ついに始まったEVシフト
―石油需要のピーク早まる―
橋爪 吉博
日本エネルギー経済研究所 石油情報センター
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2017年9月号からの転載)
はじめに
欧州で電気自動車(EV)シフトの嵐が吹き荒れた。
まずフランス政府が7月6日、2040年までにガソリン車とディーゼル車の国内販売をやめる方針を表明した。気候変動対策の国際的枠組み、パリ協定が発効し、二酸化炭素(CO2)排出削減計画の一環として実施する。
その後、同月26日には、英国政府が大気汚染対策の一環として、同じく2040年までにガソリン車とディーゼル車の国内販売を禁止する方針を打ち出した。
世界最大の自動車市場である中国でも、環境規制や税制面などでEVを優遇し、自動車メーカー各社はEVシフトを迫られている。
英仏両政府は、表明時点で具体的な規制内容や今後のスケジュールを明らかにしておらず、先行きは明確とは言い難い。また、EV自体も現時点では、ガソリン車と比べて短い航続距離、充電ステーションの整備問題など解決すべき課題が山積しており、完全なEVシフトが実現するかは不透明な部分も多い。
しかし、英仏両政府が国家の意思としてEVシフトを打ち出した意味は大きく、今後各方面に大きな影響を与えることになろう。
本稿では、EVシフトの背景を分析するとともに、課題、影響について検討したい。
EVシフトの背景
(1)パリ協定の主催国
フランスのユロ環境相は7月6日、先進国の政府として初めて、内燃機関自動車の販売禁止方針を表明した。世界の石油需要の約45%を占める自動車用燃料消費(国際エネルギー機関の世界エネルギー展望)については、従来から燃費の改善が図られてきたものの、今後も途上国を中心に需要増加が見込まれ、電動化以外に有効なCO2排出削減の手段は見当たらない。そのため、車由来のCO2排出を劇的に削減するには、政府主導で規制をかけ、EVの導入を推進するしかないということだろう。
発表のタイミングは、パリ協定脱退を表明したトランプ米大統領も参加して7月7日から開催されたG20首脳会議(ドイツ・ハンブルグ)の前日で、同月13日からは同大統領のフランス訪問も控えていた時期だった。パリ協定を採択した2015年末のCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)ホスト国として、マクロン仏大統領はトランプ氏のパリ協定脱退表明に対抗する姿勢を示しており、トランプ氏訪仏前のEVシフト表明はマクロン氏の国際的リーダーシップを際立たせることになった。
(2)大気汚染とディーゼル車不正
一方、英国のゴーブ環境相が表明したガソリン車とディーゼル車の国内販売禁止方針は、大気汚染対策の一環。中国やインドなどの途上国だけでなく、欧州の主要都市でも、窒素酸化物(NOx)や粒子状浮遊物質(PM)などによる大気汚染が大きな社会問題となり、英国では大気汚染に関連して年間約4万人が死亡しているとされる。ただ、そうした大気汚染対策を約20年がかりで実施するのは、実に悠長な話ではある。
日本では、石原慎太郎氏が東京都知事時代、ディーゼル車規制を実施したため、ディーゼル車に対するイメージは良くない。しかし欧州では、ディーゼル車の燃費がガソリン車より約20%良いこともあって、ハイテクかつクリーンなイメージがあり、欧州の自動車メーカーはガソリン車よりディーゼル車に強かった。そのため、独フォルクスワーゲン(VW)による米国での排ガス不正が発覚した2015年9月以前は、欧州の新車登録はディーゼルの方が多かった。
しかし、これ以降、欧州自動車メーカーの排ガス不正が相次いで発覚している。エンジンの構造上、大気汚染(排ガス)対策と温暖化(燃費)対策は一般に、トレードオフの関係にある。排ガス規制と燃費規制の双方の強化が進む中、欧州の自動車メーカー各社は壁に突き当たっているように思われる。そうした意味から、内燃機関自動車に対する不信感、限界感が出てきたのかも知れない。
(3)温暖化対策と公害対策欧
州連合(EU)では法制上、CO2は有害汚染物質とされているので、温暖化対策と大気汚染対策の違いを強調しても、あまり意味がないのかも知れない。
しかし、日本では、従来から比較的明確な仕分けが行われており、自動車業界や石油業界を含めた産業界では、温暖化対策と大気汚染対策は別個の対策と認識されてきた。
日本では、法制上、NOxや硫黄酸化物(SOx)などの大気汚染物質については排出規制があり、民間企業はその順守を義務づけられている。しかし、CO2に排出規制はなく、温暖化対策については民間企業に協力の責務があるだけである。大気汚染は国民の生命や健康を害するものであり、原因と被害の間には、法的な因果関係が成立している。これに対し、温暖化対策は、科学的にはCO2など温室効果ガスとの因果関係が説明されているが、法的に因果関係が立証されているわけではなく、将来における被害の蓋然性を前提に、予防原則に基づく対策を実施しているに過ぎない。すなわち、科学的な実証はともかく、温暖化のリスクはあまりにも大きいため、できるだけの予防措置はとっておこうとする考え方である(表1)。
わが国の石油業界が、石原慎太郎都知事(当時)の要請に基づき、サルファーフリー(ガソリン、軽油に含まれる硫黄分を10ppm以下まで低減すること)を実現したのも、川崎、名古屋、兵庫・尼崎などの沿道の健康被害者を前にして、最優先課題と認識したからだった。ただ、サルファーフリーのガソリンと軽油を製造するにあたり、製造過程のCO2排出量は間違いなく増えている。