温暖化対策についての所感
藤木 勇光
一般社団法人環境政策対話研究所、一般社団法人地球温暖化防止全国ネット 理事
今年3月、42年間勤務したJ-POWERを定年退職し、現在は、一般社団法人環境政策対話研究所、同地球温暖化防止全国ネットの非常勤理事をしています。
「6月に開かれた主要7カ国(G7)の首脳会議では、新たな石炭火力の輸出支援を年内にやめることで合意した。日本は輸出支援から確実に撤退し、国内での石炭火力発電の削減も急ぐべきだ」との論調も見られますが、果たしてそうかなと思います。以下に所感(異論)を述べますが、これは藤木個人の見解であり、上記組織の認識や活動とは全く関連がないことをあらかじめお断りしておきます。
温暖化対策について考える際に大事なことが三つあると考えます。
- ①
- 温暖化と人為的に排出される温室効果ガス(GHG)の関係性が解明されるに従って、政治・経済・社会の認識が深まってきたこと(現在もその途次にあること)、
- ②
- 温暖化はグローバルな課題であること、
- ③
- 温暖化対策には幅広く柔軟な思考が必要であること、
です。
1988年に設立されたIPCCが1990年に発表した第1次レポートでは、温暖化と人為的なGHG排出の関係について「観測事実に乏しい」、1996年の第2次レポートでは、「人間活動の影響が示唆される」としていました。これを受けて国際政治の舞台では、京都議定書を採択し、日本の6%削減など先進国が排出抑制に取り組みました。その後、様々な気候観測やメカニズムの解明が進み、2013年の第五次レポートでは「温暖化は明白であり、人間活動が主因である可能性が極めて高い」とされ、これを受けて、2015年に気候変動枠組み条約(UNFCCC)締約国は、パリ協定を全会一致で採択するに至ります。パリ協定は翌2016年に発効し、先進各国は削減目標を京都議定書との比較では大幅に引き上げ、途上国も自国の削減目標をUNFCCCに届け出るようになりました。日本は、震災の影響もあり積極的な対応が困難な状況もありましたが、2020年10月、菅総理が2050年実質排出ゼロを目指す方針を打ち出し、2021年4月、2030年の排出削減目標を46%に引き上げる旨宣言するに至っています。
こうした動向等を背景に、経済・産業界ではESG投資が提唱され、RE100(電力を再エネ電力100%にすること)やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)を宣言する企業も増えています。技術開発面では、国はCCS(二酸化炭素の分離・回収・貯留)に関する大規模実証試験を苫小牧で行いました。分離回収したCO2と水素を化学合成してメタンを製造するメタネーションや、回収したCO2を建材に混ぜて固化したり植物の光合成を利用して野菜の収量を増したり藻類を使ってグリーンオイル製造試験を進める等、CCU(分離回収したCO2を有効利用する技術)の開発も進めています。
民間では、トヨタ自動車が水素エンジンの開発をモーターレースの場を通じて進めることを発表していますし、古巣のJ-POWERでは、石炭ガス化複合発電(IGCC)用に開発した酸素吹きガス化技術を適用して、豪州の褐炭を原料に豪州で水素を製造すると共に、現地でCO2を分離・回収・貯留(CCS)して、製造した水素を液化して日本に輸送する実証試験を日豪政府と日本の企業連合と共同で実施しています。
このガス化技術は、発電用技術としては世界でも数少ない成功例のひとつであり、燃焼前に高濃度のCO2を分離回収できるという、CCSとの相性の良さがあります。固体の石炭を燃料に利用する故に、木質バイオマス等の燃料を混焼(バイオマス混合ガス化)しやすく、これにCCS技術を複合することで、カーボンニュートラルを超えてネガティブエミッション(大気中のCO2減少)にも道を拓くユニークな技術であり、2021年にエジソンアワードを受賞しています。
