ウクライナ復興はどこまでグリーンになるか
三好 範英
ジャーナリスト
ロシアによるウクライナに対する本格侵略が開始されてから1年5か月が経過したが、戦争終結への道筋は見えない。その中でもウクライナ復興への動きは始まっている。国際社会からの支援を当てにした復興計画では、環境や脱炭素への配慮が謳われるが、一刻も早い生活再建を求めるウクライナ国民の声も強い。
今年(2023年)5月12~18日、ウクライナのキーウ、リヴィウで取材した。ウクライナの都市は連日のようにミサイルやドローン攻撃を受け、戦時下の生活が続いている。その中でも、戦後を見越した復興の話しが出始めたのは、希望を感じさせる動きだった。
6月21、22日にロンドンで開かれたウクライナ復興会議で、計600億ユーロ(約9兆4000億円)の支援が各国から表明された。日本政府も5月15日、「ウクライナ経済復興推進準備会議」を開催し、主に日本の民間企業の投資促進を目標として打ち出している。
キーウで話を聞いた日本外交筋は、「第2次世界大戦後、最大の復興ブームが来るだろう」と期待を語った。「まだ日本企業の関心は薄いが、円借款を活用して多くの日本企業が参加できる体制を整えたい。戦後復興、東日本大震災からの復興の経験がある日本に対し、ゼレンスキ―大統領の関心も高い」と日本の果たす役割が大きいことを強調した。
今日の世界の潮流に照らせば、復興にあたり環境、脱炭素への配慮が強く求められるのは、自然なことだろう。
昨年7月にウクライナ政府は「国家復興計画」を策定したが、そこでは欧州連合(EU)が進める脱炭素とデジタル化に沿って、ウクライナも復興を進めることをうたっている。復興費用は向こう10年間で7500億ドル(約105兆円)と見積もられている。そのうち、脱酸素に関連する事業として、「エネルギー独立とグリーンディール」に50億~100億ドル、「地域と家屋の近代化」に20億~30億ドルを見込んでいる。
米ブルームバーグ通信によると、欧州投資銀行は融資の条件として、地球温暖化対策を入れている。すでに、総額30億ユーロのドンバス地方の破壊された建物の復旧、復興プランを策定しているが、そのうち、半分が断熱などエネルギー効率を高めるために使われる。
ウクライナにとって「グリーン復興」は、地球温暖化対策の観点ばかりでなく、EUの環境基準を満たし、早期のEU加盟を実現するためにも、不可欠である。
ブルームバーグが引用しているキーウ・スクール・オブ・エコノミクスの集計によると、ロシアの攻撃によって侵略1年間で、家屋15万4000軒、教育施設3100、医療施設1200が破壊された。エネルギーインフラの半分が破壊されたと見られており、エネルギー分野の損害は81億ドルに達するという。
多くの石炭火力発電所が稼働できなくなった。石炭発電を縮小し、温室効果ガス排出量の少ないエネルギー源に転換するチャンスとすることもできるだろう。
ウクライナのエネルギー消費の内訳(2022年)は、石炭28.4%、天然ガス28.1%、原子力23.4%、石油13.8%となっており、再生可能エネルギーは、風力と太陽光が3.3%、水力3.0%に過ぎない。2030年までに原子力50%、再生エネ50%にすることを目標としているが、特に再生エネを導入する余地は大きい。
5月15日、ロシア軍の占領下で多くの市民が殺害され、国際的に大きな衝撃を与えたキーウ近郊のブチャを訪れた。
昨年4月初めにウクライナ軍によって奪回された直後、射殺され道端に放置された遺体の映像が世界に衝撃を与えたヤブロンスカ通りは、きれいに舗装され、沿道の多くの家屋が建て直されていた。あの頃の殺伐とした光景を思い起こさせるものは、もはや見当たらない。
市中心部に住む声楽家のアンゲリーナ・バルトシュさん(31)は、「復興はとても早く進んでいる。通りがこんなにきれいになったのは初めて」と話した。
キーウ近郊でも復興に手がついていない町もある。ブチャの急テンポの復興は、虐殺の町という負のイメージを払拭するとともに、国際社会にアピールするモデルケースにして、復興資金を呼び込む意図も込められている。
ブチャでも、「グリーン復興」の動きが始まっている。
日経ビジネス(電子版)によると、アンモニア製造で独自技術を持つ東京工業大学発のベンチャー企業「つばめBHB」(本社:東京都)は5月、ブチャ市が進める「グリーン工業ゾーン」プロジェクトへの参加を表明した。
同プロジェクトは、太陽光や風力発電などから水素やアンモニアを生産し、電力、燃料、肥料などの用途に販売することを目指す。つばめBHBはこのプロジェクトを、ウクライナ、ポーランドの企業とともに推進する。工事の開始は2027年ころになると言う。
同じブチャ市内でも復興の濃淡はある。やはり多くの市民が殺害されたイワナフランカ通りは、中心部からはやや外れたところに位置しているためか、破壊された乗用車が放置されていたり、焼けた建物が残ったりと、復興はまだ手つかずと言う感じだった。
ロシア軍によって家屋や道路を破壊されたブチャ市民にとっては、まず生活基盤の復興こそ優先課題だ。
この通り沿いに住む写真家のオルハ・ラザレンコさん(32)と市民活動家のリュドミラ・ポリシュクさん(32)は、「町中心から少し離れたところは家屋や道路の修復は後回し。復興のための競争がある。市当局まで申し出て交渉しなければ動かない」と不満を口にした。
ブルームバーグも、ウクライナ北東部ペルヴォマイスキでは、大規模な太陽光発電施設を建設する予定があるが、今は避難民住宅を建設し、電気や暖房を確保することが最優先となっているといった例を報じている。
地球温暖化にまで配慮したプロジェクトが本格的に始動するのは、戦局の行方がもう少しはっきりしてからだろう。