温暖化をめぐる内外情勢と我が国の課題


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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(「環境管理」からの転載:2019年10月号)

 COP24では、全員参加型のパリ協定の精神を踏まえた詳細ルールが合意された。市場メカニズムのルールはCOP25に持ち越されたが、パリ協定の実施体制が整ったといえる。他方、欧州では温暖化防止を理由に2050年カーボンニュートラルや石炭の排除論が勢いを増す一方、アジアの途上国では石炭の役割が依然大きく、パリ協定の1.5~2℃目標と現実との間のギャップが拡大している。両者のギャップを埋められるのは革新的技術開発であり、日本は水素、カーボンリサイクル等の分野でリーダーシップを発揮すべきだ。

1.COP24の結果

 2018年12月にポーランドのカトヴィツエで開催されたCOP24の最大の課題は、パリ協定の詳細ルールに合意することにあった。厳しい交渉を経て2015年に合意されたパリ協定は、それだけでは機能しない。パリ協定の根幹をなす国別目標(NDC)の範囲、透明性の手続き等について詳細ルールを固める必要がある。トランプ大統領がパリ協定離脱を表明する中で、温暖化防止の国際的モメンタムを損なわないため、詳細ルールの合意期限であるCOP24において詳細ルールが採択されたことは喜ばしい。
 今次交渉の大きな構図は、第一に共通のルールを重視する先進国と先進国・途上国間の二分法を可能な限り持ち込みたい途上国、特に中国等の有志途上国(LMDC)の対立であり、第二に先進国からの資金援助を確保したい途上国(特に低開発国、アフリカ等)と資金援助の野放図な拡大に慎重な先進国の対立であった。

1.1 国別目標(NDC)の対象範囲に緩和以外(適応、資金等)を含むのか

 パリ協定第4条では先進国、途上国問わず、緩和(温室効果ガス削減、抑制)のための国別目標(NDC)を設定することとなっている。しかしLMDC等の途上国はNDCの対象範囲に緩和に加え、適応や資金支援も含めることを主張してきた。これに対し、先進国はパリ協定上、NDCの対象範囲は緩和のみであることは明らかであり、支援や適応を含めることはパリ協定のリオープンであるとして強く反対してきた。決定文書ではNDCの内容はパリ協定4条に則り、緩和に特化されることとなり、パリ協定のリオープンにつながるLMDCの主張が斥けられた。

1.2 NDCの緩和目標に関する補足情報をどの程度求めるのか

 先進国のNDCは現状からの総量削減目標を設定しているのに対し、途上国のNDCは原単位目標や自然体(BAU)からの相対的な削減目標が中心である。特に中国、インド等の新興国がどのような前提条件の下で目標を設定しているのか等を明確化することはその後の進捗状況報告、レビューにおいても非常に重要となる。このため、先進国はNDCに関し、詳細な補足情報の提出を主張してきた。他方、中国はそうした詳細情報の提出に強く抵抗しており、先進国と途上国の間で要求される補足情報のガイドラインを分けるべきであると主張していた。決定文書では、NDCの通報にあたり、目標を明確化するための追加情報(例:目標設定の方法論、前提、対象分野、参照指標)、計算方法等の指針が定められた。これはすべての締約国に適用されるものであり、LMDCが主張していた先進国、途上国別々の指針という二分法は斥けられた。

