企業が陥るESGとGXの落とし穴
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
テレビあるいはネットの企業CMで脱炭素に関する宣伝を時々目にするようになった。CMは企業のESG活動の一環として流されるケースもある。ESGについてあまり詳しく説明する必要はないだろうが、環境(E)、社会(S)、企業統治(G)に配慮し経営を行うことだ。
脱炭素の企業CMはESGの内、Eに係る気候変動問題への企業の関りを伝えるものだ。企業が脱炭素に取り組むのは必要なことだし、社会のCMに対する評価も高いのだろう。問題は、脱炭素を目指すには当然コストが必要になり、社会が負担するコストが増加する懸念があることだ。
例えば、脱炭素のため高炉製鉄で使用される石炭を水素に転換するとすれば、設備変更の投資によるコスト増に加え、原料、燃料費も大きく上昇する。結果、鉄の価格が上昇し、自動車をはじめ様々な製品の値上がりにつながることになる。
企業が必要とする地道な取り組み
この負担の問題を企業は考えざるを得ないのだが、負担を避けるため、あたかも取り組んでいるように見せかけるグリーンウォッシュ(greenwashing)を行う企業も出てきた。
一方、ESG投資を行わないで良いとの主張も米国では登場した。自由主義経済の重要性を唱えたミルトン・フリードマンは、「企業の役割は収益を上げることだけ。社会的活動は利益を受け取った投資家が行えば良い」と50年以上前から主張していた。今の米国共和党知事の反ESG運動の原点だろう。
ESGに関し世界では様々な動きがある中で、企業が今考えるべきことは、大きな負担が必要になる脱炭素を2050年に実現する方策ではないだろう。企業は、社会の負担を抑制しつつ、競争力を維持しながら脱炭素に向けできることは何かを地に足をつけ考えるべきだ。
Wedge Onlineの連載に掲載したESG投資が世界の潮流ってホント?米国人の本音とは Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン) (ismedia.jp)もお読みいただければと思うが、今年4月の訪米時に面談した米国のエネルギー業界関係者は、政府目標とは関係なく脱炭素に取り組む姿勢だった。また、起こるかどうかも不透明な大きなイノベーションに期待し脱炭素目標を立てることにも、批判的だった。地に足がついた取り組みがESG、脱炭素には最も必要だろう。
当たり前かもしれないが、企業はグリーンウォッシュにも反ESGにも距離を取る必要がある。
GX投資も地道な取り組みから
5月12日に成立した「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(GX 推進法)には、新たな国債「GX経済移行債」の発行やカーボンプライシングの導入が盛り込まれた。さらに、2050年の脱炭素と経済成長を実現していくためとして、今後10年間で150兆円を超えるGX投資が想定されている。
2023年度から20兆円規模の「GX経済移行債」を発行し、償還財源には「炭素に対する賦課金」と「排出量取引」の収入が充当される。20兆円が支出される分野とカーボンプライスを負担する産業は異なるが、結果として民間から出される資金になる。要は、企業が、脱炭素投資として想定される150兆円の全てを今後10年間で投資することになる。米国も欧州も大きな政府予算を脱炭素のため使用するが、日本はそうではない。
投資を行う主体は、電力、ガス、製造業になる。主体となる3業界の減価償却費合計は、2010年度約17兆円から2021年度には15兆円に落ち込んでいる。 投資額合計は2010年度約14兆円から17兆円になっているが、それほど投資に勢いがある訳でもない(図-1、図-2)。
企業は既存事業を維持、拡大しながら投資を行う必要があるので、年間15兆円の脱炭素投資を、この減価償却費、投資額の中で実行することは不可能に思える。
加えて、脱炭素のための投資は、必ずしもコスト削減、生産性の向上につながる訳ではない。日本の競争力を削ぐことになりかねない投資も含まれている。例えば、今後の再生可能エネルギーの主体として期待される洋上風力発電のコストは、主要国の中で日本が最も高くなっている(図-3)。
その理由は、自然条件、要は風況が悪く設備の利用率が最も低いからだ。IRENAによると、2021年の日本の設備利用率は30%だが、英国は48%、デンマーク50%、ドイツ42%、オランダ46%、中国37%だ。洋上風力で競争すれば、日本の電気料金は欧州よりも中国よりも高くなる。
おまけに設備製造でも中国が世界シェアの6割を持っている。主要な原材料も中国が供給を行っている。日本企業が世界の中で存在感を示せる分野なのだろうか。
企業が競争力のある分野に地道に投資を行うことにより、国際競争を生き抜く利益を上げ、かつ脱炭素を実現する道筋でなければ、日本の産業は生き残れない。企業が今2050年脱炭素と150兆円の投資を目標として取り組むことに違和感を持つのは、私だけなのだろうか。