なぜ英国はEUを離脱するのか?
ブレグジットがエネルギー・環境政策に与える影響
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
日本では英国のEU離脱に伴うデメリットに関する報道が多く、なぜ英国がEUを離脱する必要があるのか報道ではよく分からない。EUを離脱すれば、英国内主要産業である金融でも自動車製造でも国外に移転する企業が多く出てくることになり、経済、雇用に大きな打撃が生じる。経済に悪影響があるにもかかわらず、なぜ英国民はEU離脱を選択したのだろうか。
EUに留まることはメリットばかりではない。労働力の自由な移動が保証されているEU内からの移民により英国では低賃金の労働を行う人が増え実質賃金は上昇していない。安い労働力の流入により技術革新への投資意欲は削がれ生産性は向上していないとの批判もある。さらに、製造業での雇用は減少を続け、リストラされた人は、より低賃金の職を選択せざるを得なくなった。EUの官僚主義的態度に嫌気がさしている人もいるだろうが、経済的にもEUにいてもあまり良いことはなかったと感じる人も多いのだ。彼らは当然離脱を支持した。
当初今年の3月29日に設定された離脱期限が近付くにつれ、世論調査ではEU残留を支持する比率が徐々に増加していた。いまは、残留が僅かながら離脱を上回っている。4月に行われた世論調査(YouGov)では、2016年離脱に投票した人の方が残留に投票した人よりも投票行動を変える比率が高くなっているが、それでも、それぞれ7%と4%であり、図-1が示すように投票行動を変えない人の方が共に8割以上を占めている。
2月訪英時に、離脱派、残留派それぞれに意見を聞いたが、私が会った人たちは全員再国民投票に否定的だった。世論調査を見る限り残留派が増えているものの、依然として意見は拮抗しており、仮に再度の国民投票で残留との結論が出ても、国内の混乱が収まる可能性がないためだ。
なぜ離脱を選択するのか
EU内では労働力の自由移動が保証されている。西側諸国のみが加盟していた時点では一人当たりの経済力に大きな差がなく労働力の移動は大きな問題ではなかったが、2004年5月EUの東中欧諸国への拡大によりEU内で経済力に格差がある地域が生じることになり、労働力の大きな移動が始まると思われた。このため、最長7年間労働力の移動を制限することが認められたが、スウェーデン、アイルランド、英国は、制限期間を設けず移民を受け入れることにした。
英国へのEU内の移民は、2004年から急拡大しEU外からの移民と合わせ、年間20万人から30万人の純増となった(図-2)。人口の自然増と合わせ英国の人口は2003年の5950万人が2018年6630万人と680万人増加し(図-3)、人口増は経済成長にも寄与した(図-4)。この間英国内で雇用が増加したのは、社会福祉、宿泊・外食、サービス業であり(図-5)、多くの移民はこれらの職業を選択したと想像されるが、これらはの仕事は熟練を必要としないため相対的に給与が安い(図-6)。
これらの仕事に従事していた非熟練労働者は移民の流入、人材の供給増により賃上げの機会を奪われたため、EUの政策に不満を持つことになっただろう。さらに、英国では相対的に給与が高い製造業で働く人が減少を続けており、製造業をリストラされ低賃金の職に就いた人が、移民の流入を防ぐためEU離脱を支持した。離脱支持層を学歴別にみると、大卒では離脱支持が4割を切っている。また、地域別では製造業立地点では離脱支持が高い。離脱支持層の中心が非熟練労働者、かつて製造業で働いていた労働者であるとの見方に合っていると言える。
離脱の影響は
EU離脱により、英国からEUへの輸出品には関税が課せられるため(例えば、現在自動車のEU関税は10%)、英国産品は競争力を失い経済にも大きな影響があるとの主張には、離脱派は離脱によりポンドが下落するためそれほど大きな影響は生じないと反論している。
離脱の影響を今から予測することは難しいが、既に金融部門を中心にロンドンからパリ、フランクフルトなどに移動する動きが顕著になっており、世界の金融界で大きな地位を占めるロンドン・シティの地盤沈下は避けられそうにない。また、通貨の下落が予想されるにせよ、EUから輸入される部品なども多く、輸出が維持されるかについては疑問がある。通貨下落による輸入品価格の上昇もあり国民生活には大きな影響が生じるだろう。
環境エネルギー政策では、大きな影響はないと見られているが、離脱協定書に付属する政治宣言では、電力・ガス市場における協力関係、欧州原子力共同体(EURATOM)との協力、温室効果ガスの排出量取引市場(EUETS 詳しくはhttp://ieei.or.jp/2019/03/yamamoto-blog190305/)と新設予定の英国市場との連携が謳われている。また、EU離脱に伴い英国はパリ協定下の目標(NDC)提出が必要となる。英国の離脱によりEU目標(1990年比2030年40%削減)達成のため他EU諸国は自国の目標値を修正する必要がある。
英国は、北部と南部にシェールガスの埋蔵量を持っている。採掘に際してはEUの多くの環境規制が適用されているが、離脱に伴い採掘が容易になることが想定される。天然ガスの生産量が漸減傾向にある(図-7)英国にとっては、自国産天然ガス生産量を増加させる機会が増える。
メイ首相と労働党との協議も不調に終わったと伝えられ、離脱の行方は不透明なままだが、EUの排出量取引制度で割り当てを受けている英国企業には、離脱に伴う金銭面の負担などの問題も出てきている。影響は環境・エネルギー分野でも徐々に拡大することになるのだろうか。