1.3 透明性ルールの差異化をどの程度認めるのか

 NDCの進捗状況に関する報告、レビューを内容とする透明性ルール(パリ協定13条)はボトムアップのパリ協定の実効性を担保する上で最も重要な部分である。パリ協定13 条第2 項では能力に制約のある途上国に対してある程度の柔軟性を認めることが規定されており、第3項では低開発国、島嶼国の置かれた特殊な状況に配慮することが規定されている。先進国はこれら諸国への配慮は当然としつつ、それ以外については可能な限り先進国、途上国で共通なルールを設けることを主張してきた。他方、中国等のLMDCは途上国全体について柔軟性を付与し、先進国と途上国で別途のルールを定めることを主張してきた。中国が米国に比して柔軟な扱いを受けることになれば、トランプ政権のパリ協定離脱方針をさらに確固たるものにするのみならず、トランプ政権後のパリ協定復帰をも困難にすることとなる。米国を国際的な温暖化防止努力に関与させるためにも、新興国とのレベルプレーイングフィールドを確保するためにも先進国全体として最重要イシューであった。
 合意文書では、報告様式、内容(排出量データ、削減目標の進捗状況等)につき、全締約国に共通のガイドラインが定められた。争点となった柔軟性の適用については、途上国が自ら決定し、専門家レビューチームは当該途上国が柔軟性を自己適用することの是非、理由については立ち入らないこととされた。一方で途上国が柔軟性の適用を自己決定するにあたり、個々の報告項目につき、柔軟性を必要とする理由、具体的な制約要因、状況改善の期限を説明することが義務付けられることとなった。途上国の柔軟性を認めつつも、パリ協定の共通フレームワークの原則が堅持されたことは大きな成果である。

1.4 資金問題

 先進国が緩和や透明性の共通ルールを重視している反面、低開発国を中心に途上国が最も重視しているのが資金問題であった。特に争点となったのが、途上国支援情報の取り扱いと新資金支援目標設定である。パリ協定9条5項では、将来の資金支援の見通し情報を提供することとなっているが、途上国は今回の交渉でこの手続きをルール化し、資金支援見通し情報をレビューの対象とすることを主張してきた。またパリ協定採択時、2020年までに1,000憶ドルという資金支援目標に代わる新たな資金目標(1,000億ドルを下限とする)を2025年までに決めることが決議されたが、途上国はCOP24で議論開始を決議し、2023年までに新目標を決定すべきであると主張してきた。
 これに対し、先進国はこうしたレビューを含む9条5項の手続きのルール化はパリ協定の詳細ルール交渉のマンデート外であるとしてこれに反対し、2025年までの新資金目標についてもCOP24で議論開始を決議するのは時期尚早であり、また新目標を議論するならば先進国のみならず、途上国支援を拡大している中国等もドナーとして関与すべきであると主張してきた。
 交渉の結果、9条5項の資金支援情報については、途上国が要求していたレビュープロセスは盛り込まれなかったが、事務局が統合報告書を作成し、それを踏まえ隔年でワークショップ、閣僚会議を開催し、議論することとなった。新資金目標については、2020年に検討を開始することが合意された。さらに合意文書では、適応を含む途上国の資金ニーズをアセスした報告書を事務局が作成することが決まり、先進国の資金支援に関する統合報告書とともにグローバルストックテークのインプット情報とされることとなった。
 全体としてみれば資金支援を重視する途上国に配慮した内容となった。冒頭の二つの対立軸を考えれば、共通ルールで先進国の主張がある程度通った以上、資金面で途上国の主張が通ることは当然の帰結といえよう。

