原子力の世論は変わった、では次の一手は?
石井 孝明
経済記者/情報サイト「withENERGY」(ウィズエナジー)を運営
民意を背景に、勇気ある個人が事態を動かした
エネルギー問題とは、少し違う話をしてみよう。この1ヶ月、記者として私は印象的な経験をした。私は経済問題を専門とする記者だが、畑違いであるものの埼玉県南部の川口市、蕨市で違法行為をする外国人問題を取材、報道していた。
この地域には外国人が集住している。そこで一部の中東系外国人と、日本人住民のトラブルが深刻になっている。一部外国人による不法滞在、危険運転やゴミ捨てなどの違法・触法行為が行われている。現地住民が困っているのに、誰も「人権」に配慮して意見を出せずに萎縮し、既存メディアは沈黙を続けた。
川口市議会議員の奥富精一氏と市民が問題をSNSなどで提起し、市議会を通じて訴えた。それを受けて自民党川口市議団がまとまり、市と警察が対策を明言し、その外国人の集団内部からも自粛の動きが出ている。「違法行為をする人に厳格な法適用」という当たり前の解決策に向けて、状況が少しずつ動き出している。
奥富議員は、日本の一部政治勢力から「差別だ」と不当な批判を受けている。駐車場で彼のスペースに「死」という落書きが書かれるなど、正体不明の勢力からの脅しもある。しかし奥富氏は「地域の捨て石でいい」と腹を括って、主張を変えない。
奥富氏の姿や政治家としての責任感に感銘を受け、また川口市民のために、私は報道と取材をしている。
原子力をめぐる世論が微妙に変わる
エネルギー問題に話を戻そう。
原子力をめぐる世論が変わりつつある。日本原子力文化財団が2006年度から継続して調べている「原子力に関する世論調査」の2022年度版が5月末に発表された。
東京電力の福島第一原発事故から、原子力への不信感が非常に高い状況が続いた。ところが21年度から状況に変化が生じた。そして今回の22年度には、原子力に対する見方は厳しさが残るものの、目先の停電危機、電力不足を受けて一時的な活用をすべきという考えが増えている。このところ原子力の世論か好転しているのではないかと感じる人が増えていた。それが数字で確認された。
この調査では、18の質問を行なっている。その中から、「原子力発電の利用」に関係するテーマ2つを見てみよう。回答者は15~79歳の男女1200人で、全都道府県から無作為抽出された人々だ。昨年(21年)の10月に行った。
原子力発電に対するイメージへの回答(複数回答可)を示す(設問1)。肯定的な意見をピックアップすると、「必要」が31.1%、「役立つ」が25.3%と、福島事故から最も高くなった【表1】。
一方で、否定的なイメージへの回答だと、「危険」が61.5%、「不安」が48.8%、「複雑」が40.0%となっている。「危険」「不安」は前年とほぼ同じだが、「複雑」がここ数年増えている。
電力価格上昇が関心を高める
目先の原子力再稼働についてはどうだろうか(設問9)。「原子力発電の再稼働を進めることについて」という問いに「国民の理解は得られていない」が46.0%と、「得られている」の4.5%を大きく上回った。国民の視線は厳しい。
しかし「電力の安定供給」「地球温暖化対策」「日本経済への影響」などの理由を背景に、原子力発電所の再稼働を求める人が、ここ数年増えている。「電力の安定供給のために原子力発電の再稼働が必要」という人は、22年度調査で35.4%に達した【表2】。
電気料金の高騰、電力不足、停電危機に直面し、人々の意識が変わったのだろう。エネルギー問題を冷静に受け止め、原子力のあり方を考えようとしている。そして正確な情報を得ようとしている。日本人は賢明だ。
エネルギー、責任を負って踏み出す個人はいるのか
ここで埼玉県南部の違法外国人問題と、エネルギーや原子力問題を考えてみよう。もちろん両者は全く違う社会問題だ。ところが似ている面がある。いずれも世論はゆっくりと一つの方向に動き、やるべきことは明確だ。それなのに物事が前者は動く気配を見せ、後者は私の見る限り、なかなか動かない。
なぜか。関係者の合意ができたが、次の段階の動きが違った。外国人問題では、川口市民の声は問題解決を求めていた。その次の段階で、責任を負って動く政治家と市民の意志と行動があった。
一方で、エネルギーや原子力問題を考えてみよう。原子力をめぐり批判は福島事故以来、大変強い。そのために関係者が萎縮し、さらに責任逃れの風潮が目立つ。「原子力を活用すべきだ」「重要な部分を曖昧にしたエネルギー・電力自由化政策はおかしい」という正論は関係者の間から聞こえる。しかし、声だけで、なかなか形にならない。
経産省の官僚が原子力や電力自由化をめぐる政策の混乱について、次のような発言をしたのを聞いたことがある。「原子力とエネルギー政策がおかしいという指摘は分かっています。ですが、そうせざるを得なかった状況を理解ください」。これは一例だが、このような言い訳をエネルギー、原子力の関係者から10年間何度も私は聞いた。
それどころか、他人のせいにばかりしていた。「世論が変だ」「野党が悪い」「原子力規制委員会は変だ」。批判はあっても何もしない、原子力界のエリートたちを何人も見た。状況に関係者が流され続けた。
世論は原子力容認に少しずつ変わった。それは上記の数字で確かめられた。では次の段階を考えなければならない。状況を変えようと動く人はいるだろうか。
岸田政権の経済政策「GX(グリーントランスフォーメーション)」で、原子力活用の方針が示された。原子力、エネルギー政策が転換する兆しがある。ところが調べてみると掛け声だけで、具体的な変化は少ない。政府からしてそうだ。原子力・エネルギー問題では、研究者でも、企業でも、行政でも、政治でも、この問題に責任を持つ地位にいる人は、責任を背負って一歩踏み出していないように思える。
関係者は、その責任を認識し、持ち場ごとに一歩踏み出してほしい。問題を解決するのは人の意志なのだ。