泉さん 物価上昇は誰のせいですか?
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
世界の主要国は、エネルギーと食料品価格の上昇を主な原因とするインフレに見舞われている。日本の消費者物価上昇率は現時点では欧米よりも低いが、これから、欧州の後追いで化石燃料価格と電気料金が上昇する可能性も高いだろう。
一部の野党からは、「岸田のインフレ」との言葉も出ているようだ。インフレに対し政権が何もしないと野党は主張したいようだが、インフレは誰のせいなのだろうか。物価上昇の大きな要因であるエネルギー価格上昇の原因が、菅直人政権が始めた政策にもあることに、菅直人元首相が属する立憲民主党は気がついているのだろうか。「岸田のインフレ」と揶揄する前に、先ずわが身を顧みることも必要だ。
欧州も米国も高いインフレ率に見舞われている。5月の欧州連合(EU)内でのユーロ圏19カ国の対前年同月比の消費者物価上昇率(以下インフレ率)は8.1%。エネルギーを除けば、4.6%。エネルギー価格のインフレ率は39.1%だった。米国の5月のインフレ率は8.6%。エネルギー価格のインフレ率は34.6%。
日本の5月のインフレ率は、4月に続き2.5%。欧米との比較では、相対的に低いインフレ率だが、昨年8月まで消費者物価上昇率が対前年同月比マイナスであったことを考えれば、実感する物価上昇率は、この数字よりも高くなる。水道光熱費のインフレ率は、14.4%だった。図‐1が、ユーロ圏、米国、日本のインフレ率の推移を示している。
エネルギー価格 上昇が目立つが
欧米日全てにおいてエネルギーのインフレ率が高いが、その内訳を見ると各地域の事情を反映した違いがある。
日本あるいは欧州の一部諸国と異なり、自動車燃料に対する補助金を支出していない米国では、ガソリン価格が大きく上昇し、エネルギー価格の上昇率を引き上げている。5月のガソリン価格のインフレ率は48.7%。一方、電気料金は12.0%に留まっている。
欧州ユーロ圏19カ国では、電気料金のインフレ率が31.9%と高い。多くの政府が電気料金を抑制するため補助金投入、税の減免措置を行っているが、天然ガス価格上昇が与える影響は極めて大きい。日本では、電気料金は対前年同月比18.6%上昇している。
天然ガス価格の上昇率はまだ欧州よりも低いが、今後の脱ロシアの進捗により価格がさらに上がる可能性がある。また化石燃料価格の変化が電気料金に反映されるタイムラグを考えると、日本の電気料金はさらに上昇するだろう。
日本の電気料金上昇を作り出したのは?
日本の発電量の約75%は化石燃料、石炭、液化天然ガス(LNG)、石油を利用する火力発電により供給されている。EU諸国の化石燃料比率36%、韓国の53%を大きく上回り(図-2)、化石燃料価格が電気料金に大きな影響を与える。火力発電比率の違いは、原子力発電の比率の差だ。EUと韓国は、原子力発電によりそれぞれ約25%、30%を供給している。
東日本大震災前に約30%あった日本の原子力発電による供給は、その後再稼働が進まないことから、現在4%(図-3)。この低い原子力発電の比率が、化石燃料価格が大きく変動する時代には、電気料金に影響を与える。安定供給と電気料金の安定化、さらには温暖化対策のためには、今後原子力の活用が必要になる。
東日本大震災後、原子力発電に代わり注目を浴びたのは、太陽光発電などの再生可能エネルギーだった。震災後浜岡原子力発電所の運転停止を要請した菅直人元首相は、辞任と引き換えに再エネ特措法を導入し、2012年7月に固定価格買取制度が開始された。2022年度の買取価格は、1kWh当たり3.45円だ。家庭用電気料金の10%を超えている。この支払いがなければ電気料金は10%以上安いままだった。
家庭よりも大きな問題は産業界にある。電気料金は企業に大きな影響を与える。
電気料金の上昇に喘ぐ産業界
データが公表されている製造業のいくつかの業種の、人件費とエネルギーコストの比率が図-4に示されている。高炉製鉄業では、エネルギーコストが人件費の2倍以上になる。固定価格買取制度の賦課金額だけで、従業員1人当たり年間50万円近い負担になっている。仮に、エネルギーコストが20%上昇すれば、人件費の40%以上に相当する額になる。
製造業平均のエネルギーコストは、人件費の25%相当額になる。エネルギーコストの上昇が人件費に与える影響の大きさが分かる。今の電気料金を作り出したのは、菅直人政権が始めた「脱原子力」と「再エネ推進」であり、高い火力発電比率と再エネ賦課金が電気料金をさらに上昇させている。高い電気料金は、ほぼ全ての産業に影響を与え、物価の上昇にも影響している。
6月26日には、電力需給逼迫注意報が発令された。料金が上昇し電気も自由に使えない国で産業はやっていけるのだろうか。