を超えていたが、10月には年間24万円まで下がっている。
欧州では支出の10%以上が電気、ガス、燃料費に当てられる家庭を一般的にエネルギー貧困としている。エネルギー危機前、EUのエネルギー貧困層は10%以下だった。ドイツの世帯のエネルギー支出は22年11月には年間約8000ユーロ(約128万円)に達した。家庭のエネルギー支出は約三割下がったが、それでもエネルギー貧困に相当する世帯は44%と報道されている。料金高騰は電力需要にも影響を与え、23年第1から第3四半期までの9か月間の発電量は、22年同期比13%減となっている。
脱原発の党是実現のため原発を止め、今冬も石炭火力を予備力として確保しなければ乗り切れない状況を作り出した緑の党は、高騰する電気料金により家庭が大きな影響を被っている責任をどう受け止めているのだろうか。22年7月に政権を担う社会民主党、緑の党、自由民主党の支持率は、それぞれ19%、23%、7%だった。今、16%、14%、5%に下がった。キリスト教民主同盟の今の支持率が30%。極右とされるドイツのための選択肢が第2党に躍り出て支持率21%。エネルギー問題だけでなく、移民問題なども支持率に影響を与えているが、多くの国民が緑の党にうんざりし始めたのは間違いなさそうだ。