中国が核融合炉開発で先行する
―日本が勝つために必要なことは―
岡野 邦彦
元慶應義塾大教授、1990年代から国の核融合関連委員会にも関与
1985年の米ロ首脳会談に沿って日欧米露の4地域協力で始まったITER計画に、中国は2003年に参加希望を表明して認められた。中国に韓国とインドも加えた7地域の国際協力でITERは2007年から建設が開始され、2025年に完工予定とされる。ITERに参加表明をした頃の中国の核融合技術は、日欧米露のキャッチアップに努めている状況だったが、その後、ITERの建設過程でどんどん存在感を高めてきた。
日本のJT-60Uや欧州のJETという20世紀最後に「入熱パワーより大きな核融合出力(出力・入力のパワー比Qを使ってQ>1と表現)」という大成功を達成した大型実験装置が、予算不足で新規装置への更新が進まない中、中国は、超伝導を使った核融合装置EASTを2006年に完成。その後も次々に追加投資を進め、EASTは、2021年中に、1億度以上の温度達成、1000秒を超える継続時間など、成果を上げている。日本や欧州はITERへの投資が大きく、それ以外での大型予算がなかなか付けられなかった。
そうはいっても、1億度なら日・欧・米が20世紀に達成済だし、EASTはJT-60UやJETの半分くらいの大きさの装置なので日欧のようにQ>1を達成したわけでもない。日欧共同で日本のJT-60Uを超伝導に改修し、2020年にJT-60SAとして完工、現在実験開始のための試験を続けており、近く実働するだろう。ゆえに日欧も中国に後れをとっているわけではないのだが、日欧それぞれ単独予算では、JT-60UもJETも次の装置に更新できなかったというのは否定できない事実なのだ。いまや中国に日欧より勢いがある感は否めない。
その中国の発電実証に向けた原型炉計画(CFETR)は、ITER(プラズマ半径6.2m)より大きな半径7m程度の装置とされていて、その設計は実現性が高い堅実なものになっている。最近、米国や英国が計画している小型核融合炉は、自ら「チャレンジングな目標」と言い訳しなければならないような、はっきり言えば、実現できそうにない設計だが、中国のCFETRは違う。これはITER参加で獲得した技術で実現可能な原型炉設計だ。しかも、初期運転では、実現が確実なITERの半分程度の性能のプラズマで電気出力が所内消費電力をかろうじて超える「ブレークイーブン」をまず目指し、その後、次第に性能を上げて本格的な発電実証に至る、という合理的で実現可能な計画が示されているのだ。
実は、ITERより大きな原型炉で、まずは実現が容易な性能でブレークイーブンを達成し、その後、段階的に性能をあげるという開発シナリオを世界で最初に示したのは、日本で2004年に発表された原型炉概念設計だった。開発としては至極まっとうな戦略なのだが、当時は、ITERより大きいのでは建設費が高すぎないか、と危惧する意見が多く、あまり受けいれられなかった。しかし、中国はその戦略を取り入れた王道を着実に歩んでいる。CFETRの工学設計のために、ITER用の予算とは別の1000億円規模の予算で2025年までに主要技術の開発を終えて、その後に建設段階に入り、2030年代には発電実証をするというのが中国の開発計画である。2兆円を超えるとされるITER建設費以上の建設予算を前提としての計画だ。これなら2030年代に実現できる可能性は高い。目標とする実現時期だけで比較すると米英の戦略と似たように見えるが、その実現性、原型炉設計の堅実性が異なるのだ。
原型炉がもっと小さく安くできないかという意見があるのはよくわかるのだが、人類史上初めての本格的な核融合発電実証実験注1)は、そんな簡単に安くはならない。原型炉は予算を潤沢につけて堅実に建設して、そこでの開発経験を元に実用段階で安くできればよいのだ。JT-60UとJETのライバルだった米国のTFTRは小型化を図ったのがあだとなりQ>1の達成に失敗したのも忘れてはいけない。日本の原型炉を設計している合同特別チームは、中国を超える設計能力を保持しているが、彼らに原型炉を小型で安くなどと無理な要請をして原型炉実現が遅れれば、「ITER建設経験を最大に活かし、本気でお金をかけた中国が核融合発電に成功しました」という話になって、やがては、一番先に建設経験を積んだことで一番安く造れるようになった中国から、世界中の国々が核融合炉を買う事態になりかねないのではないか。今すぐに、原型炉に向けて2兆円規模の投資を始めれば、まだ日本には勝てるだけの技術力はある。
- 注1)
- ITERは発電実証はしない。