1.5 市場メカニズムについては結論先送り

 パリ協定では締約国がNDCを実施するにあたって環境十全性、透明性を確保し、ダブルカウントを排除しつつ、自主的な協力的アプローチに基づき緩和成果の国際的な移転を含む6条2項メカニズム、京都議定書のCDMの後継として国連管理の元に設立される6条4項メカニズムの二つの市場メカニズムが規定されている。JCM(Joint Credit Mechanism)を進めている日本にとって関心が高いのが6条2項メカニズムであることはいうまでもない。
 市場メカニズムに関する交渉は極めてテクニカルであるが、政治的イシューとなったのは6条2項メカニズムに対するShare of Proceeds適用と監督機関(Supervisory Body)の設立の是非である。途上国は6条2項に基づく自主的メカニズムについても国連直轄の6条4項メカニズムと同様、Share of Proceedsと呼ばれる運営経費徴収対象とし、国連主導の監督機関を設立することを主張してきた。これに対し、先進国はパリ協定上、Share of Proceedsの適用は6条4項メカニズムに限定されているのだから、6条2項メカニズムへの適用はパリ協定のリオープンであると反対し、監督機関の設置も締約国間の自主的な合意に基づいて行われる6条2項メカニズムの性格上、不要であると主張してきた。
 今次交渉では、市場メカニズムの詳細ルールはCOP25に先送りとなった。これは上記の政治的イシューの交渉がデッドロックになったというよりも、多量のCDMプロジェクトを抱えるブラジルが京都議定書に基づくCDMをパリ協定下の6条4項メカニズムに移管し、しかもダブルカウント条項の適用除外とすることを強硬に主張した点が大きい。これがメカニズム交渉を紛糾させ、6条の詳細ルール全体が交渉持ち越しとなったわけである。市場メカニズムのルールについては本年12月にチリのサンチアゴで開催されるCOP25で決着することが期待される。

2.COP24の評価

 全体としてみればCOP24は成功であったといってよい。何よりも今回の詳細ルール合意によって二分法に基づく京都議定書から全員参加型のパリ協定への移行が動き始めることには大きな意義がある。今次交渉において二分法に固執するLMDCの攻勢に屈せず、NDC、透明性フレームワークにおいて共通のガイドラインが設定されたことは、全員参加のパリ協定の精神を堅持したことを意味する。
 他方、2020年の長期資金目標の検討開始、ニーズアセスメント報告の作成等、アフリカ諸国、低開発国等の求める資金援助拡大では途上国に一定の譲歩をすることとなった。特にニーズアセスメント報告書はグローバルストックテークの材料とされ、今後、途上国の支援ニーズと先進国の支援オファーの間のギャップがクローズアップされることになる。先進国にとって頭の痛い問題ではあるが、先述のとおり、資金支援と共通フレームワーク(二分法の排除)がパッケージである以上、合意形成のためには避けられない道であったともいえる。巨視的に見れば、パリ協定のリオープン(NDCの範囲、二分法等)につながるLMDCの主張を斥ける一方、資金支援面で貧しい途上国に配慮したものとなっており、全体としてバランスのとれた合意結果であると評価できよう。
 今回、米国は最も重視していた透明性の共通ルールで一定の成果を得た。しかしこのことをもってトランプ政権がパリ協定離脱方針を翻意する可能性は低い。先述の国務省ステートメントでも、「米国民にとって有利なディールがない限り、パリ協定離脱に関する政権のポジションは変わらない」と明記されている。むしろ「トランプ後」をにらんで米国が復帰できる基盤ができたことを評価すべきであろう。

3.COPはルール形成の場から見本市へ

 市場メカニズムの詳細ルールは先送りになったものの、COP24では2020年以降、パリ協定体制を動かすための詳細ルールの大宗が合意された。COP1~COP3は京都議定書の交渉、COP4~COP7は京都議定書の詳細ルール交渉、COP13~COP16は2013年~2020年の枠組み交渉、COP17~COP21はパリ協定の交渉、COP22~COP24はパリ協定の詳細ルール交渉と、これまでのCOPの歴史は国際枠組み交渉に終始してきた。
 パリ協定は京都議定書のように法的拘束力のある数値目標を定めるものではなく、法的拘束力のあるプロセスを定めるものであるため、定期的な改正を必要とせず、議長国フランスがいうように「長く使える枠組み」となっている。このため、COP25で残された市場メカニズムのルールが合意できれば、枠組み交渉の場としての役割をひとまず終えることになる。もちろん2023年から5年おきに行われるグローバルストックテーク、2020年から5年おきに提出するNDC等、今後のプロセスの中で「節目の年」は存在する。しかし各国の目標値や長期戦略は自己決定されるものであり、COPで交渉されるものではない。
 したがってCOPは「枠組みルール形成の場」から「設定されたルールの下での各国の行動の見本市的な場」に移行したといえる。

