左傾化するバイデン候補のエネルギー温暖化政策


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 米国は目下、コロナとの戦いに躍起である。5月17日時点で感染者数は146万人、死亡者数は89,000人に達している。この89,000人という数字はベトナム戦争(58,000人)を上回るものであり、米国人の記憶に深い傷を残すことになるだろう。経済への影響も甚大であり、4月の失業率は14.6%、失業者数は1594万人にのぼっている。トランプ大統領が「我が国は史上最悪の攻撃にあっている。パールハーバーよりも、9.11よりもひどい」と発言しているが、喩えが適切がどうかは別として、米国人の偽らざる感情を代弁したものといえよう。

 本年11月には米大統領選が行われる。コロナウィルスが米国を襲う以前、トランプ大統領の売りは好調な経済情勢であったが、その前提は大きく崩れている。トランプ大統領がコロナウィルスの発生源は中国武漢市であり、中国が故意に情報開示を遅らせた、中国の影響下にあるWHOがそれに加担したとして中国、WHO攻撃を繰り広げているのも大統領選を念頭においたものであろう。

 米大統領選の行方はまだ半年先であり、何とも予測がつかない。しかし左派のバーニー・サンダース上院議員、エリザベス・ウオーレン上院議員が撤退し、民主党の大統領選候補となることが確実視されているジョー・バイデン前副大統領の施策については注視を要する。バイデン政権が誕生する場合、あらゆる面でトランプ政権とは異なる施策が打ち出されることになるが、中でもエネルギー温暖化政策は保守派、リベラル派の考え方が大きく異なることから180度の方向転換となろう。

 もともとバイデン前副大統領は民主党穏健派の支持を基盤としており、エネルギー温暖化対策においても中道を旨としていた。「中道」という意味はサンダース上院議員、オカシオーコルテス下院議員等が主導する野心的なグリーンニューディールに比して、という意味である(グリーンニューディールについては既に本欄で概要を紹介しているのでそちらを参照ありたい注1) )。バイデン前副大統領は当初、あまりにも野心的なグリーンニューディールを必ずしも支持していなかった。バイデンチームのスタッフはプレスの質問に対し「温暖化政策は中道をいかなければ国としての合意形成ができず、結局何も実現しない」と発言していた。これが民主党内で影響力を強める環境派、リベラル派の反発を招き、オカシオーコルテス下院議員は「気候変動にはmiddle road はない」とバイデン前副大統領をターゲットに攻撃を強めることとなった。環境シンクタンクであるClimate Advisors は昨年4月時点で20人近くいた民主党候補の温暖化政策プラットフォームを採点したが、バイデン前副大統領は最下位だった。

 その後、6月にバイデン前副大統領は以下を内容とする気候変動プラットフォームを発表した注2) 。2050年ネットゼロエミッション、100%クリーンエネルギーを打ち出すなど、当初の中道路線からグリーンニューディール路線に一歩踏み出したものとなった。これによってClimate Advisors の政策ランキングも最下位から8位に上昇した注3)(ちなみにトップはインスリー前ワシントン州知事、2位はサンダース上院議員)。

遅くとも2050年に100%クリーンエネルギー、ネットゼロエミッションを達成
2050年目標を達成するための2025年目標を含む法律を政権1年目で制定
CO2の汚染者負担原則。法的拘束力を有するエコノミーワイドの排出削減(具体的施策内容は不明)
かつてない規模のエネルギー温暖化関連R&D、クリーンで強靭なインフラ投資
10年間で1.7兆ドルの連邦支出→5兆ドル超の民間・州政府投資を誘発(財源はトランプ減税の撤回)
バッテリーコスト1/10、小型原子炉、ゼロエネルギービル、シェールガスと同等コストの再エネ由来水素、CCUS
エコノミーワイドのクリーンエネルギー技術普及促進
ビルのエネルギー効率(建物ストックのカーボンフットプリントを2035年までに▲50%)
電気自動車の普及促進(税制優遇、充電ステーションを2030年までに50万箇所)
クリーンなインフラ整備による国土の強靭化
他国の温暖化対応を促進
パリ協定に再加入、世界気候サミットの開催と野心レベル引き上げの慫慂
他国の気候コミットメント違背を防止
義務を果たしていない国からの炭素集約度の高い産品の輸入に炭素調整課金もしくは炭素割当てを賦課
将来の貿易合意はパリ目標へのコミットを条件に
BRI(一帯一路)を通じた中国の石炭関連技術輸出を防止、BRI諸国に対する低炭素投資のための代替融資を実施
高排出プロジェクトへの輸出信用停止に向けたG20コミットメント
世界レベルの化石燃料補助金停止を要請

