石炭火力技術輸出について
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
前回、前々回の投稿で非効率石炭火力のフェードアウトについての所見を述べたが、本稿では政府が打ち出した石炭火力技術の輸出基準の厳格化方針について考えたい。
今回、打ち出された変更は以下の通りである。主要な変更点としては、
- (1)
- 石炭火力プロジェクトへの支援対象国を「日本が相手国のエネルギーを取り巻く状況・課題や脱炭素化に向けた方針を知悉している国」に限定したこと
- (2)
- 石炭火力への支援を「相手国の脱炭素化に向けた移行を進める一環として要請があった場合」としたこと
- (3)
- 我が国による政策誘導、支援により相手国が脱炭素化に向かい、発展段階に応じた行動変容を図ることを条件としたこと
- (4)
- 支援対象技術のスペックを「超々臨界圧(USC)以上」から「発電効率43%以上のUSC、IGCC及び混燃技術やCCUS/カーボンリサイクル等によって発電電力量当たりのCO2排出量がIGCC並み以下となるもの」に厳格化したこと
である。
石炭火力輸出にあたって相手国との政策協議を前提とすること、相手国の脱炭素化に向けた努力の中で石炭火力がどう位置づけられるかを明確にすること等は正しい方向であると思う。他方、対象技術のスペックを発電効率43%以上に引き上げたことについては、その分、プロジェクトのコストが上昇するため、相手国のニーズが生ずるか、懸念を覚える。その結果、こうした自主規制的な方針から無縁の中国が日本の抜けた穴を埋めるだけに終わらないか。環境省の作成した石炭火力発電輸出ファクト集を見ると中国は総じて日本よりもSC、Sub-Cの輸出が多いことがわかる。
予想されたことではあるが、今回の方針見直しに対し朝日新聞は「相手国の気候変動対策を促すという一方で、40年にもわたって温室効果ガスを排出し続ける設備の輸出を助けるのは矛盾している。太陽光や風力の輸出を進めるのが筋だ」「東南アジアでは、日本が建設に協力する発電所の地元住民らが、農業や漁業への悪影響や環境汚染への不安から反対運動をしている例もある。日本の支援が地元を苦しめることがあってはならない」等の理由で「政府に求められているのは輸出支援の要件の厳格化ではなく完全な撤退である」との社説を掲げた注1)。
この議論はアジアのエネルギー情勢の現実から遊離したものといわざるを得ない。筆者がシニアポリシーフェローを務めるERIA(東アジアASEAN経済研究センター)が各国からのインプットをとりまとめたアウトルックでは2050年にかけての発電電力量構成は以下の通りである。天然ガス、再生可能エネルギーの発電量も増大するが、経済発展に伴う膨大な電力需要の相当部分が引き続き石炭火力で賄われることを示している。理由は単純だ。アジア地域には非常に潤沢で安価な石炭資源が存在するからである。コロナ禍によってLNG価格が低下していることは日本を含めアジア地域にとって僥倖ではあるが、それでも石炭との価格差を逆転するには到っていない。加えてLNGは輸入エネルギーであり、中国、インド、ベトナム、インドネシアのように国内に潤沢な石炭資源を有する国が国産資源を使わずに輸入エネルギーに大きく軸足を移すとは考えられない。コロナによって経済が疲弊すれば尚更その傾向に拍車がかかるだろう。インドのモディ首相が国営であった炭鉱に民間資金導入を発表したこと、中国が2020年第1四半期で昨年1年の実績を上回る石炭火力建設を許可したこと等はその現れである。東南アジア諸国においても経済状態が厳しくなればより安価な石炭を志向する傾向は高まるだろう。
朝日新聞が主張するように再エネの支援もやればよい。しかし日本エネルギー経済研究所の見通しが示すとおり、再エネの他電源に対する相対的な競争力は地域によって異なる。ASEANにおいては2050年にかけて引き続き石炭火力が最も競争力を有する電源である。
こうした状況の中で経済発展を支えるために安価で安定的な電力供給を要するアジア諸国は脱炭素化というパリ協定の要請に配慮し、省エネ、再エネ、天然ガスへの燃料転換を進めつつも、全体のエネルギー需要の拡大に見合って石炭利用が絶対量として拡大していくことは不可避である。いずれにしても石炭が使われるのであれば、できるだけ効率的に使うための技術を輸出することはエネルギー環境政策面でも合理的である。また日本が石炭火力を輸出する場合、脱硫、脱硝設備を備え、大気汚染をもたらさないような手当てを講ずることは当然のことであり、環境汚染をもたらすとの批判は当たらない。
日本が石炭火力輸出をやめれば世界で脱石炭が進むというものではない。技術革新によって再エネがバックアップも含めて従来電源よりも安くなる日はいずれ来るであろう。しかし経済成長著しいアジア諸国、途上国はそれまで待っているわけにはいかない。そこに至るまでの経済発展を支えるため、現在使える安い電源を使うと考えるのが自然だ。朝日新聞や環境NGOの議論は数十年先の「あらまほしき姿」をすぐに実現せよというものであるが、そこに至るまでの途上国のコスト負担についての視点が欠落している。
また資源に乏しく海外連携線も有さない日本が石炭をオプションとして確保しておくためにはCCSを含め、優れた石炭火力技術を不断に開発し続けねばならない。そのためには国内にそれを支える産業基盤が必要なのであり、一定の輸出マーケットを有することが必要になってくる。
温暖化防止という一神教的な考え方に立ち、石炭オプションを国内外で否定する立場の人びとにとっては上記のような議論は「とんでもない」であろう。しかし彼らが主張するように日本が石炭火力も原子力もやめ、石炭火力の輸出もやめ、なおかつ温室効果ガス削減目標を引き上げればどうなるか。日本の電力料金は大幅に値上がりし、日本経済は疲弊し、製造業は海外流出し、その結果、CO2排出は減少するだろう。他方、中国は日本向けの太陽光パネル輸出が増え、アジアをはじめとする途上国には太陽光パネルと石炭火力と原子力を売って肥え太ることになるだろう。これはどう考えても馬鹿げている。日本が温暖化一神教に帰依したとしても、温暖化防止を多々ある政策目標の一つとしかとらえないアジア・途上国の多神教の現実に裏切られるだけである。