エネルギー危機下の地球温暖化対策
ーCOP27、深掘り議論どこまで進展ー
小谷 勝彦
国際環境経済研究所理事長
(鉄鋼新聞5面(この人にこのテーマ)からの転載:2022年12月6日付)
国連の気候変動枠組み条約第回締約国会議(COP27)が先月、エジプトで開催された。気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」では、産業革命前からの気温上昇を1.5度以内に抑制する目標に向け、各国が野心的な温室効果ガス削減目標を掲げている。ただ、実効性を高めるには途上国支援のあり方など課題も多い。最近ではロシアのウクライナ侵略を受けたエネルギー情勢の変化が気候変動対策に影を落としている。こうした中で開かれたCOP27での議論をどうみたらよいのか。地球温暖化対策をめぐる最近の状況、鉄鋼業の取り組みと合わせ、この問題に詳しいNPO法人 国際環境経済研究所(IEEI) の小谷勝彦理事長に聞いた。(高田 潤)
――昨年の英グラスゴーでのCOP26では、気温上昇を1.5度以下に抑えるための温暖化ガス削減が合意(グラスゴー合意)されたほか、石炭火力の段階的低減も打ち出され、世界全体での温暖化対策が前進すると期待されました。今回のCOP27では、どのような議論になったのでしょうか。
「今回、ウクライナのゼレンスキー大統領が会議の冒頭でビデオ演説しました。彼はロシアの侵攻を批判しながら、戦争が世界の気候変動対策を台無しにしている、と訴え、温暖化問題が『平和の産物』であることを強調しました。かつて米本昌平氏(元・三菱化成生命科学研)は、『核戦争の脅威』が終了した90年代、新たな脅威として『地球温暖化』が取り上げられたと指摘しましたが、世界が分断化すると温暖化対策が協力して進むのか心配です」
「COP27では、途上国支援の基金は創設されましたが、深掘り議論は進みませんでした。その最大の理由は、ロシアのウクライナ侵攻後のエネルギー情勢の変化です。足元ではロシアから欧州へのガス供給途絶の危機感があり、温暖化対策からエネルギー確保に大きく舵が切られています。例えば、脱原発を打ち出していたドイツが原発廃止をいったん停止しました。英仏でも原発建設の動きが表面化しています。日本の岸田政権も原発再稼働や稼働延長、新設に動き出しました」
「ロシア産の天然ガスに頼っていたドイツがLNG(液化天然ガス)確保に動いたことで、発展途上国が高騰するLNGにアクセスできなくなったのも象徴的です。あれほど『悪者』扱いしていた石炭確保にEUが走り出している現状をみれば、温暖化対策をめぐる状況は様変わりしたともいえます」
エネルギー政策「S+3E」が重要
――EUのエネルギー危機から、日本が学ぶべき教訓はありますか。
「温暖化対策は『S+3E(安全性+環境・経済性・安定供給)』のバランスが大切と言われていたが、これまでは環境に偏っていました。パリ協定に沿った温暖化対策を推進することは重要ですが、『S+3E』を再確認し、エネルギーの安全保障を含めて考えることが必要です。カーボンニュートラルという山に登るにはさまざまなルートがあります。一つのエネルギーに決め打ちするのではなく、多様なエネルギーの組み合わせを考えるべきです。特に再生可能エネルギーに関しては、欧州と日本との地理的な違いを考えないといけない。各国間に電気やガスの融通ネットワーク網がある欧州と、孤立した島国である日本の違いは明白です。日本に合ったエネルギー政策を構築することが重要となります。太陽光では日本の国土面積当たりの設備はドイツを抜いて既に世界1位です。メガソーラーの拡大で、土石流などの環境被害が危惧されていることを考えると、太陽光偏重は改めるべきです」
――産業界に対しては最近、温暖化対策をめぐって金融界や市場の圧力が強まっています。
