現実を見据えた地球温暖化対策を
ベニー・パイザー氏インタビュー
三好 範英
ジャーナリスト
今回はドイツの環境事情ではなく、2018年10月2日、都内で行ったベニー・パイザー(Benny Peiser)氏とのインタビューを紹介したい。
パイザー氏は、英国のシンクタンク「地球温暖化政策財団」所長。同財団は2009年、地球温暖化、エネルギー政策問題に関し現実的な政策提言を目指し、パイザー氏とナイジェル・ローソン元英財務相が設立した。それ以来、地球温暖化に関する過度に悲観的な予測や、それに基づいた対策に警鐘を鳴らす活動を行っている。
パイザー氏は1957年、イスラエル・ハイファ生まれの社会科学者。ユダヤ人のドイツへの帰郷は珍しかったのだが、生まれてまもなく、家族とともにドイツ・フランクフルトに戻り、フランクフルト大学で博士号を取得した。
その後、英国に移り、天変地異説(Catastrophism)を研究していた。自然災害というリスクが社会にどのように認識され、対処されるのかという社会的な側面に興味があり、そこからリスクとしての地球温暖化問題の研究を始めたという。
インタビューでの発言の要は、ヨーロッパにおけるエネルギー政策が、これまでの環境重視一辺倒ではなく、経済の視点を考慮する傾向が強まっている、という事実認識であり、また、その方向が望ましいという価値判断だった。
発言の要旨については、11月2日付け読売新聞「論点」で取り上げているが、この欄では、主な発言を一問一答形式でやや詳しく報告したい。
――地球温暖化に懐疑的なのか。環境問題に関して、極論を廃し合理的に議論を進めるべき、というのがあなたの基本的な考え方だと思うがどうか。
「地球温暖化が進んでいることは否定しない。ただ、現実は1990年の「国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の予測の半分でしか進んでいない。私が主張したいのは、脅威を過大に見積もり、それに対応した政策をとるなら、第1に効果がなく、第2に費用がかかり、第3に予期せぬ結果を招いてしまう。冷静かつ合理的に事態を見れば、費用に見合った真に効果的な対策がとれるということだ」
「私はグローバルな脱炭素化の目標達成を少なくとも20、30年遅らせるべきだと思っている。実際、国際エネルギー機関(IEA)などの報告書に拠れば、2040、50年のエネルギー構成は、化石燃料の割合が依然として70~80%と見積もられている。従って我々はエネルギー転換の速度がずっと遅いことを認めねばならない。報告書の中には、2050年までにはほとんど温室効果ガスの排出をゼロにしなければならない、と書いているものもあるが、それは非現実的だ」
「シェール革命で化石燃料が安価になっており、エネルギー安保、経済性の観点からその使用をあきらめることはないだろう。従って迅速な脱炭素化は実現しそうもない。言い換えれば、各国政府も地球温暖化はそれほど劇的には進まないことがわかっているので、それほど対策への圧力がかからない。時間があると思っている。従って各国政府とも国際会議ではリップサービスはするが、実際にはほとんど動かない」
――ドイツはまだエネルギー転換を本気で推進しているように見える。
「ドイツのエネルギーコストは継続して上昇している。多くの大企業は補償されているが、大きな産業ロビーが、これまで一致していたエネルギー転換目標に対して反対することも起き始めた。自由民主党(FDP)はかつてはリベラルで環境派だったが、状況の変化で右傾化し、環境の色彩は弱まった。実際の政策は変化するところまではいっていないが、ムードや議論が変化している」
「洋上風力発電施設のコストは、固定価格買い取り制度(FIT)に代わり入札制度が導入され、確かに下がっている。しかし、そのことによって建設がどんどん進むというわけではない。概して再生可能エネルギーはまだ補助金がなければやっていけない。それ自体はまだ利益を生み出さない。風力発電業界は、入札制度に経済性、そして持続性があるかどうか、まだ懸念している」
――確かにドイツの「エネルギー転換」は問題を抱えている。2022年までの脱原発は可能か。
「脱原発自身は、ドイツの政党の間にコンセンサスがあり、国民のムードはまだ強いから実現できるだろう。ただ、脱原発は再エネで代替はできない。天然ガス発電所を増設し、代替しなければならない。しかし、そうすれば温室効果ガスは増加する。2030年までに温室効果ガス55%削減という目標を実現することは出来ないだろう。また、まだドイツの石炭発電は依然として40%弱を占める。脱原発と脱石炭を同時に実現することは無理だ。また天然ガスはロシアからの輸入に頼っており、ガス発電への過度の依存は、安全保障上、負の影響が生じる」
――地球温暖化の影響と思われる酷暑や大雨といった異常気象が増えているのは事実ではないか。
「確かに人々の大多数はそう感じている。しかし、世論調査では、人々が懸念することで気候変動の順位は下がっている。現在の人々の懸念は移民、経済、就業、健康、汚染といった問題だ。今、どうしても風力発電施設を作らねば、という圧力はなくなった。政策の優先順位はシフトしている。温室効果ガス対策を全てやめろと言っているのではない。バランスをこれまでの環境至上主義から、経済も考慮に入れた方向にすべき、ということだ」
――あなたが現実的な地球温暖化対策を訴えるようになったのはなぜか。
「私は1970年代、ドイツの緑の党の創設に関わった。当時言われていたのは酸性雨がドイツの森を死滅させるとか、チェルノブイリ原発事故(1986年)では、少なくとも7万人の死者が出る、という主張だった。しかし、それは誇張だった。これほど主張と現実との乖離が激しいのに、なぜ当時、私自身が環境団体の主張を信じたのか。それからエネルギー、地球温暖化に関する環境団体の主張に徐々に批判的になっていった」
「脱原発の際の、スイスのようなやり方が賢明だ。ドイツが脱原発を決めてから2034年までに脱原発すると決めた。実際は先延ばしだ。非常にコストがかかる政策決定をするときには、待って、様子を見て、先延ばしするというのが正しい。長い間には人々の考え方、技術は変わるかも知れない。劇的な政策転換をする必要はないのだ」