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汎用目的技術の進歩による
地球温暖化問題解決への展望について


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


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4.温暖化対策を直接の目的としたイノベーション推進における政府の役割

 エネルギー技術進歩をもたらすための政府の役割としては、研究開発補助金等によるテクノロジー・プッシュと、設備導入補助金等によるデマンドプルが必要である。これは経済理論的には二つの外部性に対応するためと整理される。第一は環境外部性である。第二は専有可能性である。後者について補足する。技術開発の費用は一企業が負うが、技術開発の便益は社会全般に広まる。このため、政府介入がなければ、企業の技術開発投資の総計は、社会全体からみた望ましい水準を下回る。このために、特許の保護、研究開発補助金の拠出、研究開発減税、設備導入補助、ニッチ市場づくりのための規制等の政府介入が正当化される、という理論である (Sorrell, 2015 )(OttmarEdenhofer, 2014)(Global Energy Assessment, 2012)(Mazzucato& Semieniuk, 2017 )。加えて、エネルギーという財の、他の財には稀な特徴として、既に既存の安価な製品が存在している上に、そこから製品を差別化することも難しい(例えば、電気は何からつくっても同じ電気である)ので、私企業に任せていただけでは、なおさら新規の技術開発がなされにくいことがある(Alic & Sarewitz, 2016)。米国のベンチャーキャピタルのもとでは、ソフトウェアなどの他産業に比べて、革新的な太陽電池やバイオ燃料等の温暖化対策技術開発事業の成功率は著しく低かったとされ、このエピソードもこの分野においては政府の継続的な支援が必要であるという論拠を与える(Gaddy,Sivaram, Jones, & Wayman, 2016)。

 ただし、技術開発政策においては、政府の失敗を避ける必要がある。まず政府は技術の選択に成功するとは限らないため、既存技術に偏重することなく広範なポートフォリオを持つ必要がある(Kverndokk &Rosendahl, 2007)が、実際には特定の政治的利益に囚われることがある(Linda R. Cohen, 1991)。また、政府が費用効果的な対策を実施できず、国民経済に多大な負担を課する可能性がある(朝野賢司, 2011)。日本の再エネ全量買い取り制度はこの点において失敗であった。政府が研究の優先順位を決定する場合、科学技術的な検討の犠牲のもとに政治的配慮が重んじられるようになると、科学技術の進歩は阻害される。さらにはそのようにして決定された仕事に研究者が囚われて、研究資源がクラウディングアウトされることとなって、経済全体における研究活動の生産性が下がる(Patrick J Michaels,2013)。
 なお、専有可能性の問題については前述のような理論があり、また現実に政府による技術開発支援は広く実施されているものの、この妥当性には批判もある。 その第一は、政府介入が成功したという実証的な証拠が乏しい、というものである。仮に成功したようにみえていても、偶々政府が巨額の投資をしたことと技術進歩が起きたことが同時に起きているだけで、因果関係はないのかもしれない。あるいは、政府がその予算を官僚的に使う代わりに、民間が利潤動機で使ったほうがかえって技術が進歩した可能性も考える必要がある。
 第二の批判はやや複雑である。まず、科学技術を模倣し利用するためには、自ら研究開発をしなければならないので、模倣といえどもコストは決して安くない。そして、当該分野に貢献し、研究のネットワークのメンバーとして認められない限りは、結局その科学技術を使いこなせるようにはならない。すると、科学技術は無料で模倣できる公共財ではなく、費用を負担しなければ利用できないクラブ財であるという側面がある。この場合は専有可能性の問題はかなり和らぐことになる。実際に、どの企業も多くの研究開発投資をしており、さらに企業の研究者でも学界において成果を発表し意見交換をしていることが、この見方を裏付ける。このような活動が活発ならば、政府の関与はそれほど必要でなくなる(Kealey& Ricketts, 2014)(Kealey, 2013)(マット・リドレー, 2017)。

 技術開発の国際協調については、各国は技術開発を国益と考えて推進するため、自然と国際協調が芽生えるという特徴がある。このようにして、排出削減交渉やカーボンプライシングが典型的に直面する共有地の悲劇の問題からは解放されている(Fischer,Greaker, & Rosendahl, 2017)(Faehn & Isaksen, 2016)(Lachapelle,MacNeil, & Paterson, 2017)(杉山大志, 2017c)。例えばブラジルは国益としてバイオ技術開発と技術移転を推進した(Favretto, Stringer, Buckeridge, & Afionis, 2017)。また国際条約とは無関係に新興国への技術移転は進んだ。新興国政府は技術の吸収に熱心であり、私企業も競争力確保のために技術移転を盛んに行ったためである(Glachant & Dechezleprêtre, 2016 )。これに対してEU ETSの技術開発への効果は限定的だった(Calel& Dechezleprêtre, 2016)。諸国政府は、ICTなどの汎用目的技術の推進により、経済便益を含む多くの社会的課題の解決を目指しており、温暖化問題はそのような社会的課題の一つと位置付けられている(OECD, 2017)。

