新しいエネルギー多消費産業として「クラウド」を育てよう
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
コロナ禍を受けて経済のデジタル化が急速に進んでいる。クラウドの電力消費の伸びはこれまでは省エネ技術の進歩で抑制されてきた。だが今後はどうなるか。AI、動画に加え、IoT、自動運転等により、データセンターとインターネット用の電力消費は急速に増大するかもしれない。クラウドは新たな経済成長の原動力であるのみならず、エネルギー多消費産業でもあるとの認識の下、その繁栄を支えるため、安価で安定した電力供給が求められる。
1.コロナ禍でデジタル革命に拍車がかかる
コロナ禍を契機として、経済のデジタル化が一気に進んでいる。テレワーク、ビデオ会議、リモート教育、リモート医療、リモート薬局、リモート行政、製造業の省人化・自動化・スマート化等である。
これらデジタル技術はこれまでも存在したが、制度・規制や慣習・ビジネスモデルが確立しておらず、なかなか普及が進まなかった。いまそれが、コロナ禍という必要性に迫られ、多様な試行錯誤が行われ、社会的な障壁が取り除かれるという所謂「社会的イノベーション」が一気に進んでいる。
もちろん一筋縄ではいかない。しかし世界中で、あらゆる取り組みがなされ、相互に学習が進む中で、確実に社会的イノベーションは進む。そしてこれは、新たな技術的イノベーションの契機ともなる。今我々は、デジタル化という一大革命に拍車が掛かる現場を目撃している。
2.省エネでICTの電力消費は抑制されてきた
このデジタル革命の帰結として、ICTの電力消費はどうなるか? これまでのところは、必要なサービス量の伸びは急速であったものの、それに負けずにエネルギー効率が向上したので、ICTの電力消費は抑制され、全電力消費の10%程度で推移してきた。なおここで言うICTの電力消費としては、ディスプレイやパソコン、スマホなどといった端末機器、インターネットの電力消費、データセンターの電力消費、それらを製造するためのエネルギーなどを広く含んでいる(IEA, 2017)。
将来についても、ICTの電力消費はさほど大きくならない、という見方がよく示される。国際エネルギー機関IEAも、「今後5年程度は」という但し書き付きであるが、そう述べている。ただしIEAは、それ以降についてはICT技術が急激に変化するので見通せない、と慎重な姿勢でもある。(IEA, 2017)
その一方で、ICTを活用することで、社会全体がスマート化し、大幅な省エネが可能になる、という見方が多く提示されている(IEA, 2017)(杉山大志, 2018a)。IPCCの1.5度特別報告書でも、ICTの活用で大幅な省エネが進む、とするシナリオが提示されている。これらのシナリオの共通点は、ICTによる省エネのポテンシャルに専ら注目しており、ICT自体の電力消費はさほど大きく伸びない、と想定していることにある。
3.クラウドの電力消費が爆発的に伸びる?
だがこのような見方に反して、クラウドを中心に、ICT用の電力消費は爆発的に増大するのではないか、との意見がある(Mills 2020)。
これまではICT用の電力消費と言えば、前述のようにパソコンなどの端末機器がその半分であり、次いで機器製造時の電力等であった。だが(Mills 2020)は、クラウド利用に伴って、データセンターとインターネット回線利用でのエネルギー消費が爆発的に増える、とする。この結果、試算によっては、2030年の世界のICT用電力消費は、世界の電力消費の2割(誤差範囲は1割から5割)に達する、という(図)(Andrae & Edler, 2015) (Nicola Jones, 2018) 。
Millsは、これからのICTの電力消費は、「クラウドで何をするか」によって決定的に異なる、と指摘する(Mills 2020)。クラウドの電力消費を増やしてきたのは、これまではAIと動画であった。今後これに、VR、自動運転、IoT等が加わる。
電力消費におけるクラウドの決定的重要性を示す例として、「スマホの電力消費の99%はスマホの外のクラウドで発生している」とMillsは指摘する。クラウドの分を含めれば、スマホ1台あたりの電力消費はじつは冷蔵庫1台よりも多い、という(Mills 2020)。「スマホは携帯電話やカメラ等の多くの他の機器を1台で代替するので省エネだ」とする意見があるが、これは一面的な見方に過ぎない。
AIの機械学習に必要な世界の電力消費は巨大になっており、数か月で倍増している。ムーアの法則のハイパーバージョンと言える。Facebookは、データセンターの電力消費が毎年倍増しているが、AIがその主な理由だとしている(Mills 2020)。最先端のAIのトレーニングにおける計算量は2012年までは2年で倍増していたが、2012年以降はこの倍増に要する時間は7分の1に短縮され、4カ月弱になった(Hao 2019)。