経産省は、6/22、「アジアCCUSネットワーク」の立ち上げを発表しました。また、6月に政府が石炭火力輸出方針の見直しを決めたことについて、「排出削減対策が講じられていない石炭火力発電への政府による新規の国際的な積極支援を年末までに終了するという形に見直されましたが…」との記者の質問に対して梶山経産相は、「日本の考え方というのは、日本の輸出というよりも、途上国支援という意味も含めて、先進国だけでカーボンニュートラルというのは実現できない。(中略) 排出削減対策が講じられているかどうかにより判断をされるということで、高効率か否かという観点ではないということになりました」と答えています。記者の質問は方針変更を問う意図でしたが、梶山大臣は、「日本一国だけの取組みには限界があり、国際連携が必要である」という核心をお答えになっていました。
温暖化問題は、まさにグローバルな課題です。グローバルに対策を考えていくことが重要で、今後も経済成長によってCO2排出が増加すると見込まれる途上国の排出削減にどのように貢献するのか、先進国の姿勢が問われています。京都議定書体制では、先進国が途上国あるいは市場経済移行国の排出削減に貢献する際には、その一部を排出権として取得できる柔軟性メカニズム(CDM、JI)が盛り込まれていました。パリ協定では、排出削減し達成すべき目標温度とそれに付随する仕組みが定められましたが、柔軟性メカニズムについては合意に至らず継続して議論が進められています。これも大きな課題の一つです。
資源小国ながら工業生産力を基盤に技術立国として成長してきた日本には、その先進的な技術を利用した貢献が求められていると思います。その意味で、効率云々ではなく排出削減対策が講じられているか否かに輸出評価の視点が転換したようですが、これに応える技術を磨いて削減対策を講じ、グローバルなGHG排出抑制に貢献していくことが、今後とも求められるのではないかと思います。
温暖化は人為的なGHG排出が主因ですから、エネルギー需給と密接に関連します。それ故に、再生可能エネルギーの導入促進・主力電源化、原子力の利用、化石燃料の利用の可否といった脈絡で論じられることが多い課題です。エネルギーと環境を論じる時、どうしても「経済か環境か」、「原子力に賛成か反対か」、「国益優先か国際協調か」等、エネルギー供給の安定性等を巡って二項対立の議論になりがちです。また、若い世代の人たちからは、「私たちの将来を奪わないで」との悲痛な声も届きます。
温暖化を巡る議論は過熱し対立が先鋭化することもしばしばですが、それ故にこそ視野を広げ、冷静に、寛容を旨として対話し議論し、総合的にGHG排出実質ゼロを目指す変革をデザインすること(変革の先を読むこと)が必要だと考えます。
変革をデザインするにあたっては、エネルギーの消費と供給の両面から考える必要を感じます。茅先生が恒等式でCO2の排出量を、「人口」、「経済活動量(GDP)」、「エネルギー消費量」、「CO2排出量」に分解して、考えるヒントを提示しています。この茅恒等式からは、「生産過程におけるエネルギー消費の効率化(省エネ、生産性向上)」、「生活様式を変えることでできるエネルギー消費の削減」、「エネルギー供給における燃料選択による低炭素化・脱炭素化」等々、考えるヒントをたくさんいただけます。
また、同時に変革の先を読むことも必要です。あまり積極的に触れられることは少ないのですが、製品の生産プロセスや生活様式の変革が進むことで、商品の売れ筋が変わり、企業活動にも大きな影響が及び、産業構造が変わり、社会が変わることに思いを馳せる必要があります。つまり、厳しい国際競争の中でも温暖化の課題にうまく対応できないと、事業を継続できない企業も出てくる可能性があり、社員は職を失うかもしれません。エネルギーが社会を支えているのと同様に、鉄・セメント・プラスチック・紙などの素材が、現在の日本の産業や豊かな暮らしを支えています。そしてこれらの製造業からのCO2排出が大きいのも現実で、温暖化対応は素材系製造業にとっても実に大きな課題になっています。これらの素材供給に不都合が生じ、あるいは他の素材に代替されるとき、社会にどのような影響を生じるのか。視野を広くして深く考え、将来社会に関する我々の考えやビジョンを磨いていることが大事だと考えています。
