天然ガスにも吹き始めた逆風
金融機関はSDGsに寄与しているのか
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2019年12月号からの転載)
東京、大阪のような大都市に加え、地方都市でもSDGs(持続可能な開発目標)のバッジを付けた人をよく見かけるようになった。円の周りを17色に色分けした円形のバッジと言えば、思い当たる人も多いだろう。
SDGsには、世界が2030年までに達成すべき17の目標が示されている。持続可能な世界を実現するために国連が定めた目標で、「貧困をなくそう」などの目標とともに、環境、気候変動問題への対応も含まれている。目標13には「気候変動に具体的な対策を」、目標14には「海の豊かさを守ろう」、目標15には「陸の豊かさも守ろう」とある。
日本政府も今年6月、拡大版SDGsアクションプラン2019を発表している。その中で「SDGsを原動力とした地方創生、強靭かつ環境にやさしい魅力的なまちづくり」と、地方創生にSDGsを活かす考えも示されている。そのせいか、地銀グループなどの地元企業の方々もSDGsのバッジを付けていることが多い気がする。
金融の世界では、SDGsと同じ視点で、環境、社会、企業統治に優れた企業を選択するESG投資が推進され、投資額は急増している。ESG投資を行う機関投資家、年金基金の中には、タバコ、ギャンブル、アルコールなどに関連する企業を投資対象から外すところもある。
また、石炭の採掘、石炭火力発電に関連する企業を、気候変動対策の観点から投資対象から外す投資家も出ている。国際金融機関では、世界銀行が2013年に石炭関連の企業や事業への融資を行わない方針を打ち出し、欧州投資銀行(EIB)、欧州復興開発銀行(EBRD)が後に続いた。EIBの総裁は、天然ガス関連の企業や事業にも融資を行うべきではないとの方針を打ち出し、欧州の一部の国との間で軋轢が生じている。
金融機関が、気候変動対策の観点から石炭、天然ガス関連に融資を行わないことは持続可能な発展に寄与するのだろうか。
石炭は投融資の対象外
世銀は2013年、最貧国を除き、石炭火力発電事業への融資を行わない方針を決めた。温室効果ガスの排出量が化石燃料の中でもっとも多い石炭の利用を続けることは、望ましくないと判断したからだ。石炭火力発電所からの二酸化炭素(CO2)排出量は日本の場合、石油火力の約3割増し、液化天然ガス(LNG)火力の約6割増しだ。
欧州の国際銀行や民間金融機関も世銀の後に続き、2015年には、欧州の保険会社であるアクサとアリアンツが石炭関連資産への投資だけでなく保険引き受けも行わないと発表した。
ノルウェー政府は、世界第2位の資産規模(1兆ドル)と言われる政府年金基金の運用資金を石炭関連産業に投資しないよう年金ファンド法を改正した。基金を管理するノルウェー中央銀行は、収入の30%以上を石炭関連事業から得ている企業を投資先から除外することを決め、59社のリストを発表した。リストには、日本の電力会社5社も含まれていた。
石炭関連に投融資を行わない方針は、日本の金融機関にも広がっている。2018年5月、第一生命が海外での石炭火力建設事業に投融資を行わない方針を発表したのに続き、日本生命、明治安田生命、さらには三井住友銀行などが相次いで石炭火力建設に投融資を行わない方針を発表した。ただ、石炭火力の中でも発電効率に優れ、CO2発生量が相対的に少ない超々臨界圧発電方式を除外したり、政府系金融機関が融資する案件を例外としたりするなど、細かい対応は金融機関によって異なっている。
機関投資家や金融機関が、石炭関連への投融資を避けるようになったのは、気候変動対策が今後推進されると石炭関連事業への規制が強まる可能性があり、将来廃止を迫られる可能性があるからだろう。石炭に関する政府の対応などを予測することは難しく、同事業の不透明感、不確実性が高い以上、投融資に慎重になるのはリスク回避の観点から当然ともいえるが、価格競争力があり安定した供給国が多い石炭に依然、依存せざるを得ない国は多くある。
途上国の石炭消費量は、波を描きながらも増えている(図1)。インドやインドネシアなど大きく人口が増え、経済が成長している途上国は石炭を必要としている。また、日本でもエネルギーの安定供給の観点から石炭の利用を止めることは難しい。すべての石炭関連事業が投融資を受けられなくなれば、SDGsの目標1「貧困の撲滅」も難しくなる。気候変動対策だけを考え、石炭を投融資の対象から除外することは正しい判断だろうか。そんな疑問があるなかで、欧州では天然ガスも除外する動きが出てきた。
天然ガスも投融資の対象外に
欧州連合(EU)最大のエネルギー消費国ドイツでは、一次エネルギーの34%が石油、24%が石炭・褐炭、23%が天然ガスとなっている。残りは再生可能エネルギーと原子力だが、依然8割以上を化石燃料に依存している。同国は、2022年の脱原発、2038年の脱石炭に向け、再エネの比率を増やしていくことになっているが、原子力と石炭の穴を再エネで全部埋めるのは難しく、天然ガスの使用が増えるのは確実だ。
ドイツは、天然ガス需要量の95%を輸入に依存している。ドイツ政府は2016年から国別の天然ガス輸入量の発表をやめているが、約4割をロシアから輸入しているとみられる。現在、ロシアとドイツを直接結ぶ天然ガスパイプライン「ノードストリーム2」を建設中だが、ロシアへの依存度が高まり、同国の影響力が拡大することを懸念する米国は強く反対している。ドイツは、トランプ米大統領の意向も踏まえ、米国産LNGを輸入するべく輸入基地の建設に来年着工する予定だ。
そうしたなか、EIB総裁は今年7月、気候変動対策のため、化石燃料関連事業への融資を2020年末に停止すると提案したが、10月15日のEIB取締役会では承認を得られず、11月に結論は先送りされた。EIBの最大株主であるドイツは、イタリア、スペイン、ポーランドなどとともに天然ガス関連事業への融資中止に反対していると報じられている。EIBの副総裁は、11月には承認を得られる自信があると語っている。
欧州の天然ガス消費量は2014年を底に伸びており(図2)、来年末での融資中止は大きな影響を与えそうだ。
気候変動対策のために化石燃料への融資を中止することが、持続可能な発展に寄与することになるのだろうか。SDGsの目標17には「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」、目標10には「人や国の不平等をなくそう」とあり、エネルギーの経済性と安定供給も重要な課題である。将来予測に不確実性もある気候変動問題は最優先の課題なのだろうか。