エネ政策に欠かせない具体論

書評:戸田直樹、矢田部隆志、塩沢文朗 著『カーボンニュートラル実行戦略:電化と水素、アンモニア』


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「電気新聞」より転載:2023年6月23日付)

 水素基本戦略が改定された。17年に世界で初めて国家の水素戦略を取りまとめて約6年。前回戦略は総花的な技術開発支援だったが、諸外国で水素支援政策も活発になったタイミングで社会実装と産業戦略を意識して戦略が改定されたことは歓迎したい。しかし重要なのは全体戦略。カーボンニュートラル社会に転換する上で、二次エネルギーの電気および水素の活用が肝だが、そのポートフォリオは国や地域によって異なる。

 注目が集まる水素は、様々な手段で製造することができるが、最終的には再生可能エネルギーの電気で水を電気分解する「グリーン水素」を目指すこととなる。せっかくのグリーンな電気は、使える限り電気で使うのが最も効率が良い。しかし電気は「同時同量」というデリケートな物理的制約を負う。短時間であれば蓄電池で時を移行させて使うことが可能だが、季節をまたぐような移行はできない。加えて、重くて輸送に適するとは言い難いので、水素の出番となる。もちろん電気が不得意な熱源の脱炭素化など、水素を水素のまま使う場面もあり得るが、そのためには需要側の転換が必要だ。

 電化でどこまでのCO2削減ができるのか、水素をどれほど確保しなければならないのか、輸送が難しい水素を海外から長距離・大量に調達するには、あるいは国内で供給網を確立するにはどのような手段が適しているのか。コスト分析、技術成熟度の評価を含む定量的な分析に基づき、支援の軽重が必要だ。カーボンニュートラルが目標となって以降、「総力戦」の名の下に政策の軽重がつけづらくなっているが、エネルギー政策とは、安定供給・エネ安保と、経済性、環境性のトリレンマの中での優先順位付けに他ならない。

 本書が示すのはその戦略だ。例えば第4章には、脱炭素社会に向けた電源構成のシミュレーションが示されている。年間の電力需要を1.2兆キロワット時と設定、それを再エネ100%で満たそうとすると何が必要かをまず計算。出力抑制を前提として再エネを大量導入する、出力抑制を極力抑えるために蓄電池を大量導入する、いずれのケースも合理的な解とはならない。そこに水素キャリアとしてアンモニアを用いる火力発電、原子力発電の利用を一定程度織り込むと、相当の合理性を持つことが示されている。次期エネルギー基本計画に向けて、本書が示したような具体的な分析を参考に議論が行われることを期待している。


※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

『カーボンニュートラル実行戦略:電化と水素、アンモニア』
戸田直樹、矢田部隆志、塩沢文朗 著(出版社:エネルギーフォーラム
ISBN-13:978-4885555176