ドイツの電力事情
── Energiewendeとはなにか
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「環境管理」からの転載:2018年6月号)
エネルギー政策は国民生活・社会経済に与える影響が大きく、国家戦略の中枢ともいえる。
自国の資源賦存量や産業構造、気象条件や送電系統といった様々な制約条件のなかで、トレードオフの関係にある「3E(エネルギー安全保障・安定供給、経済性、環境性)」のバランスを取らねばならない。エネルギーインフラの構築には超長期の時間が必要であり、将来ビジョンを描き忍耐強く実現に向けて努力することが求められる。
エネルギーの中でも特に、「インフラ中のインフラ」といわれ、他のインフラを支える存在である電力のあり方は、社会のあり方を変えるパワーを持つものであり、その政策はまさに自分たちの社会がどうありたいかという議論にほかならない。しかしその難しさのゆえか、しばしば「正解」を欧米など他国に求める議論がみられる。日本ほどエネルギー政策の議論の中で「世界の潮流」といった言葉を多用し、他国をベンチマークすることに熱心な国を、筆者は知らない。
その中でも特に多く言及されるのがドイツであろう。製造業が盛んであることやGDPの大きさなど日本と類似点が多いこと、「自由化」、「再エネ」、「脱原発」という今の日本のエネルギー政策のキーワードを先取りしていることなどから、理想像として紹介されることが多い。しかし、前提条件の違いを無視して真似することはできないし、ドイツも成功ばかりではない。ドイツでは、「Energiewende」(エネルギー変革)をビジョンとしては評価しつつ、これまでのアプローチに対しては批判的な見方も多い。
国民生活・社会経済に与える影響が大きく失敗が許されないエネルギー政策の議論においては、先人の好事例や失敗を見極めることが必要だ。他国を過度に評価することも、逆に、自国の制約条件に逃げ込むこともなく、真摯に学ぶことが必要だろう。
これまでもドイツのEnergiewendeには注目してきたが、昨年11月、本年5月と国連気候変動交渉の会議がドイツ・ボンで開催されたため、その機会をとらえて、政府機関やシンクタンク、産業団体等へのヒアリングを行ってきた。そこで得たコメントも含めて、これから数回に分けて、ドイツの電力事情について整理したいと思う。
1.ドイツのエネルギー政策の概観
1.1 EUのエネルギー・気候変動政策
ドイツのエネルギー・気候変動政策を理解するためには、EU全体の流れを踏まえる必要がある。紙幅の関係で詳細は割愛するが、EUは加盟国の社会・経済上の利益を目的とした連合体であるため、共通政策の強制力と国家主権尊重のバランスはテーマによって異なる。
エネルギー政策は高度に国家主権にかかわる問題とされ、EU統合以降も各国の裁量に委ねられるべきテーマと考えられていた。しかし、金融・保険等に続いて、電力・ガスについても域内単一市場化を希求する動きが広がり、加えて気候変動問題の高まりや化石燃料価格の高騰、EUのエネルギー自給率低下などが、エネルギー政策についてEUの関与・権限を強めるドライブとなった。EUとして共通目標を掲げ、エネルギー市場の機能確保、域内のエネルギー安定供給の確保、エネルギー効率化や省エネルギー、再生可能・新エネルギーの開発促進などに取り組むこととなっている。
1.2 ドイツの政策
ドイツは「Energiewende」の標語の下、脱原子力・脱化石燃料、再生可能エネルギーへの転換を進めている。将来的な化石燃料価格高騰への対処やエネルギー安全保障の確保、原子力事故の危険性排除などのリスク軽減策として、また、再生可能エネルギーにかかわる新たな雇用の創出という産業政策を含むもので、「エネルギー転換」あるいは「エネルギー革命」とも訳される。後者の訳語は、単にエネルギー供給構造の転換という意味合いではなく、市民参加型の社会に向けた変革という広義の意義を含意しているといえるだろう。
本年5月、メルケル首相の属するCDU(キリスト教民主同盟)系シンクタンクでのヒアリングで、「そもそもEnergiewendeとは、オイルショックがきっかけで広まったもので、当初の目的は原油依存度を低減し、エネルギーセキュリティを向上させることにあった。再生可能エネルギーへの投資も温暖化対策ではなく、エネルギーセキュリティ向上が目的であった。チェルノブイリ原子力発電所事故を契機に、それまで学生運動・市民運動の底流にあった反原発運動と結びついて原子力からのフェーズアウトという新たな側面が加わり、1990 年代には温暖化対策の議論から、再生可能エネルギー導入への推進力が大きく働いた。Energiewendeはビジョンのミクスチャーである」とのコメントを得られたが、その時々で変化しながらドイツ国民の中に定着してきた考え方だといえる。
