意思決定の支援へ難問に迫る

書評:B. John Garrick (原著) 東京大学教授 工学博士 山口彰 (訳)『超巨大リスクの定量的評価』


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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電気新聞より転載:2022年9月30日付)

 リスクと正しく向き合うことは、極めて難しい。「自分だけは大丈夫」という正常化バイアスの虜になり、迫りくる危機への対処が遅きに失することもある。逆に、直近の体験や認知した事象を過大に評価することで、脅威への対策に集中するあまり他のリスクへの備えが手薄になってしまうこともある。若年層に気候変動の危機的状況が急速に認知されるようになったのは、世界の洪水や干ばつ、猛暑による森林火災などの映像が流され、自分事として捉えられるようになったことが大きく作用しているとも聞く。

 限られたリソースを適切に配分して、社会あるいは自分自身が直面するリスクの総和を最小化することが必要だが、その「適切な配分」は極めて難しい。

 拙著「原発は“安全”か」(小学館)でも述べたが、福島第一原発事故前、日本の原子力発電所は安全神話の虜になっていたと言われる。しかし、シビアアクシデントは決して起きないという意味での安全神話が本当に存在したのであれば、事故前に様々なシビアアクシデント対策が行われたことの説明がつかない。むしろ関係者から聞かれるのは、外的事象起因と内的事象起因のリスク対策のバランスの悪さで、いわば与しやすい内的事象起因のリスク対策に取り組み、安全対策がまだら模様になってしまったことへの反省だ。

 事故を契機に原子力発電所の安全対策は抜本的に改正され安全性は飛躍的に高まったが、一方で、長期停止によるエネルギー自給率低下や技術・人材の喪失など、原子力を使わないことによるリスクが生活や経済を脅かしている。

 多様なリスクを定量的に評価し横並びで比較できれば、アンバランスなリスク対策から抜け出せる。社会としてのより良い意思決定のサポートを目的に、定量的リスク評価、中でも超巨大リスクの評価という難問にチャレンジしたのが本書である。難問だが、どんな事象でもリスク評価は不可能ではないと本書は説く。リスク評価とは私たちが知らないことを明らかにする作業であり、より良い意思決定に貢献する手法だ。知識やデータの不足や手法の不完全性を言い訳として、その試みを怠るべきではないことを、電力網へのテロ攻撃、急激な気候変動など、豊富な事例で伝えてくれる。

 何かあった時に「油断」や「想定外」という言葉に逃げずに済むように、本書からリスクとの付き合い方を真摯に学びたい。

※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

『超巨大リスクの定量的評価』
B. John Garrick (原著) 東京大学教授 工学博士 山口彰 (訳)(出版社:森北出版
ISBN:978-4-627-87001-7