抑制すべきは石炭火力か電気料金か
~石炭火力削減で電気料金はいくら上がるのか~
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
石炭火力の縮小計画案に関する経産大臣の発表には「何故こんな時期に」と驚いた人も多いのではないか。コロナ禍で経済が傷んでいるいま、優先すべきことは電気料金を抑制すべき政策であり、二酸化炭素を抑制する政策は違うのではと思うからだ。
あれだけ温暖化問題に熱心だったドイツ国民の関心も気候変動からコロナ禍による経済問題に移ってしまった(http://ieei.or.jp/2020/06/yamamoto-blog200618/)。ドイツ総選挙での投票政党を訊くPoliticoの最新の世論調査では、1年前メルケル首相率いるCDU/CSUを上回ることもあった緑の党は18%、CDU/CSU37%、連立政権を構成するSPD16%だ。都市封鎖が行われた4月には緑の党が一時SPDを下回ったほどだった。緑の党はコロナ禍の中で急速に支持を失っている。
世界中で関心が経済に移っているなかで、石炭火力削減を発表した理由は謎だが、政策は、電気料金に大きな影響を与えることになりかねない。コロナ禍で苦しむ人が多い中でいま最も必要とする政策は雇用と収入の維持であり、石炭火力削減ではないはずだ。
雇用と収入を維持するため
私たちの給与、平均年収が最も高かったのは1997年、20年以上前のことだ。平均年収467万円だった。いま441万円だ。給与が上がらない理由は生産性が高い金融保険、製造業、建設業などの産業が成長せず、成長と雇用が相対的に生産性が低い介護分野で維持されているからだ。分野別国内総生産額を見ると、30年間一貫して成長している分野は保健衛生・社会事業しかない(図)。雇用もこの分野だけ継続的に増加している。
中期的に日本は少子化を止めるためにも収入増が必要であり、そのためには生産性が高い産業の成長を考えるべきだが、成長にとり電気料金が重要なのは当然だ。今回の石炭火力削減により電気料金と産業が受ける影響については、Wedge Infinityの連載に掲載したのでお読み戴きたいが(https://wedge.ismedia.jp/articles/-/20116)、いまはコロナ禍による緊急事態だ。雇用と収入を守るため必要なことは目の前にある影響を受けた産業を救うことだ。
今回の石炭火力削減政策で、大きな影響を受けるのは北海道電力と報道されている。北海道を例にとり、産業と電力の関係を考えてみよう。コロナ禍で最も影響を受けた産業は、いうまでもなく、宿泊・飲食を中心とした観光産業だ。観光客は、宿泊・飲食以外にもお金を使っている。大きいのは買い物だ。地方によっては宿泊代金以上に買い物にお金が使われている。観光地周辺の商店の受けた影響も大きい。外国人旅行者が多い地域はもっと影響を受けているし、その影響は長引くだろう。昨年日本人が国内宿泊旅行で消費した金額17.2兆円に対し外国人旅行者は4.8兆円消費しているが、外国人は宿泊費以上に買い物に消費する額が多い。
外国人旅行者、観光客の特徴は日本の特定の地域、北海道、東京、京都、大阪、福岡、沖縄に集中していることだ。
今回の石炭火力削減案で大きな影響を受けると報じられている北海道は、正にコロナ禍による訪日観光客減少の大きな影響を受ける地域なのだ。外国人観光客の減少は、直ぐに回復する問題ではないと思われるだけに、数年以上に亙り影響が続く。いま北海道にとり必要なことは電気料金の抑制案であり、価格競争力のある苫東厚真石炭火力発電所の縮小ではないはずだ。北海道を訪れる観光客が去年消費した額は、(表)の通りだ。宿泊、買い物における外国人の比率が高く、訪日客の減少により北海道経済は今後数年間大きな影響を受けることになる。
電力供給と電気料金
仮に、北海道電力の石炭火力を全て廃止するとどうなるのだろう。資源エネルギー庁の電力情報によると2019年度3月現在、石炭火力設備は、225万kW(うち休止35万kW)、石油火力181.5万kW、LNG火力56.9万kW、2019年度の発電量は、それぞれ11,284百万kWh、2,501百万kWh、2,986百万kWhだった。水力、再エネをあわせた全発電量の56%が石炭火力だ。
一方、有価証券報告書から1kWh当たりの燃料費を計算すると、国内炭を含む石炭5.33円、石油14.59円、LNG6.41円だ。石炭火力の発電量を石油火力で全て代替することは可能なので、石炭火力を停止し、石油火力で賄い、その追加燃料費用を販売電気料金kWh当たりにすると、1kWh当たり4.45円になる。現在の平均電気料金23.53円は19%値上がりすることになる。
実際に石炭火力の停止を行う際には、燃料代金以外の費用の問題、LNG火力の活用拡大があり、この上昇額にはならないだろうが、金額は大きくは変わらないだろう。また、石炭火力設備がなければ水量次第では最大電力需要を賄えない可能性があるので、実行するためには、建設予定のLNG設備の完成、あるいは泊原子力発電所の再稼働が条件になる。
いずれにせよ、石炭火力設備の停止は電気料金の大きな上昇を招くことになるのは、確実だ。ある観光ホテルの今年3月決算をみると、売上高37.33億円に対し水道光熱費は3.19億円ある。売上に占める比率は8.5%だ。電気料金が仮に2割上昇すると数千万円の影響を与えることになる。北海道を拠点とする売上1859億円のスーパーマーケットの今年2月決算での水道光熱費は32.6億円だった。従業員数は2千名弱だが、臨時雇用を合わせると約8千名だ。1人当たりの水道光熱費は約40万円ある。これが、仮に1割上がっても大きな影響がある。必要なことは電気料金を少なくとも維持、可能ならば引き下げることだ。宿泊、飲食業が支払っている光熱費は小さな額ではない。小売業においても電気料金の負担は大きい。料金引き下げには苫東厚真の活用に加え泊原子力発電所の再稼働が必要になる。
コロナ禍で経済が大きく低迷し、長期化する可能性があるなかで、石炭火力を削減する政策が可能か良く考える必要がある。いま大切なことは、雇用と給与を守る政策を実行することだ。一方で、コロナ禍に苦しむ企業に対する助成制度を導入し、もう一方で電気料金上昇を招く制度導入を試みることは矛盾していないのだろうか。何を優先すべきか明らかではないだろうか。