環境白書は「気候危機」の根拠を示しているか?  


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

印刷用ページ

 今年度の環境白書では「気候危機」という言葉が使われた。2050年までに排出をゼロにするという自治体の宣言も紹介されている。本当にこれを目指すなら、コロナ自粛を上回る重大な経済影響を覚悟しなければならないだろう。
 だが白書を読むと、観測データがまともに分析されておらず、「気候危機」の根拠が示されていない。これを以て「気候危機」を訴えることは不適切だ。
 環境白書は、何よりもまず、観測データを精緻に分析して、何故、どこまで対策が必要なのか、読者が検討できるようにすべきではないか? 白書に必要なのは、レトリックではなく、データである。

1.はじめに

 令和2年版の環境白書が公表された。メディアでは、「気候危機」という言葉が初めて使われた、という点が注目された。例えばNHKは以下の報道をした:

 以下、この環境白書の内容を検証してゆこう。関連リンクは以下の通りである:

令和2年版 環境・循環型社会・生物多様性白書(通称、環境白書)

本文(全文)
http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r02/pdf/full.pdf
本文(本文および分割版)
http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r02/pdf.html
概要
http://www.env.go.jp/policy/114054.pdf
報道発表資料
http://www.env.go.jp/press/108093.html

 なお本稿は簡潔にするため、白書の問題点の指摘に留めている。データ等の科学的知見やその情報源について更に詳しくは、以下で議論してあるので、参照されたい:
 杉山大志(2020) キヤノングローバル戦略研究所 ワーキング・ペーパー(20-003J)「コロナ後における合理的な温暖化対策のあり方」 https://www.canon-igs.org/workingpapers/energy/20200626_6511.html

2.環境白書「概要版」は災害が多発としているが・・・

 まず「概要」から見てみよう。地球温暖化の観測について書いてあるスライドは1枚しかない。そこでは、猛暑、台風、豪雨などが多発している、というエピソードが紹介されている。しかし、本当に気象災害が多発する傾向にあるのか、それは本当に地球温暖化のせいなのか、といった統計的な分析は不在である。
 将来についてはリスクが高まる可能性があると言及しているが、これは不確かなシミュレーションによるものにすぎない。詳しくは後述する。

 「概要」の大半は、脱炭素社会づくりのための取り組みに充てられている。特に極端なのは、2050年に排出をゼロにするという自治体の宣言である:

 本当にこれを目指すならば、コロナ自粛を上回る経済影響が必至である。ここまで極端な対策に国民を駆りたてるならば、「気候危機」の根拠をもっときちんと示すべきだ。

3.環境白書本文のデータも極めて弱い

 以上は「概要」であったが、環境白書の「本文」では、観測データをどう扱っているだろうか。統計が図示されているのは猛暑と豪雨の僅か2項目であり、しかも何れの分析も極めて弱く、「気候危機」の存在を裏付けるようなものではない。以下、見てゆこう。

猛暑
 「真夏日・猛暑日の増加」という項目に、以下の記述がある:「温暖化により生じる影響としては、まず気温の上昇そのものによる影響が挙げられます。機器を用いた観測が広く開始された19世紀後半以降、世界の年平均気温は変動を繰り返しながら上昇しています。我が国でも同様に変動を繰り返しながら上昇を続けており、日本の年平均気温は、100年当たり1.21℃の割合で上昇しています。今後もこうした傾向が続くと言われており、真夏日・猛暑日や熱帯夜の増加 が予測されています(図1-2-6)。私たちの健康との関係では、熱中症の増加が懸念されます。先にも 述べた2018年7月の記録的な猛暑は記憶に新しいところですが、こうした猛暑が繰り返し到来する可能性があります。」

 この記述には問題が4つある。
 第1に、長期的なトレンドとして日本の平均気温が高くなってきたことは間違いがないが、この原因は、地球温暖化とは限らない。自然変動、都市化、ひだまり効果(=建築物等で風が遮られて暖かくなる効果)、水田の減少などの影響が少なからずこのトレンドには混入しており、何の分析もせずに地球温暖化に帰するのは誤りである(なお図中で、都市化の影響が少ない13地点平均としているが、小さな都市であっても都市化の影響は混入している)。これらを補正すると、東北大学近藤純正名誉教授は、地球温暖化は気象庁発表の6割程度で100年あたり0.73℃に留まるとしている。
 第2に、地球温暖化はゆっくりとしか起きていない。平均気温の上昇が100年あたり1.21℃とあり、仮にこの全てが地球温暖化によるものだとしても、100年というのは人間が実感する期間を超えている。子供が大人になる1世代として30年あたりにすると、0.36℃である。0.36℃の違いを体感できるだろうか? 2018年7月の記録的な猛暑は熊谷で41.1℃だったが、もし平均気温の上昇が30年前の時点で止まっていたならば40.7℃だったということだ。猛暑には変わりない。
 第3に、地球温暖化は猛暑には僅かしか寄与しておらず、主な原因ではない。猛暑の殆どは自然変動によるものだ。都市化、ひだまり効果、水田の減少などの影響も、0.36℃以上の変動をもたらしていることは間違いがない。
 第4に、温暖化は、むしろ健康に良いはずである。日本では、寒さで亡くなる人の方が、暑さで亡くなる人よりも多いからだ。
 以上の点について、詳細に科学的に分析して、国民に提示することこそが、環境白書の本来の役割ではないか? 