4.先鋭化する野心レベル引き上げ圧力

 COPが見本市化する中で、各国の目標レベルを引き上げることへの内外のプレッシャーが高まるものと予想される。COP24でNGOをはじめとする環境関係者が専らプレーアップしたのは詳細ルール交渉よりも10月に発表されたIPCC1.5℃特別報告書であった。同報告書では、1.5℃目標を達成するためには2050年頃に全世界でカーボンニュートラルを達成する必要があり、2030年までに全球排出量を現状比で45%削減することが必要と示唆されている。
 世界最大の排出国である中国が2030年ピークアウトを目指しているという現実とのギャップは途方もなく大きい。しかし環境関係者の間では1.5℃目標が2℃目標に代わってデファクトスタンダードになりつつある。COP24ではノルウェー、島嶼国連合のように1.5℃報告書を踏まえたNDCの引き上げを唱道する「High Ambition Coalition」も発足した。グテーレス国連事務総長は9月の国連総会に「気候サミット」を開催し、各国に対し、野心レベルの引き上げを期待する姿勢を鮮明にしている。
 2020年にはパリ協定に基づくNDCの提出、2023年には第1回のグローバルストックテーク、2025年には改訂NDCの提出が予定されているが、その都度、1.5℃目標を根拠に目標を引き上げるべきとの議論が内外で生ずることとなろう。

5.環境色を強める欧州と米国民主党

 この傾向は特に欧州において著しい。2019年の欧州議会選挙では、これまで中心勢力であった中道右派、中道左派が軒並み議席を減らす中で、環境政党とEU懐疑派の右派政党が議席を伸ばした。BREXITや移民問題で揺らぎをみせているEUの結束を維持するためには、プロEUの環境政党の支持が不可欠であり、これは今後の欧州の政策決定において環境派の影響力が強まることを意味する。また大人たちに野心的な温暖化防止行動を求めてスウェーデンの15歳の女の子、グレタ・トウーンベリがたった一人で始めた学校ストライキは欧州全土に広がりをみせている。2019年に欧州各地を襲った酷暑も温暖化防止の行動強化を求める声を強めることとなろう。
 こうした点を背景に、英国、フランス等ではそれまでに発表していた長期戦略の目標(2050年に90年比75〜80%減等)を上回る「2050年ネットゼロエミッション」を盛り込んだ国内法制を導入した。欧州委員会の委員長に就任したフォンデアライエン氏は欧州グリーンディールを「一丁目一番地」に掲げ、EUの2030年削減目標を90年比40%減から50~55%減に引き上げ、2050年の長期目標をネットゼロエミッションとするとの方針を掲げている。
 米国のトランプ政権はオバマ時代のクリーンパワープランの解体等、温暖化防止に懐疑的なポジションを変えていないが、その反動で民主党ではヘルスケアと並んで気候変動の政策プライオリティが大幅に上昇している。2018年秋の中間選挙で最年少の下院議員となったアレクサンドラ・オカシオ・コルテス氏らが中心となって唱道しているグリーン・ニュー・ディールでは、再エネによる100%ゼロエミッション電源、カーボンニュートラル等、欧州の環境派並みの過激な政策が打ち出されている。民主党では2020年の大統領選に向け、20名近くの候補者が名乗りを上げているが、バーニー・サンダース、エリザベス・ウオーレン上院議員等の左派有力候補はグリーン・ニュー・ディール賛同者に名を連ね、中道穏健派とされるジョー・バイデン前副大統領も2050年ネットゼロエミッションを公約に掲げている。温暖化防止について野心的な公約を掲げていることが民主党で候補指名を受ける条件だとすらいわれている。
 トランプ政権のパリ協定離脱表明により、温暖化をめぐる米欧の溝は極めて深い。2019年に日本が議長国を務めたG20において最大の対立軸の一つがパリ協定の不可逆性の明記を強く主張する欧州諸国とパリ協定へのコミットを拒否する米国との対立であった。しかし、2020年の米大統領選で民主党が勝利すれば、一転して米欧連係が成立する可能性が高い。

