パナソニックが南オーストラリア州救う?

再エネ大量導入には適切な蓄電装置が必須


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2017年5月号からの転載)

 米電気自動車(EV)メーカーのテスラは、イーロン・マスクCEO(最高経営責任者)の従兄弟のリンドン・ライブ氏が社長を務めていた関係会社の米ソーラーシティを買収し、EVの蓄電池と太陽光発電設備とのシナジー(相乗効果)によるビジネス拡大を狙っている。ライブ氏は現在、テスラのエネルギー部門の責任者になっている。
 マスク氏はロケットの打ち上げなどを行うスペースXも経営。昨年末、同社従業員が米ロサンゼルス郊外の会社前の横断歩道でトラックにはねられる事故があったことから、会社からロサンゼルス空港までトンネルを掘る事業を始めるとツイートし、注目された。
 マスク氏は、トランプ米大統領の経済諮問会議の委員に就任したことから、政府予算の対象である宇宙事業に関わっている経営者として“問題ある行動”と非難されたが、ツイートを多用するところはトランプ大統領と似ている。
 最近のツイートでは、風力発電設備の導入が進む豪州南オーストラリア州に自社の蓄電池を導入し、停電防止に協力するとした。このツイートをきっかけに、マスク氏と豪連邦政府のターンブル首相が電話で話をするまで蓄電池話は発展している。
 テスラの蓄電池はパナソニックが参加している米ネバダ州のギガファクトリーで製造されるので、実現すればパナソニックの利益にもつながることになる。それにしても、なぜ、同州の停電問題にマスク氏が乗り出してくることになったのだろうか。
 背景には、昨年9月に同州全域で発生した大停電がある。この停電の原因は、発電量が天候に左右される風力発電にあると指摘されており、マスク氏は、蓄電池を導入すれば風力の発電量を安定化できると主張している。

停電に悩む南オーストラリア州

 豪州は“石炭の上に浮いている大陸”と呼ばれることがあるほど、石炭資源に恵まれている。石炭火力発電(褐炭を含む)の比率は最近減少しているものの、それでも総発電量の60%以上を占めている(図1)。そんな豪州のなかで、天然ガス火力と風力を主体に電力供給を行っているのが南オーストラリア州である。人口170万人の8割近くは州都アデレードに居住している。面積は日本の約2.5倍。豪連邦政府は自由党と国民党の保守連合が2013年以降、政権を担っているが、同州の政権は労働党が担っている。

 労働党政権は、温暖化問題に対処するため再生可能エネルギーを積極的に導入する政策を採っている。再エネの比率を25年に50%にする目標を掲げており、すでに15年度時点で同州の総発電量の43%は風力主体の再エネとなっている。火力の比率が高い豪州で、再エネ比率がずば抜けている。
 同州の最後の石炭火力は15年5月に廃止されたので、風力以外の大半は天然ガス火力だ。不安定な電源である風力発電を利用するには、風力の発電量に合わせてバックアップ電源の天然ガス火力の発電量を調整する必要がある。ところが、導入拡大で風力の発電量が増えるに連れ、調整が困難になる事態が露見したと報じられている。
 同州では時々停電が発生していたが、昨年9月の嵐を契機に全州が停電する事態に陥った。嵐で一部送電線の能力が失われたことが、風力発電設備の停止につながり、全州の停電に至ったとされる。
 50年に一度と言われる激しい嵐が同州を襲ったのは、昨年9月28日のこと。同日午後の早い時間は風量が多かったため、同州の風力発電設備(容量158万kW)のうち120万kW分が稼働していた。風があまりに強い時(風速25m/秒を超える時とされる)は、タービン翼の損傷を防ぐため運転を停止する設備が出てくるため、発電量は大きな変動を繰り返していた。
 その後、約39m/秒超の強風でアデレード北部の送電鉄塔が倒壊し、高圧送電線の能力が失われた。瞬時に風力の発電量が26万kW減少し、同州と隣のビクトリア州を結ぶ唯一の州間の送電線に、失われた分の過剰な負荷がかかった。州間送電線は損傷を防ぐため送電を停止し、電圧が低下した。
 風力発電設備にはタービンの損傷を防ぐため、電圧の低下が発生した場合に運転を停止する機能が付いている。南オーストラリア州の風力発電設備は瞬時に発電を停止し、州全域が停電することになった。この停電による同州の経済的損失額は3億6700万豪ドル(約310億円)に達すると経済団体は発表している。
 同州ではその後も停電が発生しており、今年2月中旬には気温が40℃を超えて電力需要が急増し、停電が発生した。この停電の原因も、風力からの発電量が落ち込んだ時の対処が難しかったためと言われている。
 停電の発生原因について、豪連邦政府は、不安定な風力発電の設備容量が過大なためとしているが、同州政府は電力システムが適切でないためであり、再エネが原因ではないと主張している。事実関係をみる限り、総発電量に占める風力の比率が高いとバックアップ電源の対応が困難な状況にあるように思える。
 風力が引き起こした問題は停電だけではない。豪州では、国際商品である天然ガスと石炭の価格上昇に伴い、電力の卸価格の上昇に見舞われた。その際、再エネ依存率が高い南オーストラリア州では価格変動が激しくなり、昨年7月には卸価格が、瞬間的に数百倍高騰し、1kWh当たり14豪ドル(約1200円)に達する事態に陥った。昨年4月以降の月平均の卸価格の推移は図2の通り。

 こうした事態を解決しますと乗り出てきたのがテスラのマスク氏だった。

蓄電池を売り込む

 今年2月の停電後、マスク氏は「南オーストラリア州の問題を解決するため、10万kWの蓄電池を契約後100日以内に設置する。100日以内に設置できなければタダにする」とツイートした。
 このツイートが大きな反響を呼び、マスク氏は、同州政府首相、豪連邦政府首相と電話で話をすることになった。さらに、ウクライナの首相もツイッター経由でマスク氏にコンタクトした。
 マスク氏によれば、テスラがパナソニックと共同操業するギガファクトリーから出荷可能とのことだ。従兄弟のライブ氏によると、10万~30万kWまでの蓄電池を設置できるとのことで、設置コストは10万kWの設備で6600万ドル(米ドルか豪ドルか不詳)とのことだ。テスラは最近、カリフォルニア州でも8万kWの蓄電池を送電網に設置したが、工事期間は90日、費用は1億ドル(約110億円)と言われている。ただ、蓄電池を送電網に設置する場合、送電線安定化の費用も必要になるため、合わせると蓄電池のコストの数倍の費用が必要になるとの指摘もある。
 豪政府は、蓄電池に加え、蓄電装置としての揚水式発電所建設の検討にも着手した。再エネの大量導入には、適切な蓄電装置がなければ、電力の卸価格が上昇し、最悪の場合は停電が発生することも念頭に置く必要があることを、同州の事例は示している。