非効率石炭火力のフェーズアウトについて(その1)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
7月3日の梶山経産大臣の「非効率石炭火力のフェードアウト」に関する方針表明は大きく報道された。例えば朝日新聞は「旧式石炭火力「9割減」100基休廃止に相当 経産省方針」と報じている注1) 。
筆者はこの報道にいささか驚き、7月3日の梶山大臣の記者会見のやりとりを仔細に読んでみた注2) 。
第5次エネルギー基本計画(2018年7月)の中で石炭については「温室効果ガス排出量が大きいという問題があるが、地政学的リスクが化石燃料の中で最も低く、熱量当たりの単価も化石燃料の中で最も安いことから、現状において安定供給性や経済性に優れた重要なベースロード電源として評価されているが、再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、適切に出力要請を行う必要性が高まると見込まれる。今後、高効率化、次世代化を推進するとともに、よりクリーンなガス利用へのシフトと非効率石炭のフェードアウトに取り組むなど、長期を展望した環境負荷の低減を見据えつつ活用していくエネルギー源である」と位置づけられている。今回の大臣指示はこの下線部の進め方の検討着手であり、それ自体は「やぶから棒」なものではない。 「非効率石炭火力のフェードアウト」といっても、放っておいて進むものではなく、そのための政策手法を検討しなければならない。だから梶山大臣は「新たな規制的措置の導入や安定供給に必要となる供給力を確保しつつ、非効率石炭の早期退出を誘導するための仕組みの創設」の検討を指示したのだろう。
ところで報道にある「9割減、100基休廃止」という数字を記者会見のやり取りで探してみたが、どこにも見当たらない。「100基程度を2030年までに休廃止するという報道があるが」との問いに対して梶山大臣は「より具体的にというか、数値は私の方で申し上げていない」と答えている。現時点での石炭火力のシェアは32%、うち高効率(超超臨界:USC、石炭ガス化複合発電:IGCC)のものが13%、26基、低効率(亜臨界:SUB-C、超臨界:SC)のものが16%、114基、自家発・自家消費分が3%である。今後、建設中の最新鋭石炭火力が運転を開始すれば高効率石炭火力のシェアは20%になる可能性があるという。自家発・自家消費3%をそのままにすると2030年のエネルギーミックス(発電電力量構成)における石炭のシェア26%のうち23%が埋まることになり、単純計算すれば非効率石炭火力のシェアを16%から3%に低減する必要があるということになる。しかしそれであっても「9割、100基」という数字は出てこない。石炭フェードアウトという方向性を受けた勇み足の報道のようだ。
記者とのやり取りを読んでいると、「欧州では石炭火力は方式を問わずにダメという考え方も主流になっているが、国際的理解が現状の姿勢で得られるのか」との記者の質問に対し、梶山大臣は「我が国はエネルギー資源がない国であり、ベストミックスを実現するためには一つ一つの電源について放棄できるものではない」と答えており、本稿冒頭にかかげたエネルギーミックスにおける石炭の位置づけそのものを変更しようというものではないと理解した。
だからであろう、気候ネットワークは「脱石炭にはほど遠い石炭延命策である」として今回の経産省の方針を強く批判する声明を出しており、
- ●
- 2030年に石炭火力を全廃にすることを目標に掲げること。
- ●
- 甚大な座礁資産リスクが指摘されている新規火力発電事業の規制に踏み込むこと。
- ●
- 2030年までの間に、段階的かつ速やかに廃止する計画を策定すること。
- ●
- 休止ではなく、明確に「廃止」とすること。
を求めている注3) 。
朝日新聞も「2030年度の電源構成の目標を据え置くほか、高効率の石炭火力の建設や運転は認めるという。石炭に頼る基本姿勢に変わりはないのだ」「まず石炭火力からの撤退とその期限を決めるべき」との社説を掲げた注4) 。
逆説的ではあるが、筆者は自身の温暖化交渉の経験に照らせば、気候ネットワーク、朝日新聞から批判されるということは、そのエネルギー環境政策が現実的でまともな証拠であると考えている。逆に彼らからお褒めをいただくような政策が打ち出されたら筆者は本気になって日本経済の将来を憂えるだろう。毎度のことではあるが、彼らの評価軸には「温暖化防止」しかなく、エネルギーコストやエネルギー安全保障という視点は全く欠落しているからだ。しかも再エネと省エネしか念頭にない彼らの主張は梶山大臣の言う「あれもダメ、これもダメ」の典型であり、行き着く先はエネルギー価格の高騰でしかない。その結果、ただでさえコロナで疲弊している日本経済が更に沈み、温室効果ガスは減少すれば、気候ネットワークも隣国も大喜びかもしれないが、そんな祖国の姿を目にすることはご免蒙りたい。
といいつつ、筆者のほうからも政府に注文したいことがある。