「流言蜚語」鋭く丹念に糾弾
書評:林 智裕 著『「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か』
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(電気新聞より転載:2022年5月20日付)
福島をフクシマにしたのは誰か。原子力発電所事故の責任が東京電力にあることは議論の余地がない。当時、同社社員だった私もその責任はずっと背負っていくものだと思っている。しかし、被害者の苦しみをより深く、より長期化させているのが「情報災害」だ。本書は「情報災害」が発生、拡散するメカニズムを明らかにし鋭く糾弾する。原発事故や新型コロナ、HPVワクチンなど、「流言蜚語」により創り出された苦しみや不安を繰り返させないとの著者の強い決意が伝わってくる。
風評加害の主原因は知識不足であろうが、本書の表題が暗示するように、様々な思惑によっても創り出される。筆者も出演した数年前の深夜討論番組で、処理水放出が議論された。出演者には、原子力の専門家や処理水に関する著書を上梓した国会議員もいたので、世界中で稼動する原子力施設からより高濃度のトリチウム水が放出されており、放出に問題はないとの意見が大勢を占めた。再エネ派の有識者として出演していた方が、「それでも地元の方たちは不安に思っている」と食い下がったが、地元の不安に寄り添う態を取りながら、再エネを上げるために原子力をおとしめようという思惑が透けて見えることを他の出演者に指摘され、さすがに口を閉じた。再エネと原子力は本来対立軸ではないが、そうした構造で語られ、情報災害が引き起こされてきたことは残念ながら否めない。
本来風評加害を抑止すべきメディアや政治家、有識者などが風評加害を引き起こす側に回っている事例を、本書は一つ一つ事実に基づき糾弾していく。風評は創り出すのは簡単だが、検証し、間違いを指摘するのはしんどい。時間もコストもかかる上、結局人は信じたいものを信じるので、無力感とも戦わねばならない。隙があれば足元をすくわれるし、隙がなくとも言いがかりのような反撃や反論は日常茶飯事だ。政府や学会などの関係者も風評被害の払しょくに取り組んではいるものの、風評被害の経済損失は賠償費用の一部として東電が負担する体制ができていることもあってか、特に政治家の中に毅然とした態度でこの問題に臨む方は多くない。
前回紹介した服部美咲氏の『復興する福島の科学と倫理』も同様だが、地域の方に寄り添うジャーナリストの方たちの地道な取り組みに敬意を表したい。こうした本を読み、学び、正しい情報を拡散することで、風評加害の抑制に少しでも貢献しようではないか。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
『「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か』
林 智裕 著(出版社:徳間書店)
ISBN-13:978-4198654412