Energiewendeが目指すところは、2010 年に気候変動・エネルギー政策として取りまとめられた「EnergyConcept(エネルギー構想)」などをもとに数値目標としてまとめられている(表1)。
2.Energiewendeの進捗
Eneriewendeの進捗について、まずは電源構成の変化を確認してみよう。
2.1 電源構成の変化
そもそもEneriewendeは、電力だけでなく建物や運輸なども含むが、最大の関心は電力部門における再生可能エネルギーの拡大と脱原子力・脱化石燃料を進めることにある。
再生可能エネルギーが発電電力量全体に占める割合は順調に増加しており、Agora Energiewendeの報告書注1)によれば、前年比約4%増の33.1%に達したとされる(図1)注2)。
2.2再生可能エネルギーのコスト低下
これだけ再生可能エネルギーの比率を向上させることができた背景には、再生可能エネルギーのコスト低減に成功したことにある。図2はドイツ・フランホーファー研究所の報告書によるものであるが、2006年からドイツの屋根置き太陽光発電の価格は、年平均13%で低下したことが示されている。ドイツが先進的に再生可能エネルギーの普及に取り組んだことにより、世界の再生可能エネルギーのコストは大きく低下した。
フランホーファー研究所が本年3 月に出した報告書「Study: Levelized Cost of Electricity -Renewable Energy Technologies」注5)では、ドイツで2018年の第一四半期における各電源のLCOEコスト比較が行われている。図3に示す通り、規模の大きな(Utility scale)太陽光発電と陸上風力発電は、化石燃料含めた多様な電源の中で最もコストが安くなっていることがわかる。
同報告書にも指摘されている通り、化石燃料を利用する発電所のコストは稼働時間や炭素価格等の条件によって、再生可能エネルギーのコストは投資コストや日照・風況といった地域の特性などによっても大きく変わる。しかし太陽光や風力発電といった分散電源が顕著なコスト低下を示していることは確かである。
2017年4月に行われた洋上風力の補助の水準を決定するための競争入札については、落札価格0ユーロ・セント/kWhという結果となり、既に洋上風力は補助金を必要としないと大きく報じられた。その理由として、送電網増強に必要なコスト負担については発電事業者ではなく電力消費者が負担していることや、今後の電力価格の上昇(石炭火力や原子力発電所の廃止等)や風力発電の大型化による価格低下の進捗に期待した入札価格であり、落札したプロジェクトを実施しなかった場合のペナルティがゼロかほとんどないことに乗じた「ギャンブル」と評する向き注6)もあることには留意が必要であるが、再生可能エネルギーのコスト低下が大きく進展していることは間違いがない。
世界各国で再生可能エネルギーのコストが低下している背景には、学習効果・量産効果による設備製造コストの低下がまず挙げられる。先述したドイツ・フランホーファー研究所の報告書「Recent Facts About Photovoltaics in Germany」でも、太陽光発電のコストの半分を占める太陽光モジュールについて、「累積導入量が倍になるごとに価格が24%低下した」と言及されている。
しかし、再エネ設備の製造コストだけでなく、工法の習熟による最適化等によってコスト全体を低減させる必要がある。そのためには、コスト低減に向けたインセンティブを付与する必要があり、ドイツは再生可能エネルギー法(EEG)を数次にわたり改正して、競争原理を強めてきたのである。
競争原理が働きづらいという点で、固定価格買取制度についてはドイツ国内でも批判の声が強い。昨年11月に行ったドイツ産業連盟(BDI)でのヒアリングでは、再生可能エネルギーの導入政策について
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- FITの経験からのアドバイスはオークションを使うべきであり、規制された補助金によるべきではないということ。日本のFITは高すぎる。