 その後、バイデン、サンダース、ウオーレン、プティジェッジ等の間で熾烈な戦いが繰り広げられたのはご承知のとおりである。世論調査ではサンダース上院議員にリードを許していたが、3月のスーパーチューズデーにおいてバイデン前副大統領が大きく躍進し、上記の通り、大統領選候補指名をほぼ確実にしたわけである。

 そして現在起きていることはバイデン前副大統領の更なる左傾化である。サンダース上院議員の支持者は民主党最左派の人びとであり、自分たちの贔屓のサンダース上院議員が候補指名を受けないのであれば投票に行かないと広言していた。しかしトランプ大統領の勝利するためには影響力を伸ばしている彼らの支持が不可欠となる。そこでバイデン前副大統領は5月半ばに大統領選に向けた気候変動政策プラットフォーム作成のためのパネルにサンダース上院議員、オカシオ-コルテス下院議員、グリーンニューディールのバックボーンとなった「サンライズ運動」の指導者ヴラシニ・プラカシュ氏等を参加させたのである。穏健派からはパリ協定策定に尽力したジョン・ケリー元国務長官も入っている注4)

 リベラル環境派は「温暖化防止のドリームチームだ」といってこれを熱烈に歓迎しているが、その意味するところはバイデン前副大統領が今後出してくるエネルギー温暖化政策のプラットフォームは上記よりも更に左に振れたものになるということだ。2050年脱炭素化の考え方について、バイデン前副大統領は遅くともCCSも使いつつ、2050年には米国のネットゼロエミッションを実現するとしているが、サンダース上院議員は遅くとも2030年には電力システムと交通セクターを100%再生可能エネルギーにし、その他セクターも2050年までには化石燃料依存から脱却するという完全なゼロエミッションを志向していた。
 バイデン前副大統領は連邦所有地における新規の石油ガス採掘には反対しているものの、既存採掘プロジェクトの停止、フラッキング禁止、化石燃料輸出禁止などは掲げていないが、サンダース上院議員は化石燃料を強く敵視しており、シェールガス革命をもたらしたフラッキングの全面禁止、連邦所有地における既存及び新規の石油ガス採掘の全面禁止、米国の化石燃料輸出の停止、化石燃料企業に対する連邦訴訟等を公約に掲げていた。脱炭素化に向けた技術選択においても両者のアプローチは異なる。バイデン前副大統領はSMRを含め原子力技術の研究開発を重視しており、CCSの技術開発、実証、導入拡大を主張しているが、サンダース上院議員は脱原発を主張しており、CCSについても「誤った解決策」であるとしてこれを排除していた。バイデン副大統領が温暖化防止に役立つ技術を全て重視するテクノロジーニュートラル派であるのに対し、サンダース上院議員は再エネ省エネ至上主義であると言える。

 こうしたサンダース氏及び彼の支持者を動員するため、今後出てくるバイデン大統領候補のエネルギー温暖化政策はよりサンダース、オカシオーコルテス色を前面に出したものになるだろう。選挙キャンペーンであるが故に、ある意味、フォンデアライエン欧州委員長の欧州グリーンディールよりも過激なものが出てくるかもしれない。

 しかしリベラル環境派を取り込もうとしたこうした動きが、彼を推してきた穏健派の離反を招くリスクも指摘されている。ミシガン大学のバリー・レイブ教授は「いずれかの時点で失望が起きるだろう。温暖化面で皆を結束させるような一つのポジションを形成することは不可能だ」と述べている。トランプ陣営は2人の社会主義者(サンダース、オカシオ-コルテス)をアドバイザーにしたバイデン陣営を「米国を社会主義化しようとするものだ」と批判するだろう。

 この面々が影響力を行使する政権が誕生すれば、世界に、そして日本に与える影響も非常に大きい。現在、日本国内はコロナ一色ではあるが、米大統領選の帰趨を十分注視する必要がある。

注1)
http://ieei.or.jp/2019/02/special201608025/
注2)
https://joebiden.com/climate/
注3)
https://www.climateadvisers.com/wp-content/uploads/2019/06/2020-Candidates-Standings-Second-Update-24-June-2019.pdf
注4)
https://insideclimatenews.org/news/13052020/biden-ocasio-cortez-kerry-climate-task-force