国民利益につながる規制とは
書評:キャス・サンスティーン 著 『シンプルな政府:“規制"をいかにデザインするか』
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(電気新聞からの転載:2019年6月7日付)
季節が良くなり、行楽に出かける方も多いだろう。楽しい気分を台無しにはしたくないが、安全な旅を楽しんで頂くためにも、記憶に残る事故を素材に規制のあり方を考えてみたい。2012年4月、関越道藤岡ジャンクション付近で高速バスが壁に激突し7人が死亡する事故を起こした。ゴールデンウイーク初日に起きた痛ましい事故に、世間ではツアーバス事業に対する安全規制が不十分・不適切だったのではないかという批判が巻き起こった。調査の結果運転手の居眠りが原因とされ、運転手の乗務距離制限やバス車両の座席の衝撃吸収性などを含む、様々な規制が強化・導入された。
これだけの人命を失う大きな事故を引き起こしたのだから、規制強化は当然である。しかし例えばこうした規制強化によってバス料金が大幅に値上がりし、自家用車で移動する場合と同等のコストにまでなったとして、何が起こり得るか考えてみよう。消費者がツアーバスを利用する大きな理由の一つが経済性であり、価格メリットを失えば、自由度の高い自家用車での移動を選択する人も多くなるだろう。しかし、もしツアーバスの方が自家用車よりも単位移動距離当たりの死亡者数が有意に少ないとすれば、規制を強化してツアーバスの価格を自家用車での移動と同等にまで上げてしまうことは、損なう人命の数を増やしてしまうことになる。本来政府が規制を通じて果たすべきは「ツアーバス事業の安全性」を高めることではなく国民がさらされるリスクを減らすことだ。しかしわが国ではそうした規制のあり方に関する議論はとんと耳にすることがない。
本書は、米国オバマ政権第1期で、情報・規制問題室室長に抜擢された著者が、行動経済学的アプローチで実行した規制改革の軌跡を描いたもの。米国では長く、規制が「受け入れがたく不合理な負担を社会に負わせる」ことを厳に戒めており、規制による費用とそれにより国民が受ける便益を徹底して分析することが規制当局には求められている。費用対効果分析と民主主義政府は補完的関係にあると強調し、不明瞭さを排してシンプルにすべきであると説く。
わが国では特に、環境や安全に関わる規制は「とりあえず」「念のため」「海外では」で「足し算」を正当化しがちだ。それが本当に国民利益につながっているのか。改めて、政府とは、規制とはどうあるべきかを考えさせられる良書である。
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『シンプルな政府:“規制”をいかにデザインするか』
著:キャス・サンスティーン(出版社:エヌティティ出版)
ISBN-13: 978-4757123663