中国の権威主義的政策に米国が”No”


国際環境経済研究所理事長

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環境規制と産業構造調整

 前回、「強権的トップダウンの中国「環境規制」」(2018.10.29)で述べたように、中国は経済合理性を度外視してでも、国家の強制力というトップダウンで政策を推進する。

 今年7月に国務院が発表した「青空防衛戦勝利三ヵ年計画(2018~2020年)」では、「PM2.5」の主要因が石炭燃焼であるとして、北京周辺や上海・長江デルタ等の重点地域にある製鉄所、コークス工場の閉鎖や工場移転が強制された。
 これは国家発展改革委員会、工業情報省が主導する鉄鋼、石炭の過剰生産能力の削減政策とも呼応する。
 鉄鋼の過剰生産能力問題はG20で問題となり、2016年12月に「鉄鋼過剰生産能力に関するグローバル・フォーラム」が設立され、解決に向けた国際的検討が進んでいる。
(参考):「中国鉄鋼業淘汰の抜け道-地条鋼」(2017.5.8)
 中国政府も重い腰をあげて、小規模設備や環境対策が遅れた非効率な設備を中心に、2016年に6,500万トン、2017年には5,500万トンを削減し、今年度は3,000万トンの鉄鋼設備淘汰を行うと発表した。
 また、遅れていた石炭淘汰に関しても、小規模炭鉱の閉鎖と大規模炭田への統合により、今年度は1億5000万トンの生産能力削減を図ると言っている。
 もっとも、小規模設備の閉鎖がそのまま生産量の削減にはならない。一方で新規投資があるので全体量は増加している。地球温暖化問題に関して、原単位目標は削減しても総排出量が増大するのと同じロジックだ。
 エネルギー供給面では、2020年の冬までに重点地域での集中暖房と一般家庭での石炭使用をなくすとともに、代替エネルギーとしての天然ガスの供給体制を強化する。このため、西域の新疆ウイグル等からガスを運ぶ西気東輸パイプラインの供給だけでは足らず、LNG輸入が急増する。世界第一位の輸入国、日本を抜くのも時間の問題だ。

「中国製造2025」

 1980年代初め、「日本の経済発展は通産省主導の産業政策である」と、米国のチャルマーズ・ジョンソンが「通産省と日本の軌跡」という著書で指摘した。ちょうど日米貿易摩擦が問題視されており、通産省はレッセ・フェール政策に転換したが、現在の中国は逆に日本の産業政策を踏襲している。(当時,日米通商交渉に辣腕をふるったライトハウザー氏が、今回の米中貿易交渉に当たっているのも偶然ではないかもしれない。)
 中国版産業政策が、第13次5か年計画(2016~2020年)時に提案された「中国製造2025」である。第14次5か年計画(2021~2025年)の最終年度である2025年に「世界の製造強国」を目指す。
 中国は白物家電などでは世界に躍進しているが、イノベーション力、ブランド力ではまだまだ先進国と差がある。生産能力過剰9産業に代わり、「中国製造2025」10大産業をターゲット・インダストリーとして発展させる。


(資料)中国商務部研究院報告書より、みずほ総合研究所作成

米国の反発

 ところが「中国製造2025」に対して米国が猛反発した。
 ペンス副大統領が、ハドソン研究所における演説(2018.10.4)で、次のように述べている。
 「「中国製造2025」では官民挙げて米国の知的財産を手に入れ、ロボットやバイオテクノロジー、AIなど世界の最先端技術産業の90%を支配しようとしている」
 「北京は米国企業が中国でビジネスをすることの引き換えに企業秘密を引き渡すことを要求する」
 「中国は陸海空や宇宙における米国の優越性を損なう軍事力を増強し、西太平洋から米国を追い出そうとしている」
https://www.hudson.org/events/1610-vice-president-mike-pence-s-remarks-on-the-administration-s-policy-towards-china102018

「韜光養晦」(とうこうようかい)から「強中国夢」へ

 「韜光養晦」とは「光を韜(つつ)み、養(やしな)い晦(かく)す」(自分の才能を包み隠し、人に知られないようにする)という唐代の言葉である。三国志において、強大な晋の曹操が新興勢力である蜀の劉備の野心を疑った時、劉備は、光る雷を怖がり、曹操の地位を脅かすような男ではないと油断させたことでも有名である。
 鄧小平は100年かけて米国を追い越すためにも、「国力が整わないうちは、国際社会で目立つことをせず、じっくりと力を蓄えておく戦略」=「韜光養晦」を外交政策に掲げ、胡錦濤も「堅持、韜光養晦、積極、有所作為」とこの方針に従った。
 ところが、習近平はもはや「韜光養晦」を使わず、世界第一を目指す「強中国夢」という大国意識を表に出した。
 ペンス副大統領のハドソン研究所の演説に立ち会った マイケル・ピルズベリー博士は、ニクソン政権からオバマ政権まで数十年にわたって対中国防衛政策を担当し、「民主的な中国の実現を信じて、米国の親中国政策」を提案してきた人である。その彼が、中国が覇権主義に向かう100年マラソンを行ってきたことに気づかなかったことを反省し、対中国政策の転換を進言したのが「CHINA2049-百年マラソン」(2015)であり、今回のペンス演説に繋がっている。

 中国の権威主義的政策に対して、米国は宥和政策ではなく”No”を突き付けた。これはトランプ大統領個人だけではなく、ワシントン全体の姿勢と言えるだろう。