検証・英国広域停電
~再エネ大量導入による慣性力低下の影響は?~
中島 みき
国際環境経済研究所主席研究員
2019年8月9日、英国イングランドとウェールズで、広域停電が発生した。英国は既に、2025年までの石炭火力廃止を目指すと表明、原子力発電の新設プロジェクトを進めるとともに、風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーの積極的導入を進めており、2050年で温室効果ガスを実質ゼロにすることを目標に掲げている。一般に、風力や太陽光などで、インバータを介して系統に連系する電源の割合が増加すると、系統における慣性力(回転タービンの運動エネルギーから生じる、周波数変動に抵抗する力)は低下し、小さな需給変動でも、周波数はより変動しやすくなり、系統安定度が低下する。その結果、系統事故時に、電源脱落などが発生しやすいと言われるが、今回の事故は、果たして、慣性力不足が影響していたのだろうか。
本稿では、英国の系統運用者ナショナル・グリッド(National Grid)社が、2019年9月6日に公表した当該事故の技術報告、および英国のエネルギー緊急対応経営者会議(Energy Emergencies Exective Committee: E3C)注1)が2019年9月にまとめた中間報告等をもとに、事故の状況・要因分析について紹介したい。
1.需給調整とは
電力系統は、時々刻々と変動する需要(負荷量)と発電量を常に一致させ、周波数を一定に保つ必要がある。瞬時瞬時に変動する需要に追従する周波数制御は、一般に、並列中の火力や水力といった同期発電機により行われている。負荷変動は、大きく、変動周期によって3つの変動成分に分類される。
発電機はそれぞれの変動成分に対応した周波数制御機能を備えており、現在のわが国の運用では、これらの機能を使い分け、需要変動に対する周波数制御を行っている。
負荷変動のうち、数分程度の負荷変動(サイクリック分)は、ガバナフリー(GF: Governor Free)が周波数維持機能を担っており、発電機が自ら周波数を検出し、設定周波数と比較して発電機出力を制御している。
周期が数分から10数分程度までの負荷変動(フリンジ分)については、主に負荷周波数制御(LFC: Load Frequency Control)によって中央給電指令所から制御信号を一斉送信することにより、発電機出力を自動制御している。10数分以上の比較的長い周期の負荷変動(サステンド分)については、ある程度の予測が可能であることに加え、変動が大きいことから、発電所間の経済的な負荷配分を考慮、即ち需要予測に対する最適な運転出力を計算した、経済負荷配分制御(EDC: Economic load Dispatching Control)によって、中央給電指令所が各発電機に出力信号を個別に送信して、制御を行っている。
2.英国の周波数調整・予備力確保のしくみ
事故の状況を紹介する前に、英国において需給調整がどのようになされているか知っておく必要があるため、概要をまとめておきたい。
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- 英国では、卸電力取引市場とは別に、系統運用者(ナショナル・グリッド)が独自に調整力を確保している。
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- 具体的には、需給調整市場での取引と相対取引とを併用することで、市場メカニズムの利点である経済性を追求しつつ、相対取引により調達量・価格変動リスクを緩和している。
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- ナショナル・グリッドでは、周波数応答(Frequency Response)、瞬動予備力(Fast Reserve)、運転予備力 (STOR: Short Term Operating Reserve)等を総称して、運用予備力(Operating Reserve)とし、当日の最終的な運用予備力は、実需給4時間前に確定している。
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- 風力発電などの自然変動電源の大量導入に伴う、系統全体の慣性力低下については、ナショナル・グリッドも認識しており、対策として、速度1秒以内の高速で応答する拡張型周波数応答(Enhanced Frequency Response)が2016年に新設・入札実施、2017年に調達開始されており、主に蓄電池が落札している。
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- ナショナル・グリッドが確保する周波数調整の必要量は、電源脱落のリスクから求められる。通常、「N-1基準(単一の設備事故によっては供給支障を生じない、という確定的手法による信頼性評価)」に基づき、規制当局(Ofgem: Office of Gas and Electricity Markets) の認可により定められる電力安全品質基準(Security and Quality of Supply Standard: SQSS)を通じて、最大事故を定めている注2)。現在、1回線事故が生じた場合の「通常電源脱落リスク(Normal Infeed Loss Risk)」を1,320MW、2回線事故が生じた場合の「非常時電源脱落リスク(Infrequent Infeed Loss Risk)」を1,800MWと規定している。
系統からの電源脱落発生により、周波数が急激に低下した場合、まず周波数応答(Frequency Response)が始動し、その後、瞬動予備力(Fast Reserve)、運転予備力(STOR: Short Term Operating Reserve)の順に発動し、回復させることとなっている。
3.事故の状況(報告書より)
事故の状況について、ナショナル・グリッドの報告書、およびE3Cの中間報告書をもとに、以下、説明したい。
(1)事故発生前の電源構成
- 2019年8月9日当日、事故直前の16時30分、約32GWの電源が送電線に接続されており、その設備容量(capacity)の構成は、風力が30%(想定最大出力10GW)、従来型(conventional)電源は、ガス火力が30%、原子力が22%、そして連系線からの接続が10%となっていた。総需要は29GWを見込んでおり、前週の同曜日の需要実績と似通った状況にあり、この日のマージンは十分であった。
(2)当日の事故の経過
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- 2019年8月9日16時52分33秒、英国ロンドン北部の送電系統(the Eaton Socon – Wymondley Main 400kV送電線)に落雷、一線地絡事故注3)により電圧が50%程度低下した。自動再閉路システム(Delayed Auto-Reclose system: DAR、保護リレーの動作によって遮断器を開放して事故区間を系統から切り離し注4)、一定の時間をおいて自動的に遮断器の回路を閉じて再投入するシステム)が正常に作動し、約20秒以内に、通常の状態に復帰した。この際、保護リレーは、Wymondley Main送電線は地絡後70ミリ秒後に、Eaton Socon送電線は74ミリ秒後に、それぞれ事故区間の開放を行っており、80ミリ秒以内とのグリッドコード要件注5)を満たしていることが確認されている。
