強権的トップダウンの中国「環境規制」
小谷 勝彦
国際環境経済研究所理事長
中国環境学会に参加するため北京を訪問した。
空気が随分良くなった。石炭炊きボイラーが天然ガスに代わり、北京でも青空が見える日があるという。2000年代後半の北京駐在時には夜空の星も見えなかったので格段の進歩である。
習近平政権は、就任当初は汚職撲滅、現在は環境改善に力を注いでいる。
環境は人々の健康に直結するだけに、APEC期間中のみ工場を閉鎖し「APECブルー」を演出してお茶を濁すわけにはいかない。
今年(2018)年7月には、「青空防衛戦勝利三ヵ年計画(2018~2020年)」という勇ましい名前のプランが国務院から打ち上げられた。「大気汚染防止行動計画」(2013~2017年)の続編である。
上海のわが社の工場にも頻繁に環境監査が来るなど、どうも本気らしい。
巨大な国土と14億の人民を中央政府がすべて取り仕切るのは難しい。「上に政策あれば下に対策あり」と言われ、中央の指示に地方がサボタージュすることが多かったが、最近、環境対策に不熱心な地方幹部が罷免されたと聞く。
火力発電における大気排出基準の強化
図は、先日の中国環境学会で示された火力発電における大気の排出基準値の推移である。
中国の火力発電は石炭火力が主であるが、GB13223は火力発電所におけるボイラーおよびタービンのNOx、SO2、PM(煙・ほこり)の環境規格である。
「GB13223-2011年版」は「GB13223-2003年版」と比べると、随分、厳しくなった。
これは脱硫装置の導入等、環境対策の成果であり、北京のSO2レベルは2014年に0.008ppm(2004年 0.019ppm)と東京に近づきつつある。もっともNOxは横ばい状態が続いているが。(2004年 0.035ppm → 2014年 0.028ppm)
一方、浮遊粒子(PM10)は、2014年でも 0.116mg/m³(2004年 0.149 mg/m³)と東京の4倍もあり苦戦している。(日中友好環境保全センター染野氏より)
また、「GB13223-2011年版」には、燃料別の規制値も示されており、天然ガス火力についてはNOx:50~100、SO2:35~100、PM:5~10とより厳しい規制値になっている。
さらに、河北省を含む北京周辺、上海を含む長江デルタ等を重点地域に指定し、一層厳しい「重点地域における特別規制値」が定められた。
2014年の「超低特別規制値-2014年版」は、2011年版の天然ガスの規制値をベースに「GB13223-2011年版」を超える基準が示され、石炭火力には高いハードルとなった。
中国の強権的トップダウン・アプローチ
環境規制値を達成するため、中央政府は地方政府に「目標責任制」という形で履行を迫る。地方政府幹部は、かつてはGDP成長、今は環境で人事評価される。
北京などの重点地域にある石炭火力は、環境規制値を達成すべく脱硫・脱硝設備を導入してきた。ところが、天然ガスレベルの「超低特別規制値-2014年版」がトップダウンで与えられ、旧式の石炭火力では対応が難しくなった。昨年来、小型の旧式石炭火力が淘汰され、新たに天然ガス火力の新設が増えてきたのには、こうした背景がある。
中国環境学会でお会いした北京科技大の邢奕先生は、「科学的知見や技術を配慮することなく規制値が数年毎に変わる。落ち着いて開発に取り組めない」と嘆いていた。
九州大学の堀井先生も、「暴走する中国の大気汚染対策-中国のガス不足の背景と膨らむ社会コスト」(2018/06/08)で、政府の強権的なやり方でコストを超えた環境政策が行われていると述べている。
わが国では、政府と企業が協力して、科学的・コスト的にも実現可能な環境基準値を設定し、企業が主体的に環境対策を実施するボトムアップ・アプローチをとってきた。SO2低減を例にあげると、鉄鋼業は自ら低硫黄原料へ転換するとともに排煙脱硫設備を導入し環境基準を達成してきた。
中国の場合は、経済合理性を度外視してでも、国家の強制力というトップダウンで環境政策を推進する。
このことは、あらゆる経済政策にも当てはまる。