東京都の太陽光パネル設置義務の報道に見る“異様な光景”とは?


科学ジャーナリスト/メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」共同代表

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 気候変動問題(地球温暖化問題)に関するニュースを見ていると、メディアの言論空間は実に単調である。そしてもうひとつ、環境市民団体と企業との関係が昔とは様相を異にしていることが分かる。その異様な光景を目の当たりにしたのが東京都の民間住宅を対象とする太陽光パネル設置義務化をめぐる報道だ。いったいメディアの鋭い嗅覚はどこへ行ってしまったのか。

企業と環境団体が仲睦まじく手をつなぐ

 昨年12月6日午後、小池百合子知事が押し進める太陽光パネル設置義務化を応援する記者会見があった。その日の午前中に行われた設置義務化反対の記者会見に対抗して行われた。その顔ぶれと配られたチラシを見て驚愕した。
 前真之・東京大学准教授(建築学)を筆頭に環境団体の代表(女性)と大学生(女性)、そして太陽光発電事業者2人の計5人が記者席に向かって並んだのである。この光景のどこが異様なのか。ふだんは肌が合いそうにない環境団体、企業、学者が横並びで仲睦まじく手をつないでいることだ。小池知事がその会見席に座っていてもおかしくないので、実質的には、行政、企業、学者、環境団体の4者が横並びしたことになる。この設置義務化を進める環境確保条例改正案は12月15日に東京都議会で可決(自民党は反対に回った)された。そのことを考えると、多くの政治家も、この4者連合の一員といえる。
 いったいどんな環境団体がこの条例改正案を支持しているのか。配られたチラシを見て驚いた。「気候訴訟ジャパン」「気候ネットワーク」「グリーンピースジャパン」「ゼロエミッションを実現する会」「ゼロエミ江戸川」など28の環境団体(事業者の団体も一部含む)が賛同し、名を連ねている。
 私は毎日新聞の記者時代(1974年~2018年)、40年以上にわたり、医療健康や環境問題などを取材してきたが、環境団体と企業、行政、学者の4者が仲良く手をつないでいる光景はほとんど見たことがない。食の安全性や農薬、環境ホルモンのような化学物質の問題では、たいていの場合、環境団体は「企業優先の政策は許さない!」と企業や行政を批判する姿勢を貫いてきた。主流派の学者集団とも距離を置いていた。
 ところが、太陽光発電や風力発電など自然由来のエネルギー問題になると、「地球温暖化を防ぐためにCO2を減らすのが最優先」という思想・正義感からか、カーボンニュートラルや気候危機を訴える政府や金融機関、大企業、主流派学者集団と足並みをそろえるようになった。そして、恐るべきことに大半のメディアがその仲間に加わった。メディア、環境団体、行政、企業、学者の5者が横一列に並び、気候正義を振りかざすようになったのである。そこに健全な批判精神が芽生えようがなく、言論空間は極めて単調になる。

3つの問題点を伝えたのはごく一部のメディアのみ

 その異様さが如実に表れたのが東京都の太陽光パネルの設置義務化問題だった。
 12月6日午前、杉山大志・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹▽上田令子・東京都議会議員▽山口雅之・元大阪府警警視(全国再エネ問題連絡会共同代表)▽有馬純・東京大学公共政策大学院特任教授▽山本隆三・常葉大学名誉教授の5人が太陽光パネルの設置義務化に対して、主に次の3つを訴えた。

日本で使われている太陽光パネルの約8割は中国製であり、その多くが人権侵害や強制労働で問題視されている新疆ウイグル地区でつくられている。設置義務化は中国のジェノサイド(ある人種・民族の集団殺戮)に加担するものだ。
建築主が仮に150万円のパネルを設置した場合、建築主は元をとれるかもしれないが、実はそのうち100万円は設置者以外の人(庶民層)が再生可能エネルギー賦課金などの形で負担させられるもので、富裕層と庶民層の格差を拡大させる。
太陽光パネルは水の中でも発電するため、洪水時には感電のリスクがある。