 なお、温暖化対策イノベーションを促すための投資には、他の政策課題とのシナジーのみならず、トレードオフもあるので、配慮が必要である。大規模な温室効果ガス排出削減のための巨額の投資は、コベネフィット、つまり他の政策課題とのシナジーを実現しつつ可能であるという考え方が、しばしば主張される(IPCC,2014)(Kennedy & Corfee-Morlot, 2013)。しかし、多くの場合に、トレードオフも存在する。例えば新たなエネルギー技術導入のために、逆進性のある形で生活費が高くなり、貧困問題が悪化する危険が指摘されている(Herrero, Strengers, & Nicholls, 2018)。また、都市計画は温暖化対策と密接に関わり、そこでは政府の役割が重要になるが、多様な利益とのトレードオフがあるために、温暖化対策を理由として大規模な変革をすることは難しく、漸進的なインフラの改善がみられる傾向にあるという(Monstadt & Wolff, 2015)。

5.汎用目的技術イノベーションの推進における政府の役割

 以上はいわゆる温暖化対策技術の推進に関する議論であったが、前述したように、今後は、汎用目的技術の進歩がますます急速になり、多くの優れた温暖化対策の技術イノベーションがそこから派生するという構図で現れることになるだろう。このため、政府の役割としては、地球温暖化という単一の政策目的を追求する技術開発だけではなく、むしろ汎用目的技術を核として科学技術全般を推進することが重要であり、そのための制度設計が望まれる(杉山大志, 2017d)(Sugiyama & Laitner, 2017)。そこでは、基礎研究の推進によって全く新しい技術の開発を促すこと(Shayegh, Sanchez, & Caldeira, 2017)、多彩な分野の技術を持った大小様々な企業の蓄積からなるイノベーション・エコシステムが活発に活動できるような経済環境をつくること、等が重要である(Tassey, 2014)。最後の点については、温暖化対策が、かかる経済環境の形成を阻害しないように配慮が必要である。日本では再エネ全量買取制度を実施した結果、電気料金が高騰した(朝野, 2017)。これは企業の経済活動に悪影響を及ぼすものであった。
 今後もこれまで同様、汎用目的技術を核とした科学技術全般の進歩によって、所得向上を筆頭として、人類のあらゆる福祉の向上が期待されている(WIPO, 2017)(WorldBank, 2016)。なおICTはGDP向上をもたらしていないという意見もあるが(Šmihula, 2009)、これには現在のGDPの計測上の課題が指摘されている(Mandel,2012)。他方で平均寿命等の多様な指標によって測定される福祉水準は確実に向上している。温暖化問題については、汎用目的技術の進捗のペースが、温暖化対策技術及びそれによる排出削減の進捗のペースを大きく規定することになるであろう。このタイミングを見通すことは難しいが、2050 年までには温暖化対策は安価なものになり、諸国はその実装に大きな不都合を感じなくなって、温暖化問題は解決に向かうといった相場感を個人的に持っている。

6.地球温暖化問題の技術的解決

 科学技術のシステムは、産業組織、政治組織、法制度等と複合的な社会・技術の複合体を形成しているため、温暖化対策のためには社会・技術全体を一体として変容(トランスフォーメーション)させることが必要であるとする意見があり(Geels, Kern, et al., 2016)(Geels, Berkhout, &Van Vuuren, 2016)、特に欧州ではこの考え方に立脚した論文が多い。しかしこのような社会・技術全体の変容を国や国際社会で意図的に成功させた先例はなく、その難しさが指摘されている(Sorrell, 2015)。
 それにしても、社会・技術全体を変容させるというと、ソ連型の共産主義を彷彿とさせ、成功しないのみならず、自由や民主といった、より重要な価値が危険にさらされる気がして空恐ろしさを感じる。
 そこで別の考え方を紹介する。まず、社会・技術全体というのは、複雑なあまり、どのように動作しているのか理解すること自体が困難であるし、ましてそれを意図的に制御して思い通りにすることは現実にはできず、またそうしようと思っても、意図せざる結果を招いてかえって問題を引き起こす。このため、政府は社会・技術全体を変えようなどというところまで深入りしないで、技術開発の推進によって温暖化対策のコストを下げることに資源を集中すべきである、という考え方である(Alic &Sarewitz, 2016)。筆者はこちらに賛同する。
 1970 年前後の公害のときにも、経済成長が問題の根源であり、「成長には限界がある」といった考え方があって、くたばれGDPといった標語もあった。だが結局、公害問題については、受容可能なコストでの技術が開発され普及したことで、概ね解決してきた。地球温暖化問題についても、同じような「技術的解決」が可能であると筆者はみている。社会・技術全体を変えようという考えに崇高な使命感や高揚感を抱いている人々も多いように見受けられる。だがそのような方法は、地球温暖化問題自体よりも遙かに難易度が高いのみならず、深刻な弊害を招くことを危惧している。あらかじめ社会・技術を設計して、その偉大なる計画に沿って社会と技術を変えるという考え方は、危険すぎて賛同できない。もちろん、技術が進歩した結果として社会は変わる。だがそれは、自律的に共進化する(従って何が飛び出るか予測できない)技術の進歩に合わせて、社会が変わっていくのである(この考えはブライアン・アーサーが経済とは技術の表現であるといっているのと同じである(ブライアン・アーサー, 2011))。そして、温暖化対策技術が安価にさえなっていれば、どのような社会に変わったとしても、温暖化問題を解決することはできる。

参考文献(PDF)



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