エネルギー基本計画と石油産業

2050年の「脱炭素化」に向けて


日本エネルギー経済研究所 石油情報センター

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2050年の「脱炭素化」

 一方、徹底した省エネとダイナミックなエネルギー転換を進め、脱炭素化を目指す前提で策定された2050年のエネルギーシナリオには、石油は登場しない。石油業界にとって、2030年と2050年とではまったく異なった光景が広がるのである。
 2050年のエネルギーシナリオを描くにあたり、技術革新の可能性とその実現の不確実性を考慮して活用する技術を決め打ちせず、再エネ、蓄電池、水素、CCS、次世代原子力など多様な選択肢を視野に入れた「野心的複線シナリオ」を採用した。最新の技術動向やコスト、リスクを定期的に検証する科学的レビューメカニズムを取り入れ、「総力戦対応」でシナリオの実現を図っていくことを想定している。
 化石燃料への依存度が高い熱利用・交通システムについては、「電化や水素化等に向けた技術革新を深化させていく」ことなどを通じ、「脱炭素化を推進する」としている。その際、化石燃料利用を前提とした既存エネルギーインフラ(ガス導管やガソリンスタンド網など)の「電化・水素化したインフラへの更新」が課題になるとしている。

自動車新時代戦略会議の中間取りまとめ

 経済産業省は今年4月、「自動車新時代戦略会議」を立ち上げ、100年に一度の大変革期を迎えた自動車業界で日本が生き残るための方策を議論している。メンバーは、学識経験者や自動車メーカートップらからなる。
 その戦略会議は7月24日、議論内容の中間とりまとめを行い、2050年までに日本の自動車メーカーがグローバルで販売する乗用車をすべて「電動車」にするとの目標をまとめた。
 電動車の範囲は、バッテリー電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHV)に加え、水素燃料電池車(FCV)やハイブリッド車(HV)も含むとしている。ガソリン・ディーゼル車は販売しないとの方針が打ち出されたことになる。
 現時点では、あくまで目標で、義務ではない。具体的な方向性や手段が示されているわけでもないが、同省の公的な会議で主要自動車メーカーのトップが合意したことの意味は大きい。
 この目標に向かって国内自動車メーカーが動けば、当然、既存の内燃機関の乗用車は減っていくことになり、石油業界による乗用車への給油にも大きな影響が出てくる。

環境圧力の高まり

 乗用車の電動化100%を掲げる自動車新時代戦略会議の中間とりまとめや、2050年のエネルギーシナリオは、パリ協定が目指す2℃目標を達成するための取り組みがその中核をなしている。石油をはじめとする化石燃料産業に対する、気候変動問題を中心とする環境圧力は今後、確実に高まっていく。
 気候変動への対応は、2030年までに解決すべき人類の課題と目標を記した「持続可能な開発目標(SDGs)」にも盛り込まれている。また、投資家や金融機関の間では、環境・社会・ガバナンス(企業統治)への取り組みを重視して投資を行う「ESG投資」が世界的な広がりをみせている。
 今後、気候変動をめぐる世界的潮流や金融界からのプレッシャーによって、脱炭素化に向けた取り組みが本格化し、化石燃料の利用を極力回避する動きが出てくる可能性がある。そうなると、化石燃料への依存度が高い事業や設備は、投資回収が困難な「座礁資産」(Stranded Asset)になってしまう恐れがある。一部の投資家や金融機関からは、座礁資産化のリスクを抱える石炭関連などの事業やプロジェクトから投融資資金を引き揚げる「ダイベストメント」の動きも出始めている。
 脱炭素化に向けた技術開発は緒に就いたばかりで、その技術が実用化に至るか不透明な部分も多い。また、仮に脱炭素化技術の開発が進展したとしても、例えば、石油の需要がすぐになくなり、安定供給の必要がなくなるわけではない。そのため、リードタイムが長い化石燃料関連プロジェクトへの継続的な投資は、当面、必要になるだろう。

石油産業の取り組み

(1)再生可能エネルギー
 こうした潮流の中で、わが国の石油精製・元売り会社も脱炭素化に向けて動き出している。
 再エネ由来の電力供給では、石油業界はトップランナーである。石油各社は、製油所や油槽所の跡地を活用したメガソーラー設置に取り組んでいるし、コスモ石油と出光興産は風力発電にも積極的に進出している。
 また、昭和シェル石油は、グループ企業にソーラーパネルのトップメーカーを有しているし、出光は地熱発電に早い段階から取り組んでいる。石油各社がそれぞれの優位性を生かす形で、再エネへの取り組みを拡大していくことが期待される。

新潟県と昭和シェル石油の共同事業となる新潟雪国型メガソーラー

新潟県と昭和シェル石油の共同事業となる新潟雪国型メガソーラー

(2)水素インフラ
 FCVに燃料の水素を供給する水素ステーションへの取り組みも、JXTGエネルギーを中心に進められている。わが国の水素ステーションは、5月時点で約100カ所あるが、そのうち40カ所は同社によるものである。同社は、2020年に開催される東京五輪・パラリンピックに向け、水素供給面で東京都に協力している。
 水素技術については、エクソンモービル、ロイヤル・ダッチ・シェル、BPなどのオイルメジャーや、サウジアラビアのサウジアラムコなど産油国の石油会社も関心を示している。水素エネルギー社会では、既存の燃料インフラが活用可能ということかも知れない。
 日本政府は2017年12月、水素社会の実現に向けた「水素基本戦略」を策定した。その中で、国際的な水素サプライチェーンを構築するため、オーストラリアの褐炭、ブルネイの天然ガスを水素に改質して活用することに言及している。いずれもカーボンフリーの水素とするため、CCS技術との組み合わせが前提とされている。現時点でCCS技術の活用は経済性の面で難しいとされるが、石油生産の技術であるEOR(増進石油回収)との組み合わせによるコスト低減も考えられよう。

東京都が運行する燃料電池バス。2020 年の東京五輪・パラリンピックに向けて増備中だ

東京都が運行する燃料電池バス。2020 年の東京五輪・パラリンピックに向けて増備中だ

石油産業の将来

 創業家との調整が難航し、遅れていた出光興産と昭和シェルの経営統合がやっと正式合意し、石油業界の再編・構造改革は1つの区切りを迎えた。JXTGホールディングス、出光興産・昭和シェル、コスモ石油の3極体制ができ上がったのは、本格的な石油需要減少への対応の一環だったといえるかも知れない。
 JXTGホールディングスの杉森務社長は、日本経済新聞(7月18日付朝刊)のインタビューに「石油主体の事業体制を変える」と語り、当面、再エネ事業の強化と水素サプライチェーンの確立に取り組む姿勢をみせた。
 石油業界にとって、石油製品の安定供給は引き続き重要な社会的責務である。一方で、技術革新の進展を見極めながら、石油業界が総合エネルギー産業へと事業体制を変革し、ダイナミックなエネルギー転換と脱炭素化の担い手となることが求められているのではないか。