気候市民会議を通じたフランスの社会実験(前編)
~世界に先駆け実を結び始めた市民と政治の連携の背後にあるもの~
永田 公彦
Nagata Global Partners 代表パートナー(在フランス)
国民の7割以上が「地球環境の救済は緊急課題」と考えるフランス(仏エネルギー管理庁2019年度調査注1) )。2012年11月にスタートした脱炭素化に向けた国民的議論から10年近く経て、ようやく市民による市民のための気候変動政策が実を結ぶこととなった。
「気候市民会議」が政府に提出した149の提言の内の約3分の1が反映された気候変動対策関連法案(le projet de loi “Climat et Résilience“) が去る2月10日の閣僚会議に提出されたのである。同法案に対しては既に国内でも賛否両論が沸騰し、また今月末には国会審議が予定されているものの、市民の声が法制化され気候変動対策が進むスタート地点にたったことには違いない。
気候市民会議については、既にご存じの方もいるだろうが、市民団体の提案を受けて政府が2019年10月に設置した国政参加チームである。抽選で選ばれた150人の市民代表が、市民の目線で気候変動対策を議論し149の政策を政府に提言した(2020年6月)。その狙いは、温室効果ガス排出量を2030年までに1990年比で40%以上削減することにある注2) 。
こうした中、本稿では気候市民会議の意義と重要性を十分理解いただくために、設立の背景にあった過去10年間の大きな流れを時系列で示す(尚、今回の法案のポイントについては次回(後編)に示す)。
まず、2012年11月フランス環境省は、脱炭素化社会づくりに向けた国民的議論を開始した。政府は、全国各地で開催された公開討論やオンライン意見箱で集約された市民の意見をもとに、2015年8月「Energy Transition for Green Growth Act(エネルギー転換法)」を施行した。これにより同年12月のパリ協定に先駆け、気候変動対策を世界的にリードすべく野心的な目標を掲げることとなった。2030年までに温室効果ガス排出量を40%削減(2010年比)、2030年までに全発電電力量に対する自然エネルギーによる発電比率を40%に引き上げ(2016年17%)、2025年までに原子力発電割合を50%へ引き下げ(2016年78%)、2050年までに最終エネルギー消費量を50%削減(2012年比)等である。
翌年の2016年夏フランスでは記録的な猛暑に見舞われた。同年11月にはパリ協定が発効したこともあり、人々の気候変動対策への関心が一段と高まっていた。一方、政界ではこれまでにない動きがあった。マクロン氏による既存の政党政治の枠組みを超え市民の力で国を変えようとする政党「共和国前進」の立ち上げである。その後、2017年5月の大統領選で、同氏は市民の力と改革に期待する国民の支持を得て、39歳と同国史上最年少の大統領となった。
こうしてフランス社会に新風を巻き起こすべくスタートしたマクロン政権であったが、翌2018年11月に「黄色いベスト運動」が勃発した。きっかけは、2019年1月に予定されていた燃料税増税を含め、日常生活で乗用車が欠かせず燃料代の家計への負担が大きい地方住民を中心とした燃料代高騰への抗議運動とみられている。
その後、黄色いベスト運動は全国的に拡がり戦後最長期間のデモ活動に発展した。地方の労働者層を中心にマクロン政権以前から蓄積していた社会政策、経済格差拡大、政治そのものへの不信等が一気に爆発した形だ(尚、同運動の真相については、2018年12月19日公開の下記の記事を参考いただきたい)。
【日本から見えない、仏「黄色いベスト」デモの正しい見方】
永田公彦 パリ発・ニッポンに一言!ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp)
こうした大きな社会のうねりに対し、マクロン政権は緊急対応を迫られた。まず、予定していた燃料税引き上げの一時中止と電気ガス料金引き上げの凍結を発表した。同時に国民宛の公開書簡を通じ、全国的な市民討論会の開催を提案した(2019年1月注3) )。これは大統領自ら全国を行脚し、環境問題対策も含め複数の社会経済テーマについて市民間で徹底討論しようというものである。これに対し同月、黄色いベスト運動家、環境運動家、学者、ジャーナリスト等様々な立場の市民が集う組織「市民のジャケット」が、マクロン氏宛に公開書簡を差し出した注4) 。その内容は、市民討論会を有効に運営するための支援の申し出と気候市民会議の創設を提案するものであった。
他方、黄色いベスト運動と時を同じくして、マクロン政権の環境問題対応を不十分とする市民団体による反政府運動が活発化していた。特に目立つ動きは2つある。
1つは、複数の環境NGOが結集しておこした2019年3月16日の大規模デモである。SNS等を駆使し参加者を動員し、 一国で行われる環境問題関連のデモでは世界最大級となった(全国220都市の計35万人が参加、主催者発表、本件についてはNHKのBS1がドキュメンタリーとして放送していたようなので日本でもご存じの方は多いだろう)。
2つ目は、2018年夏に政策上の対立で環境大臣を辞任し別の立場で環境問題対策への取組みを表明したニコラ・ユロ氏の財団、グリーンピース、他2つの環境団体が同じ旗の下に連合を組み、政府の環境政策に圧力をかける動きだ。同団体は、2018年12月政府に対し「十数年に渡り政府による気候変動に対する行動がなかったとして損害賠償を求める書簡を送った。これに対し政府からの回答がなかったことから翌2019年2月パリ行政裁判所にこれを訴えた注5) (本件については同裁判所により去る2月3日、国に対し有罪判決が下りている)。
このように、社会的立場も年代も異なる市民による政府への圧力が増す中で、2019年6月マクロン氏が気候市民会議の設立を発表した。また同年11月には、2050年にカーボン・ニュートラルの達成目標が追加されたたエネルギー・気候法を施行に至った。
以上が、同会議の設立にいたる10年の経緯である。勿論こうした一連の動きの背景には、フランスの国民文化がある。学校や家庭で育まれる高い参政意識・人権意識・批判的精神等が後押ししているのは間違いない。しかし、こうした「市民が主導し国と地球の未来を変える」というのは民主主義国家の原点である。今後、日本も含め各国でこうした動きが続くことを期待したい。
- 注1)
- GreenFlex-ADEME『Baromètre GreenFlex-ADEME 2019』