AIの中でも、特に自然言語の機械学習アルゴリズムが急速に発展しているが、この電力消費が莫大になっている。例えばTransformerという自然言語処理AIの機械学習を1回実施するためのCO2排出は、米国人20人分の生涯CO2排出量に相当するという(Strubell, Ganesh, & McCallum, 2019)。電力消費が巨大になる理由の1つは、単なる機械学習ではなく、機械学習を行うモデルの構造自体(例えばニューラルネットワークの大きさ等)といった「ハイパーパラメーター」の学習もするようになった為である。
動画もクラウドの電力消費を押し上げている。インターネット通信量におけるNetflix等のオンライン動画の割合は増えつつけており、Ciscoによれば、2022年には全体の82%に達する(Cisco, 2018)。動画については、やがて、VRに置き換わると見られるが、すると画素のデータ量は1000倍になり、インターネットの通信量は20倍になる(Mills 2020)。
自動運転車が導入されると、リアルタイムのデータ通信が必要になり、それをリアルタイムでAIが分析することになる。これはIoTも同様である。趨勢として、M2M(Machine to Machine)という形で、人間が介在せずにデータが集められ、それをAIが分析するようになる場面が増えるが、これによって、データの蓄積速度やAIの計算量がますます増大する。
以上のような要因によって本当にクラウドの電力消費が爆発的に増大するかどうかは分からない。これまでも、ICTの電力消費増大を懸念する予言はあったが、省エネの進展によって杞憂に終わってきた(IEA 2017)。今後もこの傾向が続くのではないか、という意見もある(Nicola Jones 2018)。
4.経済成長の原動力としてのクラウド
以上のように、クラウドの電力消費が増大するかもしれないが、ではその電力消費は、地理的には何処に発生するのだろうか。
「クラウド」というぐらいだから、世界中の何処に在っても同じかというと、そうではない。ビッグ・データがますます巨大化するにつれて、それを動かすにも、またそれを読みだして機械学習をするにも、コストと時間が掛かるようになった。このためデータとAIは地理的に近接して存在する方が好ましい。データには「重力 gravity」がある、と形容される所以である(Mark Mills, 2020)。
データが国内に蓄積され、その重力でAIが引き寄せられ、多様なアプリケーションやサービスが生まれる、その活動を介して更にデータが蓄積される、という好循環を是非日本国内で作りたいと思う。これは、データセンターとインターネット回線が、世界最高水準で国内に整備されることを伴うはずだ。これが新しい経済の重要インフラないしは産業コンビナートの形であり、国益を掛けて整備すべきものだろう。
データセンターとしてもっとも大規模化・効率化が進んでいるハイパースケール・データセンターは、2019年第3四半期現在、世界で504あり、そのシェアは、米国が38%、中国が10%であるが、日本も第3位で7%となっている(Synergy Research Group 2019)。ことICTに関しては、日本はとかく遅れていると言われるが、この指標で見れば世界第3位の立派なクラウド大国であり、この地位は維持・向上してゆくべきではなかろうか。
5.エネルギー集約産業としてクラウドを育てる
クラウドは経済成長の原動力であり、同時に、エネルギー多消費である。どこまで電力消費が伸びるかは不確実性があるにせよ、エネルギー多消費であることに間違いはない。クラウドは新しいエネルギー多消費産業なのだ。そして、かつて鉄鋼業が経済を牽引したように、これからはクラウドが経済を牽引する。
この時のエネルギー政策の役割は何か? これは今も昔も変わらない。安定・安価な電力供給によって、裏方として、産業の発展を支えることだ。
台湾では、パソコン関連のエレクトロニクス産業が興隆し、産業部門GDPの47%を叩き出し、産業部門電力消費の35%、全国の電力消費の18%を占める一大エネルギー多消費産業となった(杉山2018b)。この成功には幾つも理由はあったけれども、電力という側面からは、石炭火力を主力とする安定・安価な発電がこれを支えた。残念ながら、日本ではエレクトロニクス産業が発達出来なかった。今度こそ、日本はクラウドを支えて、一大産業を築くべきだ。
6.温暖化対策としてクラウドを育てる
国内でクラウドが興隆すれば、その当面の電力消費は増えるだろう。これは歓迎すべきことである。国内で新しい産業が起きることだからだ。だが温暖化対策の観点からは、クラウドの電力消費増大を、好ましくない、とする意見もある。
だが温暖化対策という側面から見ても、じつは長い目で見ればプラスになる。クラウドを中心として、経済をスマート化する技術やサービス形態が次々に開発されるからだ。ひとたびスマートな技術・サービスが出来れば、それは世界全体で使える。それが日本発ならなお望ましい。
そして短期的に電力消費が増大することに、温暖化対策の観点からあまりとやかく言うべきではない。省エネは後から出来るからだ。過去数年、クラウドの省エネは、小型で効率の悪い古いデータセンターを、大型で高効率なハイパースケール・データセンターに置き換えることでなされてきた(Nicola Jones 2018)。
