直流配電網が地域に普及し始めるか
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
このコラムでも何回か直流送電について書いているが、殆どが、高圧直流送電についてのものだった。遠隔地に設置された自然エネルギー電源からの電力を遠隔地に届けるために、送電損失が交流に比べてはるかに少なく、距離が長くなると全体の設備コストも従来の超高圧交流方式よりも下がる高圧直流送電の重要性は今後も大きくなると想定され、実施例も世界的に増加しつつあるからだ。だが、下流への中低圧送電を直流化するのは難しいだろうと思っていた。
しかし、低中圧送電網を直流化することを実用的に可能にする技術が今年に入って開発されたことを知り、徐々に直流社会に変わる可能性が生まれたと考えるようになった。その技術とは、スイス工科大学ローザンヌ校が発表した100kW規模の小型で高効率な半導体変圧器である。これくらいの規模の変圧器というと、身近にあるもので表現すれば、少し大型の柱上トランスに相当する。そして、直流(DC)、交流(AC)の両方に対応しており、入力・出力について、AC-AC, AC-DC, DC-DC, DC-ACの変圧ができ、発表の中に記述されているように、スイスのアーミーナイフのように万能なものだ。
日本の送電系統の場合、最も需要端に近いところにある変電所からは6,600ボルトの交流が、幾つもの配電線で送られ、需要端、例えば、住宅やオフィスへは、柱上変圧器(無電柱のところでは地上)で100ボルト(実際には単相3線の200ボルト)に減圧して供給されている。これをモデルにして考えると、この変圧器に繋がる建物に、太陽光発電、蓄電池、燃料電池、電気自動車、LED照明などが設置されている場合、この半導体変圧器で交流6,600ボルトを直流の低圧に変換して建物に供給する方式をとりやすくなる。当然のことだが、建物内の配線は直流仕様となるから、初期段階では新設建物が対象となるだろう。交流しか使えない電気機器があれば、直流を交流に変換して接続する必要があるが、これは難しいことではない。
家庭用電気機器、空調機や事務機の殆どが内部では直流で作動しているから、直流に対応するものに変えることは技術的に難しいことではなく、市場が生まれれば機器メーカーは対応するだろう。太陽光発電、蓄電池、燃料電池は本来直流電力を出力する電源だから、直流配線への接続がやりやすく、現在行われている直交変換や接続する交流との位相合わせのステップを省くことができる。これによって電力消費効率が大きく上がり、地球温暖化の抑制に貢献できる建物が実現する。いま普及し始めているデータセンターの全面直流化と同じ方向だ。
変電所にこの変圧器を並列に設置して6,600ボルトの配電系統を順次直流化することも可能だろう。団地ができて配電線を新設する、あるいは、老朽化したものを取り換える場合などに、それを直流化する。その場合最適な直流電圧を選択することもできる。更新の場合には柱上変圧器を一斉に取り換えなければならないから、簡単ではないかもしれないが、出来ない話ではない。
このような形で地域に直流供給の系統が増えてくると、直流供給区域を一体的に制御運用することによりスマートグリッド化が進展する。それに接続されている負荷設備の稼働を統合的に制御することもやりやすくなり、仮想発電所(VPP)にもなるだろう。変動性の再エネ発電の導入もやりやすくなり、地域が消費する電力に起因する温暖化ガス排出量を大きく削減することになる。
ただ、建物内の直流化を実現するのには大きな障壁がある。使われる直流の電圧、配線、スイッチ、プラグなどの標準規格や安全規格がまだ設定されていないことだ。交流のように電圧がゼロになる時がないために、感電や漏電したときの被害が大きくなるとか、スイッチが切りにくいなどの問題がある。規格について国際的な検討も進んでいるようだが、標準規格が設定されるまで、直流化を普及させるのは難しいだろう。この新技術の実用化を想定した早期の規格設定を望みたい。
日本の送配電経路については、https://www.fepc.or.jp/enterprise/souden/keiro/ 参照。