電気料金審査の報道

-抜けている安定供給の視点-


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 私の自宅の最寄り駅は東京近郊の私鉄の駅なのだが、最近駅に行くたびに、電車が遅延している。以前から時々事故で電車の発着時間が乱れることがあったが、最近は故障が多い。今日の電車は信号機の故障で2時間遅れ、前回乗車時は車両故障での遅延だった。
 設備の維持補修が十分に行われていないのだろうか、あるいは人手不足だろうか。遅延により電車は当然とんでもない混み方になる。遅延による損失の評価は何人・時間になるのだろうか。一人当たりの賃金を元に計算すると何百万円、ひょっとすると何千万円かもしれない。
 運賃を数十円上げることで遅延が減るのであれば、そうして欲しいと思っているが、多くの通勤客も、月数百円の定期代の値上げで故障が減り定時運行が実現するのであれば、負担することを厭わないのではないか。
 インフラは、いつも安心して使えることが大前提だ。いくら安くても駅の電光掲示板を見て溜息をつかなければいけない電車では困る。電気も同じだ。私の利用する電車ほどの頻度で停電が発生すれば、世の中は非難と怨嗟の声で埋まるだろう。損失額は、私鉄遅延の比ではない。
 競争力のある価格の前提は安定供給なのだが、マスメディアの中には、コストだけを取り上げ批判している新聞もある。停電すれば新聞も発行できないと思うが、停電の可能性を全く考えていないようだ。

燃料費以外値上げは認められないのか

 日本の発電用燃料の主体である石炭と液化天然ガス(LNG)の価格は、最近少し下落している。欧州での消費者の節電、節エネと12月の異常な暖冬により欧州の燃料消費量が大きく減少した影響が大きい。しかし、コロナ禍の最中からすれば依然大きな価格上昇だ。規制料金の燃料費調整額が上限に達している日本の電力会社の経営も圧迫されている。
 電気料金のうち規制料金の値上げを審査する電力・ガス取引監視等委員会の料金制度専門会合の様子を伝えるマスメディアの中には、電力会社は燃料費以外の費用の上昇を見込むことは認められないと読める内容を載せる新聞もある。
 2月16日付け朝日新聞朝刊は、『燃料費以外も転嫁 審査側「理解得られるか」』とのタイトルを付けた記事を掲載した。「燃料費の上昇分以外の要素も含めて値上げ申請していたことになる」と書き、「言い訳のきかない値上げだ。最大限努力しているか疑われる」との委員の批判を伝えた。記事だけ読めば燃料費以外の不要な費用の大きな上昇を見込んでいるように読める。
 東北電力の費用を例に挙げていたが、東北電力の値上げ申請に記載されている前回との費用比較は図-1の通りだ。燃料費以外の費用の中には上昇しているものもあるが、それは許せないほど大きい不要な上昇なのだろうか。

 前回申請時点と大きく変わったことは、安定した電力供給に懸念が生じていることだろう。再エネが増え、石油火力設備が減少した結果、冬季の停電を心配しなければいけなくなった。
 補修費用は当然必要だし、節電あるいは原子力発電の再稼働に備え消費者の理解を得る活動も安定供給確保のため必要だろう。燃料費の上昇以外認められないとの報道を行う発想は、どこから来るのだろうか。
 私は、費用の抑制が停電を招く世界はお断りしたい。それは、結果的に大きな損失につながる。日本の家庭と産業が耐えられるレベルとは思えない。

費用を惜しんだ結果招いた失われた30年

 一部のメディアは、大企業は悪いことをするとの前提で記事を書いているようにも思えるが、大企業は具体的に誰を指すのだろうか。悪いのは株主なのか、従業員なのか、経営者なのか、取引先なのか。
 私たちは、企業で働く人たちのことも考えるべきだ。自分の給与は上がるのは当然だが、公共部門で働く人は賃上げを我慢すべきとの理屈は通らない。岸田首相も、年頭記者会見で「公的セクター」での賃上げと発言をしたが、賃上げの必要な状態は働く人すべてに及んでいる。
 しわ寄せを人件費、投資などに過度に寄せた結果が失われた30年を招き、私たちの給与が伸びない状況を招いたことを良く考えるべきだ。1980年代から1990年代、世界の3大経済圏は、日本、米国、EUだった。いま、日本経済の規模は、米国の6分の1,EU、中国の4分の1になり、3代経済圏は米国、EU、中国になった(図-2)。一部のメディアは失われた40年を志向しているように見える。電車の遅延に加え停電まで起こる世界は、勘弁して欲しい。