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- なお、事故による電圧変動は基準の範囲内(FRT: Fault Ride Through要件、即ち事故時に発電機の運転を継続する要件注6)よりも高い。下図参照)であり、その後に発生した一連の事故の要因ではないことが報告されている。
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- しかし、16時52分33秒、落雷の影響により、電圧保護(Vector Shift protection)装置が作動し、配電線に接続していた分散型電源(計約150MW)が解列した(Loss of Mains: LOM protection)。これは、系統の擾乱を察知し、設備保護のため、自動安全システムにより解列したものである。
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- 更に、ホーンシー(Hornsea)洋上風力発電所(799MW)が出力低下をはじめ、62MWまで低下した(約737MWの減)。ほぼ同時のタイミングで、リトルバーフォード(Little Barford)火力発電所の蒸気タービンがトリップした(約244MWの減)。これらは同じ落雷に関連しているが、それぞれ独立した事象であった(想定外の事象で、きわめて稀な出来事との報告)。以上により、合計1,131MWの電源が脱落し、電力安全品質基準(SQSS: Security and Quality of Supply Standard)で規定される当該時間のバックアップ電源1,000MWを超える結果となった。
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- これらの供給力減少により、周波数が急激に低下し、周波数変動保護装置(Rate of Change of Frequency: RoCoF)が作動し、これにより約350MWの分散型電源が解列した。
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- 以上により、系統全体の電源喪失は、合計1,481MWとなる。システムオペレーター(ESO: Electricity System Operator)が確保していたリザーブ電源(および周波数応答)を大幅に上回る電源喪失により、周波数は、急激に低下し、基準の範囲(50.5Hz – 49.5Hz)を下回った。
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- 周波数応答(Frequency Response)を開始し、16時52分44秒には、少なくとも650MWが供給された。これら周波数応答の投入により、49.1Hzで下げ止まる(16時52分58秒)。
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- 16時53分04秒、周波数応答が900MW投入された。続いて、運転予備力(Short Term Operating Reserve: STOR)の対象電源に対し、トータルで400MWを稼働指示。周波数は上昇し始め、49.2Hzまで回復した(16時53分18秒)。
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- しかし、16時53分31秒、リトルバーフォード(Little Barford)火力発電所のガスタービン(GT1A)がトリップし、210MWが脱落。累計で1,691MWの供給力減少となった。
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- この時点で全てのリザーブを使い切り、周波数は48.8Hzまで再び低下した。この周波数低下がトリガーとなり、自動負荷遮断スキーム(Low Frequency Demand Disconnection: LFDD)を発動注7)。約1GW(約110万軒)の負荷を遮断、停電が発生した(16時53分49秒)。
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- 16時53分58秒、更にリトルバーフォード火力発電所のガスタービン(GT1B)がトリップし、187MWが脱落。累計で1,878MWの供給力減少となった。
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- ESOナショナル・コントロールセンターは、追加的に1,240MWの給電指令を出した結果、16時57分まで(5分以内)に、周波数は50Hzまで回復した。
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- DNO(配電系統運用者)は、17時37分まで(40分以内)に、復旧を完了した。
- 注1)
- 規制当局を含む官民連携の業界関係者で構成される委員会
- 注2)
- 系統を構成する発電機1台(最大出力)をベースに算定される。現在では、Sizewell B原子力発電の約1.2GWが最大出力とされている。
https://www.ofgem.gov.uk/ofgem-publications/91715/141203gsr015decision.pdf
https://www.nationalgrideso.com/document/141056/download - 注3)
- 当該送電系統は、400kVの2回線からなる、3相(赤・青・黄相)50ヘルツ。ここでは、青相(Medium Conductor)が地絡となった。なお、他の1回線には影響しておらず、当該地絡事故により、直接的な停電には至っていない。
- 注4)
- 系統全体の保護のため、遮断器を開放して影響区間を一旦切り離す。
- 注5)
- 系統連系の技術要件。https://www.nationalgrideso.com/codes/grid-code?code-documents
- 注6)
- 系統事故に伴う電圧や周波数の低下に対し、かつて分散型電源は系統から解列することとされていた。しかし、系統上の自然変動電源比率が増加し、これらが一斉に解列すると、事故除去後の供給力不足が問題になることから、一定の要件の下、解列せずに運転を継続する機能が定められた。
- 注7)
- 系統崩壊(ブラックアウト)を回避するために、一部地区の負荷を遮断するスキーム。
- 注8)
- NGET: National Grid Electricity Transmission
- 注9)
- ホーンシー洋上風力の発電事業者
- 注10)
- リトルバーフォード火力の発電事業者
- 注11)
- DSOs: Distribution Network Operators, 配電ネットワーク運用者