脱炭素へ社会変革担う使命感
書評:岡本 浩 著『グリッドで理解する電力システム』
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(電気新聞からの転載:2021年1月22日付)
菅首相の所信表明が大きな契機となり、2050年は脱炭素元年となった。ゼロカーボンという言葉は急速に普及しつつあるが、その意味するところは必ずしも理解されていない。「50年にはガソリン車やガス給湯器など、化石燃料で動くものは基本的に使えなくなる」と伝えると、途端に強い困惑を示される方も多い。それだけ、エネルギーは生活の中に溶け込み、手段として他の財が提供する消費体験を支える影の存在になっているということだろう。確かに、車に乗るとは言うが、ガソリンを消費するとは言わない。テレビを見るとは言うが、電気を消費するとは言わない。
ネットゼロ実現には、電気あるいは水素という2次エネルギーによって、化石燃料の使用を徹底して抑制していかねばならない。エネルギーの利用と供給の両面の変革が求められる。供給面に目が行きがちだが、需要の電化と電源の低炭素化は車の両輪なのである。そして、その両輪をつなぐのがグリッドだ。
大規模集中システムを支えてきたグリッドは、分散型へとシフトしていく。しかしそれは一気に転換するわけではないし、その地域の状況や実現したい価値観によっても、あるべき姿は変わる。電気という財への知識や「システム・オブ・システムズ」といわれる電気事業の複雑さと真摯に向き合うことは最初の一歩だ。系統の基礎を押さえ、事業の歴史を振り返り、自由化や再生可能エネルギー大量導入、災害など現在の電気事業を巡る状況を解説した上で、将来を語る流れは、質の高い音楽のようにすっと読者の中に入ってくる。
そして本書が出色なのは、「シン・二ホン」を著し、残すに値する日本の未来像を提示した安宅和人氏との対談が織り込まれていることだろう。「シン・二ホン」とシンクロする電気事業やデータ活用、人材確保についてのお二人の議論は、見事なハーモニーだ。
複雑化する社会の要請や多様なリスクに目を配りながら、超長期の変革を成し遂げていくのは至難の業であり、著者が主張する通り、様々な関係者や企業がビジョンを共有し、共創するということが何より必要となる。エネルギー産業の枠を超えた産学連携の「スマート・レジリエンス・ネットワーク」といった共創プラットフォーム設立もけん引してきた著者のメッセージを受け止め、この壮大な社会変革を後押しする一員でありたいと強く思わされた。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
『グリッドで理解する電力システム』
岡本 浩 著(出版社:日本電気協会新聞部)
ISBN-13:978-4905217879