AIのエネルギー消費に関する雑感(その1)
データセンターの電力需要量はどれだけ伸びるのか
山本 泰生
静岡大学 情報学部 情報科学科 准教授 博士 (情報学)
AI (正確には深層学習) をめぐる電力消費について、現状と将来の可能性について述べたいと思う。本題に入る前に少し周り道をする。7年ぶりに出された夏の節電要請のことだ。
2022年6月7日付の発表[1]によれば、電力需給の予備率注1) が、7月に3.1% (東京管内)、 1月にはマイナス1.7% (東京管内) になる見込みである。安定供給には予備率3%を確保する必要があり、休止中の火力発電所を再稼働させて急場を凌ぐ方針だそうだ。
節電・再稼働の動きでしばしばニュースの引き合いに出されるのが電気自動車 (Electric Vehicle、 EV) である。2020年12月と少し前だが、日本自動車工業会の豊田章男会長 (トヨタ自動車社長) による「EV化に伴う電力需要増加」についての発言が話題となった[2]。EVのシェアが自動車全体の30%程度注2) となった場合、台数にして2,465万台注3) となる。日本の自動車の平均走行距離が年間約6,017km[5]であり、現時点のEVの平均エネルギー消費率注4) は180Wh/km[6] なので、EV普及による消費電力量は年間27TWhと概算される。この値は、2020年度の需要電力量合計は860TWh(=8,638億kWh[7])なので、年間需要の3.1%に相当する。つまり、EVの需要電力は (夜間充電を考慮しないでも) 安定供給に必要な予備率の範囲内といえる。
これに比べて、今後大きく増加が予想されるのが、AI (深層学習) を用いるデータ処理業務である。近年、Web・メール・データベース等のビジネス業務に関わる従来型のデータ処理とともに、 AIを活用したいわゆるビッグデータ解析向けのデータ処理が増加している。一般にこれらの計算はサービスを展開する事業主 (商用クラウドであればGoogleやAmazonなど) が管理するデータセンターにおいて行われている (図1)。
このデータセンターのエネルギー消費動向について、低炭素社会戦略センター (LCS) が2021年2月に調査報告書を出している[8]。報告書によれば2018年のデータセンターの消費電力量は、国内で14TWh、世界で190TWhと推定されている。さらに、計算負荷の増大傾向が将来にわたって継続する (かつ飛躍的な技術革新がない) 場合、2030年に国内で90TWh、世界ではなんと3,000TWhになるとの見通しを出している。つまり先述したEV普及の3倍に相当する電力需要が将来発生する可能性を示唆している。
そこで、LCSがどのような仮定のもとでこのような試算を出しているか概説したい。
まず、2018年にデータセンターで稼働する世界のサーバー (図1左のラック内に格納される) 数は約4,500万台、国内は300万台と予想されている。これに1サーバー当たりの年間消費電力量をかけると上記の数字が得られる (ただしセンターの冷却システム等の電力は除く)。
はじめに従来型のデータ処理を行うサーバーを見てみよう。報告書ではサーバーの構成として、消費電力150W、300GflopsのCPUと128GBのメモリを想定している。ここで300Gflopsとは、1秒間に300×109=3000×108=3000億回の浮動小数点数演算を行える性能を指す。ちなみに一世代前のスーパーコンピュータ「京」は1秒間に約1京回の演算が行えることに由来していたことはよく知られている。メモリの構成は、廉価な16GBメモリを8つのスロットに挿入するのが標準的だろう。この構成の場合、メモリの消費電力は1スロットあたり5W程度なので、サーバー1台あたり40W程度となる。CPUとメモリ以外で電力消費される機器のうちネットワークカードと電源ユニットは、CPUの20%程度の消費電力であることが知られる。よって1サーバーの消費電力は220Wと推定され、年間消費電力量は約2,000kWhとなる。これに稼働台数をかけることで消費電力量が求められる。すなわち、2018年時点で国内6TWh、世界90TWhとなる。
2030年の推定は世界のIPトラフィック量注5) に基づく2018年のIPトラフィック量は10.8ZB注6) だったが、2030年に170ZBに到達すると予想されている。このデータ流通量比に応じてサーバー処理の負荷が増加すると仮定すれば電力消費量は15.7倍となる。ただし、流通量に応じてサーバーの処理性能も向上すると考えるのが自然だろう。仮に現時点の最新CPU (1,000Gflops、150W) が2030年のボリュームクラスとなれば、処理能力は3.3倍となり、電力消費量は5倍程度 (データ流通量比/処理能力比) に落ち着くと考えられる。以上のようなロジックから2030年時点の消費電力量は推定されている。
次に、AIを利用したデータ処理に伴う消費電力量を見てみよう。国内予測はIDC Japanが報告しているAIシステム向けのサーバーラック (以降、AIラックと呼ぶ) 数の予測値に基づく[9]。それによると国内データセンターに導入されたAIラック数は2020年が10,188台であり2024年には36,136台になると見込まれる。年単位の伸び率は30%であり、ここから逆算すると2018年には約6,000ラックあったと予測される。さらに、2030年まで伸び率30%で増設されていくと仮定すると、国内で約140,000ラック規模のAIシステムが運用される。1ラックに10個程度のサーバー (以降、AIサーバーと呼ぶ) が格納できるので、稼働するAIサーバーは2018年で60,000台、2030年で1,400,000台と予想される。一般のAIサーバーにはCPUの他に専用のアクセラレータ (GPU、TPUなど) が搭載されている(図2参照)。その分、消費電力が大きくなり、GPU搭載の標準的構成で1台当たり約1,300W (身近な家電でいうとドライヤー程度) となる。この消費電力と稼働台数をもとにAIを利用したデータ処理の消費電力量を求めると、2018年時点では0.7TWh、2030年時点で16TWhと予想される。なお、世界の方はディープラーニングチップセットの出荷台数と国内のラック設置の伸び率30%をもとに算出されている。
