社会を変える気付きを大切に
書評:馬田 隆明 著『未来を実装する-テクノロジーで社会を変革する4つの原則』
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(電気新聞からの転載:2021年5月28日付)
カーボンニュートラル社会への転換に向け、イノベーションの必要性が叫ばれている。それも当然で、産業革命以降約2000年にわたり、人類はエネルギー消費とそれに伴うCO2排出量を増加させ続けてきた。これをあと30年強で実質ゼロにするというのは、産業革命以上の大変革だ。既存技術のコストダウンや利便性向上を進めてそれを総動員することは大前提であり、それに加えて、非連続な技術開発とその社会実装がなければ達成できないことは明らかだ。
イノベーションとは、非連続な技術開発とその社会実装を包含する概念だが、わが国でのイノベーション論が技術開発に偏っていることは、従来も繰り返し指摘している通りだ。技術開発に成功しても、それが社会実装されなければ意味はない。今の日本に必要なのは「テクノロジー」のイノベーションではなく、むしろ「社会の変え方」のイノベーションではないかというのが、本書の出発点だ。
本書が電気新聞読者にとって親しみやすいであろうと感じるのは、技術の社会実装がどのように進んだかの事例として、電気を取り上げていることもある。エジソンが白熱電球を発明したのが1879年、直流電力の発電機発明が1880年、その後まもなく工場を稼働させるための電気モーターの発売が始まったことは、本紙読者であればご承知であろう。
急速な技術課発が数年で進んだわけだが、20年後の1900年時点でも、電気モーターで動く工場は米国で5%以下であったという。しかし、単に動力源としての代替性ではなく、電気を利用することで、工場の中で機械配置の自由度が高くなり、生産現場の効率性や作業者の安全性が飛躍的に高まったこと、電灯も併せて用いることで夜間の作業も可能になることへの気づきが、電気技術の社会実装を加速度的に進行させたのだ。1880年前後の発電技術の開発から約50年を要したとはいえ、ここから世界は大量生産・消費社会に踏み出したのである。
本書は、現代的な社会実装の事例として、UberやAirbnb、マネーフォワードや加古川市の見守りカメラなどの成功事例を取り上げ社会実装の原則を導き出しているほか、社会実装に向けたリスクやセンスメイキングについても取り上げている。エネルギー転換に必須でありながら最も欠けているセンスメイキングに向けての示唆など、今、必読の書として強くお勧めしたい。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
『未来を実装する-テクノロジーで社会を変革する4つの原則』
馬田隆明 著(出版社:英治出版)
ISBN-13:978-4862763044