ICTの世界では、10年も経てば技術は全て入れ替わる。だから、仮にいま電力多消費であっても、10年後には全く別の技術で置き換わることになる。省エネについての要請が強まれば、その時には省エネ型のもので置き換えてゆくことになるだろう。その時には、省エネ技術自体も、長足の進歩を遂げているだろう。
「効率が良い新しい機器で置き換えて省エネを図る」という構図は、歴史的に、あらゆる技術に見られた。液晶フラットディスプレイは、出始めの頃こそ省エネ性能は良く無かったが、やがてブラウン管テレビを凌駕した。火力発電所も、その高効率化は、小型で古い設備を大型で新しい設備に置き換えるという形を取った。クラウドの省エネも同様であろう。そしてクラウドの技術進歩は、ディスプレイや発電所よりも急激なので、省エネも急速に進むだろう。
クラウドの国内立地は促進すべきであり、それに伴う電力消費の増大は歓迎すべきことである。それが技術的・社会的イノベーションを促し、経済成長をもたらす。そこで生まれた技術は、ほどなく、経済のスマート化を通じて、大幅な省エネと温暖化対策を可能とする。その恩恵は世界に行き渡るはずだ。
- <関連リンク>
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- Hao, Karen (2019)
https://www.technologyreview.com/2019/11/11/132004/the-computing-power-needed-to-train-ai-is-now-rising-seven-times-faster-than-ever-before/
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- Jones, Nicola (2018)
https://www.nature.com/articles/d41586-018-06610-y
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- Mills, Mark (2020)
https://techcrunch.com/2020/04/25/our-love-of-the-cloud-is-making-a-green-energy-future-impossible/
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- Synergy Research Group (2019)
https://www.srgresearch.com/articles/hyperscale-data-center-count-passed-500-milestone-q3
日本語での紹介記事は
https://blogs.itmedia.co.jp/business20/2019/10/40.html
- <参考文献>
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- Andrae, A., & Edler, T. (2015). On Global Electricity Usage of Communication Technology: Trends to 2030. Challenges, 6(1), 117–157.
https://doi.org/10.3390/challe6010117
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- IEA. (2017). Digitalization & Energy. Retrieved from
http://www.iea.org/publications/freepublications/publication/DigitalizationandEnergy3.pdf
日本語要約は
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/es/page22_002964.html
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- Strubell, E., Ganesh, A., & McCallum, A. (2019). Energy and Policy Considerations for Deep Learning in NLP (pp. 3645–3650).
https://doi.org/10.18653/v1/p19-1355
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- 杉山大志. (2018a). 地球温暖化問題の探究: リスクを見極め、イノベーションで解決する. 株式会社デジタルパブリッシングサービス.
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- 杉山大志 (2018b)「台湾の電力供給およびエレクトロニクス産業の未来」 キヤノングローバル戦略研究所 ワーキング・ペーパー(18-001J)
https://www.canon-igs.org/research_papers/energy/20180515_5032.html