水素利用の進展
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
先頃再生可能エネルギーに関する海外情報で、次のような表現に遭遇した。「太陽光発電や風力発電が設置されるようになった時に、このようなものは製造コストがなかなか下がらないし、社会の受け入れも遅いだろうから、広く利用されるのは望めないと言われていた。同じことが再エネ電力で作った水素の利用についても言われているようだが、水素利用も、太陽や風力と同じ道筋を辿り、早期の利用拡大が実現するのではないか」というものだ。筆者も水素社会の実現について、水素製造コストの引き下げが難しいのではないかと思っていた。だが、最近の水素関連の動向を眺めていると、再エネ電力によって製造された水素の利用拡大が意外に早く実現するのではないかと考えるようになっている。
さらに10月8日に出された海外からの資料によると、ドイツのSiemens社が、Hydrogen Renewables Australiaとの共同プロジェクトとして、西オーストラリアで50万キロワット規模の風力・太陽光発電からの電力で水を電気分解して水素を製造し、2028年頃にはその水素を日本、韓国などに輸出することを想定している。このプロジェクトは、海に面したKalbarriという町の北側で着手されるが、ここはオーストラリアでもっとも再エネ発電に適した場所のようだ。このプロジェクトは段階的に進められ、まず自動車などの輸送用燃料に使用するデモンストレーション、次いで近くを走る天然ガス輸送パイプラインに混入させ、最終的には規模を拡大して、アジア向けに輸出をする計画だという。
この水素の輸出には輸送船が必要だが、現在川崎重工が世界初の液化水素輸送船を建設中だ。本来この輸送船は、オーストラリアの褐炭と水から水素を製造したものを日本に運ぶために建造されており、全体のプロジェクトは丸紅や岩谷産業も参加したNEDOの実証事業として2020年に開始される。その水素の利用についても、川崎重工は直接発電用タービンの燃料にする実証にも成功している他、三菱日立パワーシステムは天然ガスとの混焼発電の実証を行っている。だが、褐炭からの水素製造には、炭酸ガスを吸着して固定し、地下に埋設する方式が考えられているというのが少なからず気になる。褐炭のコスト自体は安いのだが、空気よりは高い。そして、炭酸ガスの吸着の技術もまだ完成とは言えず、地下埋設にも課題がある。プロセスが何段階にもなり、段階毎にエネルギー消費もあるために、再エネ電力による水の電気分解というシンプルな方式による水素製造の方がコストは安くなるかも知れない。
ではノンカーボン水素の消費は増えるだろうか。それを左右する要素として、水素コストに加えて輸送コストがあるが、ローリーによる輸送は有りうるものの、パイプラインでの水素輸送は当分無理だと思っていた。だが、東京オリンピックの選手村跡地に住宅棟23棟5,632戸と商業施設からなる大規模な街を開発する「HARUMI FLAG」プロジェクトで、近隣に整備される水素ステーションからパイプラインを介して、日本で初めて本格的なインフラとして水素が供給され、敷地内に設置された純水素型燃料電池(固体高分子型)により電力を供給する、との記事(パナソニック:Harumi Flag特集2019/9/10)を見て驚いた。水素パイプラインが使われるということは、将来市街地の建物に水素が供給されることも想定できる。その水素は燃料電池が対象になるだろう。大型の燃料電池の排熱は地域全体で利用されるが、エネファームのような家庭用燃料電池が各戸に設置される場合、水素がパイプで戸別に供給される方が有利となる。住戸棟に一括熱供給することも考えられるが、戸別の熱消費の計量が難しいため、共用部分に限られるだろう。「HARUMI FLAG」の住宅棟に多数設置される家庭用燃料電池「エネファーム」は、まだ都市ガスを改質して作られる水素を燃料とするが、将来建設される住戸では、直接水素を燃料とするものに変わるかもしれない。大阪ガスが自社の実験住宅Next21で水素を各戸の燃料電池に供給する実証試験をかなり昔から行ってきたが、その成果も利用できるだろう。都市ガスから水素を作る改質装置が必要なくなるため、燃料電池本体のコストも下がるし、発電効率も上がる。
水素社会の到来は間近になっていると言えるかも知れない。