岸田政権のGX戦略への期待と不安
石井 孝明
経済記者/情報サイト「withENERGY」(ウィズエナジー)を運営
関心の薄い「GX」議論
政治をめぐるニュースがいつもの通り騒がしい。最近は「いわゆる左」の人々はLGBTの権利の推進、「いわゆる右」の人は台湾情勢などの防衛費増加に関心を寄せ、政治家、メディアが熱く議論をしている。ところが、重要な政策の「GX(グリーントランスフォーメーション)」について、議論が盛り上がらない。
岸田文雄首相が行った第211回国会における施政方針演説によれば、岸田政権の経済政策の中心は「GX」だ。脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長の「一石三鳥」をこれで実現し、日本経済を作り変える「大変革に挑戦する」という。もっとこの問題に、社会全体の関心が集まってほしい。そして私はこの政策に期待と不安を感じている。
「環境」「脱炭素」技術を伸ばす産業支援策は歓迎
昨年12月に首相直属の有識者を集めたGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議が基本方針をまとめ、経産省は「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(GX法)案をまとめた。2月10日に岸田政権はこの政策方針と、法律案を閣議決定した。
メディアや野党は、原子力の政策転換転ばかりに反応した。ところがそれは一部にすぎない。以下、政策のポイントを紹介しよう。
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- 10年間で官民合わせて150兆円を超える投資を実現し、脱炭素と経済成長を両立させる。
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- 炭素を出さない製鉄、再エネ拡大のための電力系統の整備、蓄電池産業の拡大、アンモニア・水素発電など、日本が技術的に世界に優位にある産業を支援する。内容は広範で、「カーボンリサイクル燃料」「鉄鋼業」など22分野にもなる。
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- 再エネは単にそれを増やすのではなく、それを抑制して市場システムに組み込む政策を加速させる。
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- 原子力は活用し、低減としていたこれまでの政策を転換した。原子力の新型炉開発と新増設を国が支援する。
これらの政策目標はなかなか意欲的で、いいポイントを各産業でついている。岸田首相は「検討使」、つまり検討ばかりして何もしないと批判されてきたが、そのイメージを覆すようなものだ。これらは「各業界に期待の技術やビジネスを出してもらい、それを政府が丸呑みした」(民間委員)というもので、地に足のついた目標を掲げている。
日本の産業界は衰退が懸念される。しかし今でも環境・省エネ技術、製造技術の効率性、その結果もたらされる脱炭素の力では、各産業で世界最高水準にある。こうした強みをさらに活かそうとする政策は歓迎したい。これまで電力改革の混乱、脱原発などによる電力価格の上昇など、製造業を妨害するかのような産業政策が行われた。
2020年に退陣した菅政権ではカーボンニュートラルを強調していたが、どちらかというと、河野太郎さんや小泉進次郎さんのような政治家の主導で、温室効果ガスの排出規制を強化するアンチビジネスの雰囲気があった。岸田首相は最近になってGXに飛びついた印象があるものの、産業界のニーズを集め、産業支援の方向に変わった。これは適切な政策転換だ。強い産業力が、日本の国益に結びつく。
実質20兆円の増税はどうするのか
ところが、そのGXの実現方法が問題だ。上記政策では、その方法を以下の形で行うという。
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- 150兆円の巨額の投資を「規制制度的措置と政府の投資促進策で実現する」。
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- 予算措置として20兆円の「GX推進国債」を発行し、これを管轄する特別会計を作る。これを新設の「GX移行推進機構」が運営するカーボンプライシング制度で償還する。つまり150兆円の内訳は130兆円が民間投資、20兆円が国の支出となる。
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- カーボンプライシング制度の詳細はこれから作ることにしており、英語を使っているが、実質的には炭素税と排出量取引だ。
つまり散々批判されて縮小してきた、特別会計と外郭団体を新しく作り、そこが資金配分を担う。さらに実質炭素税による増税を狙う。財源があれば、予算支出を渋る財務省も文句を言わない。つまり、資金配分を政府が主導する「計画経済」を行うつもりなのだ。
さらに炭素税と排出量取引は、これまで何度も議論され、「国民負担が増えかねない」「統制経済になる」と批判を受け、何度も見送られてきた。それが GX促進の名目で復活してしまった。
そういう政府主導の「計画経済」がうまくいくだろうか。今、ネットでは、女性救済の幾つもの民間団体の補助金の使い道が叩かれている。困った女性の救済のはずなのに、研修などと称する高級ホテルの宿泊に使われるなど、怪しい使われ方が次々発覚している。公金を使うプロジェクトの多くは、たいていこのような凄惨な結果に終わる。「人の金」だから誰も真面目に使わない。そして経産省主導の産業支援プロジェクトは、このところ次々失敗している。
先が見通せない状況で、仕組みを固めることは危険
そして仕組みを作ってしまうと、なかなかそれを壊せず政策転換ができなくなる。
今後の世界の経済政治の見通しは極めて不透明だ。G7諸国は脱炭素を宣言している。しかしウクライナ戦争の後で、どの国もその言葉とは逆に、化石燃料をロシア以外から調達し、原子力発電にテコ入れするなどの取り組みをしている。建前と本音が乖離している。そして化石燃料の価格と需給は、今後どうなるか分からない。日本はこれまで、気候変動問題で、欧米諸国の二枚舌政策に翻弄され、建前に飛びついて負担を増やす、おかしなことをしてきた。
さらに日本は対外的には東アジアでの中国の軍事的脅威や、台湾有事の可能性に直面している。国内では、大規模な金融緩和とばらまきをしたアベノミクスの反動で、円安傾向、金融市場の動揺が起きている。
そうした中で巨額の財政出動と増税を長期にわたって行うのは危険だ。
GX政策のメリットと危うさを見極め、慎重な議論を
GDPの2% 、年10兆円規模に防衛費を増やす構想をめぐり国会では騒ぎになっている。GX構想で、環境・エネルギー投資を年15兆円規模にすることを国が打ち出したのに、それほど議論が盛り上がらない。
投資は多ければいい訳ではない。想定しない悪影響も起きる。例えば最近の再エネへの過剰投資・補助金政策が、再エネの発電量が増加したプラスの一方で、国土の破壊や国民の再エネへの不信というマイナスの問題を引き起こしている。国債増発は、今起きている金融市場の動揺を加速化しかねない。カーボンプライシングと名前を隠した炭素税の増税は、製造業のライバルである韓国や、中国が取り入れていない以上、設計の仕方次第で、日本の産業界への負担になる可能性がある。
冒頭で示したように国民的関心がないまま危うい政策に突っ走ってしまうと非常に危険である。現在開催されている国会では、GX法案が審議される予定だが、拙速に決めてはいけない。特に特に「GX経済移行推進機構」「カーボンプライシング」「GX経済移行債」の諸問題は、急いで今作る必要はない。実行するにしても、慎重な議論が必要だ。