脱炭素による経済への打撃回避を


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「サンケイビジネスアイ」からの転載:2021年5月12日付)

 菅義偉首相が「2050年温室効果ガス実質排出量ゼロ」を発表して以降、多くのメディアが脱炭素による成長を取り上げている。中には、電気自動車(EV)、洋上風力、水素などに関与する具体的な企業を取り上げている雑誌もある。30年の温室効果ガス排出目標を、13年比26%減から46%減に引き上げたことにより、さらに成長の機会が増えるのだろうか。菅首相をはじめ小泉進次郎環境相などは、再生可能エネルギー導入を柱として30年の目標達成を目指しているようだが、再エネ設備導入は経済に寄与し、上昇する電気料金による負の影響を上回るのだろうか。

 12年に導入された太陽光などの再エネ発電設備からの電気を買い取る固定価格買取制度(FIT)により、太陽光発電量は急増し、ドイツ、イタリアなどを抜き去り、中国、米国に次ぐ世界3位になった。19年末の世界の太陽光発電設備導入量5億8500万キロワットのうち、日本の設備は中国、米国に次ぎ6200万キロワット、世界シェアの11%を占めている。太陽光が大きく伸びたのは、買取価格が相対的に高く設定されたためだった。

日本の給与水準に余波

 再エネ導入のためのFITに基づき、消費者は電気料金で負担を行っている。21年度の金額は1キロワット時当たり3.36円だ。平均的な家庭の1年間の負担額は1万円を超えるが、この負担の本当の問題は家庭用ではない。企業が負担している賦課金額が、私たちの給与に大きな影響を与えている。

 18年の産業用の平均電気料金の約15%は、FIT賦課金額の負担に充てられていた。製造業では使用する電力量は業種により異なる。工業統計には18年の従業員30人以上の事業所が支払った電気料金が掲載されている。従業員1人当たりの電気料金負担額は、鉄鋼では375万円、化学158万円、輸送用機器51万円、食品41万円、製造業平均では75万円だ。

 この電気料金の約15%がFITの負担金になるので、鉄鋼では1人当たり56万円、化学では24万円、輸送用機器でも8万円の負担を行っていることになる。製造業平均では11万円の負担だ。再エネ導入の負担金がなければ、エネルギー多消費型産業では、賃上げも可能になるのではと思えるほどの負担額だ。従業員1人当たり年間10万円以上の負担は、家庭での負担額を大きく上回っている。企業の国際競争力にも影響を与える。

 今後大きな導入が計画されている再エネ設備は浮体式洋上風力設備だが、その発電した電気の今年度の買取価格は1キロワット時当たり36円+税。導入量増加はFITに基づく需要家の負担額を上げることになる。

 この価格に送配電費用、バックアップ費用などが追加で生じることになるので、需要家の元に着いた時の電気のコストはさらに高くなる。小泉環境相は高層ビルの上に太陽光パネルを設置するとも主張しているようだが、その発電量はどれほどのものだろうか。また、その電気を安定的に使用するための追加費用はいくらかかるのだろうか。

 関西電力が自社の太陽光と火力発電設備の比較を行っている。太陽光発電設備の面積は21万平方メートル、火力は10万平方メートルだが、年間発電量は太陽光1100万キロワット時、火力140億キロワット時。

 太陽光の面積は火力のほぼ2倍だが、発電量は約1280分の1、単位面積当たりの発電量は約2700倍違うことになる。仮に東京の中心、千代田区に太陽光パネルを敷き詰めた時の発電量は、320メートル四方に収まる火力発電所の20分の1程度しかない。しかも、発電量が少なくても送電線の能力は設備量に応じて必要だ。再エネ発電設備の増加は電気料金を大きく押し上げる。

 これで国内製造業が潤うのであればまだしも、中国が主要設備を供給するため国内産業への効果も期待できない。雇用が少し増えるのは、設備を設置する工事とパネル販売を行う事業者だけだが、再エネ導入量の増加は、産業界の電気料金の負担をさらに増やし、私たちの給与にも大きな影響を及ぼす。将来設備コストが下がっても、私たちの手元に再エネの電気を届ける費用は増える一方だろう。

 電気料金が大きな影響を及ぼすのは先にあげた製造業だけではない。デパート、スーパーなどの公表されている水道光熱費を見ると、正社員1人当たり年間100万円前後になっている。電気料金の比率が不明だが、FIT負担金は10万円前後はあるのではないか。サービス産業でもFITは給与にも影響を与えるほどの額になっている。

 日本の平均給与が今まで一番高かったのは、20年以上前の1997年だ。20年以上たっても、給与は20年以上前のピークを超えることはなく、この間多くの国の給与が日本を上回るようになり、いま主要国の中で日本の給与は最低になった。経済協力開発機構(OECD)統計では、2019年の韓国の平均年収4万2285ドルが日本3万8617ドルを上回っている。さらに、給与に影響があるような政策を実行する余力が日本にあるのだろうか。

CO2抑制は重い負担

 再エネ導入の負担金は、私たちの給与に影響を与える。温室効果ガス削減を目指すのであれば、負担を大きく増やさない方法を選択すべきだ。企業の意思決定理論では、不確実性の下で取るべき戦略が複数ある時の選択方法を考えることがある。利益が最大になる戦略を選択する、あるいは確率に基づき期待値が最大になる戦略を採用する方法などを教えるが、後悔が最も小さい戦略を選択する手法もある。

 温暖化に関する意思決定は不確実性が高い条件下で行われる。例えば、温室効果ガスの濃度と温度上昇の関係は正確には分からない。温度上昇により経済活動がどのように影響を受けるのかも、被害額も分からない。シミュレーションにより様々な数字が挙げられているが、大きな幅があり、確かなことは分からない。温暖化対策として経済への波及効果が薄い対策を実行していれば、仮に温暖化が発生しないとすれば、その時の後悔は大きくなる。後悔しないため現在の経済に大きな負担を掛けず、経済に好影響を与える政策を採用しなければいけない。

 いま、環境と経済の好循環が意味するところは、後悔を少なくするため経済への効果があり、現世代の負担が大きくならない政策を実行すべきだという意味だろう。例えば、再エネ導入により二酸化炭素(CO2)の排出量を抑制する政策は、現世代に大きな負担をもたらす可能性が高く、温暖化対策としては取るべきではない。

 電気料金上昇の形で企業、雇用に影響を及ぼす政策ではなく、日本の企業の成長に寄与するような産業への支援を集中的に行い温暖化対策を進めるべきだ。天然ガスから水素を製造する技術、小型原子炉、燃料電池の航空機、大型車への応用、全固体電池などのような新型蓄電池など30年、50年時点の目標達成を大きく助け、日本企業も携われる技術はあるはずだ。