6.COP/IPCCの世界と現実世界との乖離

 しかしこうした野心レベル引き上げの議論の盛り上がりが、現実世界を1.5~2℃目標達成に向かわせるかといえば、話はそれほど単純ではない。1.5℃特別報告書では2030年に世界全体で135~5,500ドルの炭素税が必要とされているが、フランスではたかだか10数ドルの炭素税引き上げがイエローベストによる大規模騒乱を引き起こし、マクロン政権は増税の無期延期を強いられた。シカゴ大学の調査によれば、山火事の増大等を背景に米国人の10人中7人は地球温暖化が現実の問題であると認識し、政府による対策強化を求めているとされる。しかし、温暖化防止のために追加的に支払っても良いコストを問われると、年間12ドルまでという回答が6割で、年間120ドルになると7割が反対だという。IPCC第5次評価報告書では2℃目標を達成するために世界全体で必要な炭素税は50〜80ドル/t-CO2であるとされており、これを米国人の1人当たり排出量と併せて考えると米国人が負担すべき金額は年間1,100~1,700ドルになる。年間120ドルの負担に7割が反対する中で1,000ドルを超える負担が政治的に実現可能であるとは思えない。
 先進国ですらこのような状況なのだから、一人当たり所得がいまだ低い発展途上国において炭素価格引き上げによるエネルギーコスト上昇への受容性がますます低くなるのは当然であろう。アジアのエネルギー政策の議論の中で必ず出てくるのが、エネルギー価格がaffordableでなければならないという論点である。1人当たりの所得が高く、これから人口減少を迎える成熟経済の欧州と、1人当たりの所得が低く、さらなる人口増、経済成長を見据えるアジア諸国との間でものごとのプライオリティが異なるのは当然のことだ。
 こうした先進国と途上国の考え方の違いはエネルギーミックスにおいても顕著である。気候変動防止の観点だけから考えれば、炭素含有量の大きい石炭の利用は排除されるべきということになる。事実、欧米の環境関係者は各国で石炭フェーズアウトや石炭ダイベストメント運動を盛んに展開している。英国やカナダはCOP23で発電部門からの石炭フェーズアウトを目指す脱炭素連合を発足させ、ドイツの脱石炭委員会は2038年までに発電部門から石炭をフェーズアウトするとの提言を出した。さらに欧州では「サステナブルファイナンス」の名の下に石炭火力はもとよりガス火力についてもCCSがついていない限りサステナブルではないとの理由で銀行融資をディスカレッジしようという議論が進んでいる。
 片やこれから世界のエネルギー需要、CO2排出増を牽引するアジア地域においては安価で潤沢な国内資源である石炭への依存は今後も続く。シェールガス革命において天然ガスが石炭を駆逐した米国と異なり、アジア地域のガス導入は割高なLNGの形態をとらざるを得ない。2019年9月の東アジアエネルギー大臣会合の共同声明でも石炭のクリーンな利用を含む化石燃料の役割とそのための資金供給の重要性が明記されており、石炭を悪玉視し、そのフェーズアウトを主張する欧州の議論とは別世界の観がある。
 より敷衍すれば、2015年に国連が決定した17の持続可能目標(SDGs)のプライオリティの問題でもある。気候変動は17のSDGsの一つではあるが、唯一至高の目的ではない。貧しい途上国にとっては貧困撲滅、飢餓の克服、ヘルスケア、雇用機会の確保、教育の充実等が喫緊の課題であり、これらを可能にするのは安価で安定的なエネルギー供給に裏打ちされた確固たる経済成長である。
 17のSDGの優先順位が各国の発展段階に応じて異なるのは当然のことであり、気候変動をすべてに優先する欧州のプライオリティを途上国に押し付けることは非現実的であるばかりか傲慢ですらある。何より世界には電力にアクセスを有していない人口が10億人近くいる。無電化村等においては太陽光を中心とした分散型電源のほうが安価な場合もあるだろうが、これからエネルギー需要が急増する都市部においては、石炭を含む大規模集中電源に期待される役割はまだまだ大きい。