温暖化問題は、幅広く多様な観点から考えるべき課題です。上記のような変化と影響を想定しながら、その影響を緩和する対策を考えることも必要ですし、一定の影響は受け入れて、変化や影響にどのように適応していけるかの方策を練る等、柔軟で幅広い視点が欠かせません。
最近の報道論調を見ると、「脱炭素」が強調されて、化石燃料利用についての見直しが強く主張されていますが、過剰ではないかと感じることもしばしばです。殊に石炭はCO2排出の元凶のように語られています。炭素強度(CO2の排出割合)が高い故にやむを得ないことではありますが、前述のように固体の石炭を利用しても、ゼロエミッションを超えてネガティブエミッションにつながる可能性も秘めています。一面的なステレオタイプの主張や報道になってはいないかと、危うく感じます。
温暖化の進行を抑制し、平和で安定した社会を維持していくためには、グローバルに考え行動すること、幅広い視点から検討して、可能性を否定せず(追求して)将来の選択肢をできるだけキープすることが重要ではないかと考えています。
次代を担う若者たちの声にも耳を傾けるべきと思います。そして同時に、若者らしい潔癖さで短兵急な議論をしている場面に出くわした時には、温暖化とエネルギー、社会のつながりを広い視野で深く考えられるように、私たち大人が導いてあげることも必要かもしれません。もっとも、メディアで伝えられる中にも、SNSで発信される情報の中にも誘導的な主張や論調が多いことも事実ですから、我々大人自身が、冷静にそれらの本質を見極める見識を高めるように自戒しないといけないのかもしれません。
先日、総合エネルギー統計をベースに手作りのシミュレーターを作って、将来のGHG排出量を幾つか試算してみました。例えば、
- ⅰ)
- 一次産業と輸送部門の動力の内、9割が電動化・水素エネルギー化する、
- ⅱ)
- 製造業で消費するエネルギーのうち6割を節エネ、電動化、水素利用にする。6割の内の6割が電力または水素にシフトする(実質のエネルギー消費は24%減)、
- ⅲ)
- 家庭・業務部門のエネルギー消費を6割削減あるいは電動化する。半分が電力にシフトする(同30%減)、
- ⅳ)
- 電力は、火力発電の全てにCCSを付加して電力からCO2は排出されない、
といった大胆な前提でシミュレーションしてみました。
結果は、CO2の排出量はほぼ80%の削減となりましたが、製造業で1.5億t弱、その他の部門で1億t弱の排出となりました。製造業での対策の必要性と実質ゼロの困難さを改めて実感しました。そして、2050年に実質排出ゼロを目指すには、カーボンニュートラルを超えて、ネガティブエミッションにつながる技術の社会実装が求められるに違いないと思いました。
そんな折、大学生の末娘が、乾麺を使い電子レンジで調理してパスタを食べていました。思わず、「へえー、電子レンジでできるんだ」、「そう、コンロで茹でるの面倒だし、手早くできるよ」、「美味しいの?」、「美味しいよ。パスタだけでなく、色々作れるよ」のやり取りがありました。
私には、大きな驚きでした。ガスコンロを使って、煮たり、焼いたり、炒めたりが調理と思い込んでいましたが、既にそういう考えは古いようです。レンチンレシピやそれ用の食材が拡充されると、彼女のようなスタイルが普及して家庭・業務部門の厨房に係るCO2排出は激減できるかもしれません。
柔軟な発想で周りを見回してみると、隠れているニーズ、新しいマーケットをきっと発見できるでしょう。温暖化対策で仕事でも暮らしでも大きなトランスフォーメーションが求められている今、苦虫をかむつぶしたような気分になりがちですが、やはり「変化はチャンス」なのでしょう。しかめっ面であれこれ思案するのではなく、興味をもってワクワクしながら、あれこれ考えてみたいと思った次第です。