サーバー以外ではストレージの消費電力量が大きな割合を占める。この値はHDDとSSDの出荷台数と1台当たりの消費電力量をかけることで求められている。また、2030年推定はIPトラフィック量の増加率をもとに算出されている。データセンターの補機である空調、UPS、電力変換の消費電力は、データセンターのエネルギー効率の指標として利用されるPUE (Power Usage Effectiveness) をもとに算出される。PUEは、センター全体の消費電力とIT機器による消費電力による比として定義される。2018年は国内が1.58 (つまりIT機器の58%が補機の消費電力となる)、世界はハイパースケールセンターの高比率を加味して1.3と設定されている。
以上をまとめると表1の通りとなる。2030年予測の基礎としているのは、IPトラフィック量の増加率とラック販売数に基づくAIの需要増加率であることがわかる。ざっくりしているが、データを生成・流通させるには一定のエネルギー消費が必要であること、また近年のAIシステムの急速な普及を考えると、あながち「あり得ない現実」とも言い難い。ただし報告書でも述べられている通り、限られた資源の制約のもとでイノベーションが起きる可能性は十分ある。例えば、最新鋭の国産スパコンである「富岳」ではPUEが1.28、消費電力当たりの演算性能が29.85GFLOPS/W (たった1Wで29.85G回=298億5千万回の演算を行える) となっている。「京」に比べ電力当たりの性能は30倍に向上しており、圧倒的な省電力化を実現している[10]。
特に消費電力量の大きな増加率が見込まれるAI業務については、このような省電力化の取り組みが期待される。そこで次回は、AI内部の処理にフォーカスしつつ省電力化に関わる話題を提供したい (その2に続く)。
- 注1)
- 供給力からピーク需要を引いた値をピーク需要で割った値
- 注2)
- 30%という数字は2030年目標とされる新車台数普及率に相当する[3]
- 注3)
- 令和4年3月末時点の自動車保有台数は8,217万台である[4]
- 注4)
- 1km走行するのに必要な電力量
- 注5)
- IPトラフィック量: ネットワーク上でやりとりされるデータ流通量
- 注6)
- ゼタバイト: テラ (T)、ペタ (P)、エクサ (E) バイトの次にくる単位
【参考文献】
- [1]
- 電力需給に関する検討会合: 2022 年度の電力需給に関する総合対策、経済産業省、2022年6月7日
https://www.meti.go.jp/press/2022/06/20220607003/20220607003-1.pdf - [2]
- 土守豪: 改定エネルギー基本計画「EV全部は間違い」豊田会長発言と電力不足、週刊エコノミストオンライン、 2021年9月27日
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20211005/se1/00m/020/047000c - [3]
- EV/PHV普及の現状について、国土交通省、 経済産業省、 2022年6月23日閲覧
https://www.mlit.go.jp/common/001283224.pdf - [4]
- 一般自動車検査登録情報協会HP 2022年6月23日閲覧
https://www.airia.or.jp/publish/statistics/number.html - [5]
- ソニー損保: 2020年全国カーライフ実態調査、2020年12月14日
https://from.sonysonpo.co.jp/topics/pr/2020/12/20201214_01.html - [6]
- 電気自動車の消費電力は、どこまで抑えられる? EVが“電欠”にならないために知っておくべきこと、Wired、2022年6月23日閲覧 (Translation by Mayumi Hirai、Galileo)
https://wired.jp/article/ev-battery-drain-tips/ - [7]
- 資源エネルギー庁: 2020年度電力需要調査、2021年7月12日
https://www.enecho.meti.go.jp/statistics/electric_power/ep002/pdf/2020/0-2020.pdf - [8]
- JST 低炭素社会戦略センター: 情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響 (Vol.2)
−データセンター消費エネルギーの現状と将来予測および技術的課題-、2021年2月
https://www.jst.go.jp/lcs/pdf/fy2020-pp-03.pdf - [9]
- IDC Japan: 国内DX指向型データセンターファシリティ動向2020年: エッジコンピューティングおよびAIシステム、2020年10月28日
https://www.gii.co.jp/report/id968027-jv-japan-dx-oriented-datacenter-facility-trends.html - [10]
- 松岡聡、 庄司文由: スーパーコンピュータ「富岳」の目的は世界一ではない、公開の汎用プラットフォームを作ること、TELESCOPE magazine Interview、2022年2月2日
https://www.tel.co.jp/museum/magazine/interview/202202_01/