豪雨
 豪雨については、「降水と乾燥の極端化」に以下の記述がある:「・・・我が国では、年降水量については有意な傾向は見られませんが、大雨による降水量、発生頻度ともに全国的に増加の傾向にあり、平成30年7月豪雨のような水害や土砂災害の発生回数の増加が今後も懸 念されます。また、無降水日も全国的に増加の傾向にあり、将来的にも増加の傾向が予想されています (図1-2-7)・・・」

 この記述にも問題が3つある。

 第1に、図の左側にある1975年以降のデータは期間が短すぎて意味がない。このことは、気象庁のレポートにもしっかり書いてある:「大雨や短時間強雨の発生回数は年々変動が大きく、それに対してアメダスの観測期間は比較的短いことから、長期変化傾向を確実に捉えるためには今後のデータの蓄積が必要である」(p38)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/monitor/2018/pdf/ccmr2018_all.pdf
 それにも拘わらず、注釈すら付けずに、あたかも地球温暖化のせいで豪雨が増大している証拠として掲載するのは、適切なデータの使い方とは言えない。

 第2に、図の中央にある1900年以降の長期のデータは、増加傾向があるとは言えない。理由は3つある。

1)
自然変動。全期間を単純に直線回帰すると、確かに赤線のようになる。だが、よく見ると、1901-1940年までは低く、1940-1970年までは高く、1970-1990年は低く、1990-2018年は高い、というように振動しているようにも見える。特に、1940-1970年ごろは、最近とあまり変わらないぐらい大雨の日数が多い年があったように見える。1940-1970年のころは、まだ人間のCO2排出は少なかったから、この期間の大雨日数の増加はCO2排出によるものではない。だとすると、近年の大雨の増加も、CO2排出によるものとは限らないのではないか? あるいは仮にCO2排出の寄与があったとしても、大気・海洋の数十年規模振動等、それ以外の理由による変動も大きかったのではないか?
2)
都市化の影響。試算によっては、東京やその周辺では都市があることによって降水量が1~2割増えた、とするものがある。
3)
計測の誤差。雨量観測の装置が時代によって変更されてきたので、1970年以前の降水量は少なめに観測されている、との指摘がある。

 本当に豪雨が増えたか否かを知るためには、以上を検討する必要がある。それをせずに、大雑把に直線を引いて豪雨が増えたとするのは不適切である。増して、それが地球温暖化のせいであるかのように纏めるのは間違いである。

4.レトリックではなく、データを示すべし

 白書の本文には、台風が被害を起こしている、災害が激甚化している、ということも繰り返し書かれている。検索すると、「台風」が47回、「激甚化」が7回も出てくる。だが、「台風が激甚化」していることを示すデータは一切示されていない。実際のところ、台風は増えてもいないし、強くなってもいないのだ。気候危機というレトリックに合わないからデータを示さないのではないか、と勘繰りたくなる。だが「環境白書」とは、本来は、まずは観測データを淡々と鳥瞰的に示すべきではないか? それがレトリックに合わないならば、レトリックを棄却するまでだ。
 白書には、もう1つ、過去の統計データが示されている。それは災害による保険損害額の推移である。これを見ると右肩上がりなので、気候危機というレトリックには合う。だがこの図にも問題がある。この金額の増加の主な要因は、災害に対して脆弱な場所に立地する家屋等の資産が増えたことによるものである。気象が悪化したためではない。

 結局、この環境白書には、気候危機というレトリックを裏付けるデータらしいデータは一切図示されていない。
 その一方で、災害が激甚化するという「予測」は繰り返し言及されている。けれども、この予測は、不確かなシミュレーションに基づくものである。このシミュレーションは、3段階構成になっている。1)経済成長によってCO2等の排出が増える、2)CO2等の排出によって地球の気候が変わる、3)気候が変わることによって被害が生じる、というものだ。だが、いずれのパートも不確かであり、その掛け算としての被害予測はもっと不確かになる。
 「2050年ゼロエミッション」は、コロナ自粛以上の経済的負担を意味するだろう。かかる対策に国民を駆り立てるならば、はっきりとした根拠が必要だ。それは不確かなシミュレーションでは不足である。環境白書は、観測データのまともな分析を提示すべきだ。