 どの問題点も、記者が関心をもちそうな鋭い指摘である。しかし、翌日以降の主要な新聞とテレビでこの問題点をしっかりと報じたのは産経新聞とTBSの情報番組「Nスタ」(12月15日))だけだった。大半の新聞は小池知事の設置義務化を全国初の試みとして素直に肯定的に報じた。
 ゲノム編集食品や福島第一原発の処理水の海洋放出をはじめ多くのテーマで、朝日新聞と読売新聞は論調を異にするのが普通だが、この太陽光発電ではまるで兄弟のような睦まじさを見せた。
 知人の話では、東京都政を担当する記者たちは大体において、小池知事に批判的ではないという。「知事の政策を批判するとネタ取り合戦で不利になる。だから、知事を批判できないんです」と言っていた。私の記者経験からいっても、確かにそういう一面はあるのだろうと思う。ただそれにしても、新聞記者の大半が太陽光問題になると日頃の鋭い嗅覚を失ってしまうのは実に不思議である。

切り込み不足の毎日新聞

 そのよい例が今年1月4日付の毎日新聞だ。2ページ目の一面をほぼつぶして、「理念先行?太陽光パネル」との見出しで設置義務化を大きく取り上げた。期待して読んだが、落胆しかなかった。大半は都や事業者の言い分を紹介したもので、小池知事との一問一答まで載せた。そこで記者が聞いた第一問目は「太陽光発電の推進は、他県にもノウハウを広げる考えはあるか」だった。完全に小池応援団的な質問である。
 そもそも記者というものは、知事の痛いところを突くのが本来の役目のはずだが、問題意識ゼロの質問である。まともな記者なら「設置を義務化する以上、ウイグル地区で生産されていない証明をどう確保するのか」くらいは聞くだろう。
 この記事で懸念事項として挙げたのは、山本隆三・常葉大学名誉教授の

パネルは有害物質を含むので廃棄物処理しなくてはならないが、現状ではリサイクルのコストが高すぎる。発電効率の落ちたパネルが途上国に輸出され、現地で不法投棄される可能性も否定できない。

といった内容だった。廃棄物処理の問題もいずれは大きなテーマになるだろうが、これは太陽光パネル全般に通じる問題である。4人の専門家が会見で指摘した問題点には全く触れていない。
 日頃、毎日新聞は朝日新聞と同じように、ジェンダーや人種差別問題などで「人権侵害」の事例を大きく糾弾する。ところが、中国製パネルの人権侵害や強制労働に対しては実に冷淡である。山本名誉教授は会見で「太陽光パネルを設置する富裕層や事業者は得をするが、それは他の都民や県民が電気料金(固定価格買取制度など)の形で負担を強いられるからであり、社会全体ではプラスになっていない」などと強調したが、そういう肝心な点は全く報道されなかった。

パネルの廃棄時にも庶民いじめ

 政府がこれまで消費税を引き上げてきたとき、メディアはなんと言って糾弾したか。「収入の高い層ほど負担割合が低い逆進性は問題だ」として庶民いじめを強調してきた。太陽光パネルの設置義務もこれと同じ構図のはずだが、記者は無視する。
 驚くべきことに、太陽光パネルがやがて廃棄される段階になっても、この逆進性の構図は続く。太陽光発電事業者が会見で配ったチラシの中に以下の内容が書かれていた。

おおむね30万円と言われる太陽光パネルの廃棄費用についても、過度という誤解がありますが、その費用は固定価格買取制度終了後の節電と売電の経済メリット数年分で回収できるものであり、経済的に問題はありません。

 30万円の廃棄費用は、相当に大きな負担金額であるが、事業者は「売電収入などで回収できる」としている。ということは、その廃棄費用を負担するのは太陽光パネルを設置していない人たち(庶民層)である。パネルの廃棄費用に至っても、庶民層が富裕層にお金を差し出して負担させられる構図になぜ、記者たちは怒らないのだろうか。
 左派右派、そして党派を問わず、記者たちは「人権侵害」「富裕層の優遇」「庶民いじめ」「事業者優先」を許すまじ、との気概をもって記事を書いてきたはずだ。なぜ、太陽光だと目が曇ってしまうのか。「自然エネルギーはよいもの」ひいては「無農薬、無添加はよいもの」という自然信仰の幻想に記者たちが取りつかれているからだろうか!