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- (再エネ補助を必要としない)マーケットへの統合が重要。ドイツがいつ補助から「卒業」できるかはわからないが、せめて予見はできるべき。(筆者注:ドイツ政府は2023年にはFITの負担は減少に転じるとしているが、これまでも何度もFIT負担が減少に転じるとの予測が裏切られてきたため、この予測も外れるのではないかとの懸念が強いとのこと)
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- 米国のエネルギーコストは大きく低下しており、エネルギーコスト格差が拡大してしまうことはドイツの産業界にとって大きな脅威。
また、本年5月に行った連邦ネットワーク庁に対するヒアリングでは、 - ●
- FITの下では、発電事業者は発電設備をつくるだけで、あとは設備が発電するに任せるだけであった。電力需要がどの程度あるかも全く考慮しないで発電してしまうことは大きな問題。市場価格にプレミアムを付与するFIPのほうがスマートなシステム。
といったように、再生可能エネルギーのコスト導入量を増やすという点では成功したが、決してそれは効率的になされたものではないという反省が聞かれた。全量固定価格買取制度から、量を定めた買取、入札制度などに変更してきたドイツの経験と反省をこそ、わが国は活かして、ドイツの倍、諸外国の数倍に高止まりしている再生可能エネルギーのコスト抑制を図るべきであろう。
もう一つ重要な点は、再生可能エネルギーのコストを考えるときに、均等化発電原価(LCOE:Levelized Cost of Electricity)だけで議論してきたことへの反省であろう。電源ごとの建設単価や燃料費、社会的コストといった発電所の生涯で必要なコスト全体を、想定される生涯発電量で除して求められるLCOEは、技術のパフォーマンスを評価するには適しているとされるものの、ネットワークコストは全く考慮していない。
太陽光・風力はkWh価値しか提供できないので、「必要とされる以上に発電してしまう時間帯」が多くでる。①他の電源から順に発電を抑制するにしても最終的には再エネの発電を抑制する、②どこかに流す、③貯める、のいずれかが必要になるが、①は再エネの稼働率を押し下げてしまうし、③は蓄電技術の進歩が必要だ。現状では送配電網を強化してどこかに流すことが必要だが、それには莫大なコストがかかる。
ドイツでいま、さらなる再生可能エネルギー導入にあたっての最大の障壁とされているのは、南北送電線の建設が遅延していることである。北部に大量に導入された風力発電による電気を南部に運ぶ送電線の建設が、住民の反対等によってほとんど進んでおらず、地中化すればコストが増大することが懸念されている。
本年5月に連邦ネットワーク庁に対して行ったヒアリングで、個人的な見解としながらも、「再エネの導入拡大しか考えず、送電線のことを頭に入れていなかったのは、歴史上最も大きな過ちだった」とのコメントが聞かれたが、拙稿「日本の再生可能エネルギー普及を『真面目に』考える(2)」でも述べた通り、電力システム全体の最適化維持と全体コスト低減のためには、電気料金、託送料金、市場の仕組みを総合的に設計する必要がある。再生可能エネルギーの導入量だけを見た議論は、電力システム全体の中で「木を見て森を見ず」となることがドイツの経験からの学びであろう。
- 注1)
- Agora Energiewende “Key aspects of the 2017power markets”
https://www.agora-energiewende.de/fileadmin/Projekte/2018/Jahresauswertung_2017/Energiewende_2017_-_State_of_Affairs.pdf
- 注2)
- なお、同じく2018年1月、ドイツのFraunhoferInstituteからも
“Power generation in Germany–assessment of 2017”が発表されているが、ここではAgora Energiewendeのデータを引用することとする。
- 注6)
- Handelsblatt global “Gambling With the Wind”
https://global.handelsblatt.com/companies/gambling-with-the-wind-766249