「金融の役割は本来、潤滑油となる資金供給ですが、ダイベストメント(特定産業の資金はがし)という旗が振られています。英イングランド銀行の前総裁マーク・カーニー氏の提唱で2021年に発足したGFANZ(温暖化ガスネットゼロを目指す金融同盟)は化石燃料への投融資を厳格化する方針を打ち出しました。化石燃料は一刻も早く全廃すべきで、化石燃料資源は無価値な座礁資産というわけです。その圧力を受けて化石燃料の資源開発が抑制され、今回のエネルギー危機で石炭、LNGの供給不足が顕在化しました。まさに『S+3E』のバランスを欠いた議論と言わざるを得ません」
「市場あるいは投資家からの圧力も目立ちます。日本では今年6月の株主総会で環境NGOが電力会社などに気候変動対応の定款変更を提案したことが話題になりました。こうした圧力は、企業が2050年カーボンニュートラルを目指す上で、むしろ足かせになるかもしれません」
鉄鋼業のカーボンニュートラル 「移行期」の発想で
――日本の鉄鋼業は今年、50年カーボンニュートラルへの挑戦を打ち出すなかで、主に革新技術の開発・実用化に向けた取り組みをスタートしました。
「革新技術では水素を活用できるかがカギを握っています。ただ、忘れてはいけないのが『時間軸』をどう捉えるかという点です。パリ協定の2度目標はもともと、今世紀末までに実現できれば、と言われていました。ところがCOPで1.5度目標が浮上すると、50年カーボンニュートラルが目標となりました。ここで冷静になって考える必要があります。つまりこの目標は本当に実現可能なのか、ということです。電気をつくるには原子力や水力、風力、太陽光、地熱、化石燃料とさまざまな代替手段があり、コストをみながら、CO2原単位の少ない電源を選択できます。一方、鉄鋼、化学、セメントなどの製造プロセスは『化学反応』であり、脱炭素化の代替技術はいまだに確立していません。鉄鋼の脱炭素化で水素を活用するには、大量かつ安価な水素を安定的に調達できることが条件となります。しかし、IEA(国際エネルギー機関)のかつての見通しでは、低廉な水素が供給できるようになるのは今世紀の後半でした。水素活用の新技術にめどが立ったとしても、設備を導入し商業生産するには相当な時間とお金が必要です。時間軸を長期にとって、技術革新の成果を段階的に投入していく『トラジション(移行期)』の発想が肝要ではないでしょうか」
――鉄鋼業のトラジションの一つとして、CO2削減実績の一部を「グリーンスチール」として定義する動きが国内外で出てきました。
「グリーンスチールは、需要家がプレミアム価格を認めてくれることが大切ですね。CO2削減には既存技術の活用、革新技術への投資など多くのコストが必要になります。一方で、世界ではCO2を垂れ流す『フリーライダー』がいるので、悪貨が良貨を駆逐してしまうのではないか、不安が残ります」
――日本のCO2削減の30年度目標は、13度比で46%削減です。政府エネルギー基本計画は、鉄鋼の30年時点の粗鋼生産量を9千万トンと想定しています。
「46%目標は、当初の26%から根拠なく上乗せした目標で、そのつじつま合わせで生産水準を設定しています。鉄鋼業は自ら外貨を稼ぐとともに自動車などの輸出競争力に貢献する産業です。縮小均衡で貿易収支が悪化し、購買力が低下した衰退国家でよいのか。各企業が国際競争に打ち勝つ成長戦略を持つとともに、国家もこれを支える強靭な産業政策を打ち出すべきです」
――来年は日本がG7(先進7カ国)の議長国となります。エネルギー問題をどう主導すべきですか。
「温暖化問題は『グローバル・ウォーミング』と言われるように、世界の国々が手を携えて実施しなければならない。今後の温暖化対策は、伸びゆく発展途上国がカーボンニュートラルに近づくかにかかっています。ただ成長を志向する途上国にとって化石燃料等のエネルギー確保は不可欠です。途上国が環境と経済の両立を達成できるように、先進国の貢献が求められています。特に日本の持つ優れた省エネ技術等の移転は有効です。日本のCO2排出量は世界全体のわずか3%、自虐的に『反成長』を目指すのではなく、途上国の『緩和』支援と気候変動による影響を軽減する『適応』の分野での貢献を進めるべきで、アジアの一員として、G7の議論をリードしてもらいたいと思います」