7.我が国にとっての課題

 こうした国際的な動向は、我が国にとっても様々な課題を突き付けている。1.5℃特別報告書が大きくクローズアップされる中で、まず2020年のNDC提出の際に2030年26%減目標を引き上げろという議論が内外で発生するだろう。しかし原発の再稼働が順調に進まず、26%目標の達成見通しが厳しくなった場合、さらに目標を引き上げることは合理的ではない。1.5℃特別報告書は2023年のグローバルストックテークでも大きく取り上げられ、2025年の目標改定時にも影響を及ぼすことになるだろう。日本の限界削減費用も産業部門のエネルギーコストも主要国中最も高い。国際的な掛け声に乗って非現実的な目標を設定することは日本の産業競争力、経済に多大な悪影響をもたらすことになる。
 筆者は1.5℃~2℃目標達成については懐疑的であるが、究極的に脱炭素化を目指すべきであると考えている。特に途上国において化石燃料を中心にエネルギー需要が急増する中で、エネルギーコストを抑制しつつ、温暖化防止を実現しようとすれば、革新的技術の開発と普及が不可欠であり、この分野において日本は世界のリーダーシップをとっていくべきである。
 本年6月、G20サミットに先立って日本が発表したパリ協定に基づく長期戦略では、イノベーションの推進、グリーンファイナンス、ビジネス主導の国際展開、国際協力を三つの柱に据えた。この長期戦略の特徴は、日本国内の排出削減のみにとらわれず、革新的技術の開発や環境性能の優れた技術の海外普及等、技術を通じて国境を超えた排出削減を実現し、パリ協定の目標である今世紀後半の脱炭素化に貢献しようとしていることである。
 また長期戦略においては、あらかじめ特定の脱炭素化技術に決め打ちするのではなく、様々な脱炭素化技術(再エネ+バッテリー、水素、カーボンリサイクルを含むCCUS、原子力等)を追求する複線シナリオを採用し、各技術の性能やコストに目標値を定め、その進捗状況を科学的にレビューしながら重点技術を絞り込んでいくというアプローチをとっている。31年前に現在の経済・技術・社会を予見することが不可能であったように、今後の31年も様々な不確実性がある。対策を決め打ちしない長期戦略の考え方は合理的といえる。
 こうした長期戦略の考え方はG20の成果文書にも盛り込まれ、イノベーションアクションプランの下で国際協力を推進することが合意された。特に日本が重視する水素、カーボンリサイクルについては9月に東京で大規模な国際会議を開催することになっている。こうした取り組みを通じて水素技術、カーボンリサイクル技術等において技術ロードマップが共有されることは、脱炭素化に向けた国際的な取り組みとして非常に有意義であるといえよう。特に化石燃料から水素を製造・輸送する技術を普及させ、さらに発生するCO2を再利用し、残りを貯留する技術は化石燃料依存が引き続き高いアジア地域における脱炭素化に大きく貢献することとなろう。
 こうした日本の取り組みの特色は、欧州のようにパーセンテージの削減目標に拘泥するのではなく、大幅な脱炭素化を実現する技術の性能向上とコスト低下に着目していることである。脱炭素化が技術的に可能であったとしても、当該技術が高コストなままでは普及は望めない。だからこそコスト目標が重要になってくる。
 日本は京都議定書策定交渉にあたり、プレッジ&レビューというボトムアップの枠組みを先行して提案した。結果的に国際的枠組はトップダウンの京都議定書という壮大な「回り道」を経ることになってしまったが、最終的にはボトムアップのプレッジ&レビューをコアとするパリ協定に到達した。脱炭素化の道筋についても、空虚な削減数値目標ではなく、技術目標を追求するというアプローチを世界に打ち出していくべきである。