気候変動のせいでホームランになった

何でも気候変動のせいにする研究から学べることは何か

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監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア 
Climate Change Causes Home Runs: What we can learn from making everything about climate
 を許可を得て邦訳したものである。

 先週、気候変動とメジャーリーグにおけるホームランとの間に因果関係があるとする新たな研究結果が発表された。その論文とは、キャラハンらによる「Global warming, home runs, and the future of America’s pastime(地球温暖化、ホームラン、そしてアメリカの娯楽の未来)」であり、その中で「地球温暖化により、将来、シーズンあたり数百本のホームランが増えると予測される」と主張している。論文では、過去に目を向けると、「人為的な気候変動は1962年から1995年の間にホームランを減らし、それ以降は増やした」と主張している。予想通り、新聞雑誌やテレビなどのレガシーメディアはこの論文を大絶賛した。

 ツイッターで、私は、気候変動が他の野球リーグでも同じようにホームランを増加させた効果はないとコメントした。日本、AAAリーグ、NCAAではホームランの傾向はなく、いずれの例でもここ数十年でホームランは減少している。

 論文の著者の一人が、私のツイートを見たのか、連絡をくれて、次のように説明してくれた:

 私たちのモデルは、ホームランを予測しようとしているのではない。気温がホームランに与える影響を推定しようとしているのだ。経験上、この2つは異なる試みなのだ。

 それはそうだ、私もそう思う。しかし、著者がメールで教えてくれたことに反して、この論文は未来のホームラン数を予測することが中心で、MLBの球場でのホームラン数の増加まで予測しているのだ。この論文には、明らかに、そして誤って、こう書かれている:

 これらのモデル実験により、過去の気候変動がホームラン数に及ぼした影響を定量的に把握することができる。また、将来、温暖化によってホームラン数がどのように変化するかを予測することも可能だ。

返答として、方法論や誤解を招くような記述について私は彼らに述べた:

 あなた方の方法論は、正式に言うと感度分析であり、気温とホームランの統計的関係を切り分けようとしている。私は、このような感度分析では、未来のホームラン数について意味のある予測や予想ができない、と考えている … 。言うまでもなく、気候研究において、単一変数の感度分析と意味のある予測をごっちゃにしたような悪質な研究(そして、あなた方の研究に関するワシントンポスト紙の記事のような報道)があふれている(例えば、気候が作物の収量に及ぼす影響は、この典型例と言えよう)。

 筆者らも、私とのやりとりの中で、MLBのホームランの傾向と、それに相反する他リーグでの減少を説明する要因として、気候変動以外の要因もあり得ることを明確かつ的確に説明していた。なるほどその通りではある。もし私がこの論文の査読者であったなら、日本、AAA、NCAAなどのデータで分析を繰り返すよう要求しただろう。なぜならこれらのデータはすべて、関連する気候データやモデル予測と同様に容易に入手できるからである。

 ブレークスルー研究所(The Breakthrough Institute)のパトリック・ブラウンは、この新しい研究をそのままに解釈すると(私は正しいとは思わないが、仮にそう仮定してみよう)、1970年代以降、1試合あたり0.75のホームランの増加のうち、気候変動に起因するのは約0.04のホームラン、つまり増加全体の約5%になると主張する。

 したがって、この論文の定量的な結論をより正確に読むと、気候変動がMLBのホームランの発生傾向に与える要因はごくわずかで、取るに足らないものであり、ホームランに影響を与えうる他のすべての要因に簡単に押し流されてしまうということになるだろう。私たちのやりとりの中で、論文の共著者は次のことを認めているようだ: 「ホームラン数が減少している一方で、これまでの温暖化がホームランの発生確率を高めることにわずかながら寄与している と考えるのは自然なことだと思う。」確かにニュアンス的にはそうだろうが、新聞の見出しになるほどの内容ではないし、今日の科学雑誌に掲載されるような研究内容でもないように思う。

 もう少し数字を出してみよう: 2016年以降(2020年のパンデミックシーズンの短縮分を除く)、MLBは年間平均で約5,800本のホームランを放っている。そして、年ごとの変動は大きく、標準偏差は約500で、2022年に最低の5,215本のホームラン、2019年に最高の6,776本のホームランとなる。論文では、SSP5-8.5(そう、このありえない高い排出のシナリオだ、もう勘弁してくれ!)のもとで、2100年(今から77年後)にホームラン数が467本増加することを予測している。この1世紀にわたる増大量は、2016年以降に観測された変動量よりも小さく、3シーズンのホームラン総数の多い時と少ない時の差の約1/3である。より妥当なシナリオ(SSP2-4.5など)を使えば、予測は変動と比較してさらに小さくなるだろう。

 77年前、MLBでは1,215本のホームランが打たれていた(16球団が154試合ずつ戦った)。昨年はちょうど4,000本多い5,215本(30球団が162試合ずつ戦った)であった。77年間で1試合あたりのホームランが100%以上増えたことになる。シナリオSSP5-8.5とこの論文の結論をそのまま受け入れたとしても、気候変動によるホームラン数の増加はわずか数%であり、歴史的な背景や、1年ごと、10年ごとの変動や変化と比較すると、ごくわずかであることがわかる。

 どう考えても、たとえ最も極端なシナリオを使っても、論文の結論をそのまま受け入れても、気候変動は野球のホームランにとって大きな問題ではないのだ。 そして、それは問題ないはずだ。なぜなら、すべてを気候に還元する必要はないからだ。しかし、この論文では驚くべき劇的な結論を出している:

 より広い意味で、今回の発見は、人為的な地球温暖化がすでに生命のあらゆる側面に広く影響を及ぼしていることを象徴している。

 ここでの教訓は、科学、科学の普及、ジャーナリズムにおいて、すべてを気候変動に結びつけようとする強いインセンティブが出来上がってしまっているということである。もしあなたが気候問題を煽る側ならば、野球界におけるステロイドのドーピング問題やボールの縫い目の大きさ、湿度管理など、ホームラン量産に関連する数多くの要因について論じることはないだろう。気候問題を煽る人々には気候問題の物語が必要なのだ。

 こうしたインセンティブは、何が出版され、宣伝され、閲覧されるかを理解するのに役立つ。また、ジャーナリズムにも、そして最近では研究分野にも、信じられないほどの歪みをもたらしている。野球と気候の関係は、一見馬鹿げた話題のように思えるかもしれない。だがここで見られる構造は、気候に関わるもっと重要な問題にも同様に見受けられるのだ。

 その論文の共著者とのやりとりの中で、私は彼らの仕事ぶりを褒めた:

  論文というのは、それによって人々に考えさせ対話させるという点で、重要なものなのだから、実にすばらしいことである!

と。

 そして事実私はそれを望んでいる。論文の著者らは、私が彼らの論文から得た教訓を歓迎したり同意したりはしないかもしれないが、私が言っていることを正確に理解していることは疑いようがない。学術界にいる私たちは皆、本件で見られたような気候還元主義のインセンティブをよくわかっているのだ。私は、特に気候変動に関わるジャーナリストも、実はこのようなインセンティブに気づいていると思う。彼らは気候が問題であるとする情報を際限なく提供する必要があるためだ。

 マイク・ヒュルムが書いているように、「気候還元主義は、未来を見通すのに限界があり、欠陥のある方法論である」。今回の野球と気候変動に関する新しい論文は、気候還元主義と、それが科学やジャーナリズム、そして気候科学や政策についての考え方に対して与える包括的な影響という問題に取り組むための格好の入口を提供してくれている。