トランプ次期米大統領
テスラとパナソニックの運命を変えるのか
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2017年1月号からの転載)
トランプ次期米大統領の誕生により、ニューヨーク株式市場では大きな動きがあった。注目されたのはエネルギー関連の株式だ。大統領選翌日の11月9日、再生可能エネルギー関連の株価は下落した。トランプ氏が、石炭を中心とする化石燃料の支援を明らかにしているため、再エネ支援策を打ち切るのではないかとの懸念から、株価が下落した。一方、石炭関連の株価は大きく上昇した。
太陽光パネルメーカーのトリナソーラーの株価は10.46ドルから10.22に下落。海外市場でも、風力発電設備メーカーのヴェスタスの株価が2日間で、515デンマーククローネ(DKK)から429.3DKKまで下落した。一方、経営破綻して再建中の石炭会社ピーボディ・エナジーの株価は8.55ドルから14.80ドルに急騰した。
さらに自動車関連株でも動きがあった。GM、フォードの株価は上昇したが、米電気自動車(EV)メーカーのテスラモーターズは下落した。米環境保護庁が、2025年までに1ガロン(約3. 8ℓ)当たり55マイル(約89㎞)を目指し強化すると見られていた燃費規制が、トランプ政権下では実施されないとの見方が浮上したためだ。燃費が悪いものの利益率が高いトラック、SUVを得意とするGM、フォードは今後、収益増になる可能性があるとみた投資家の買いが入ったようだ。
いま、EVを購入すると、連邦政府から最大7500ドル(83万円)の税還付が受けられる。納税額が7500ドルに達しない場合には、納税額までの還付になる。トランプ氏は連邦政府の補助制度を打ち切る可能性があることから、テスラの株価は下落した。
同社は米大統領選前から、米国最大の太陽光パネル設置事業者ソーラーシティの買収を計画しており、再エネに否定的とみられるトランプ氏が次期大統領に決まり買収の行方が注目された。11月18日に行われたテスラの株主による投票では、圧倒的多数の賛成を得てソーラーシティの買収が承認された。テスラの株価はその後上昇していることから、市場ではトランプ次期大統領の誕生にかかわらず、取り組みが好意的に受け取られたようだ。
トランプ氏の政策がテスラに影響を与えるならば、ニューヨーク州に建設されるソーラーシティの新工場で太陽光パネルの製造を行うことで合意しているパナソニックにも少なからず影響が及ぶことになる。テスラとソーラーシティの合併は、トランプ大統領誕生の影響を受けるのだろうか。
テスラのソーラーシティ買収のシナジー
ソーラーシティは2006 年、カリスマ経営者として名高いテスラCEO(最高経営責任者)、イーロン・マスク氏の従兄弟であるピーター・ライブ氏とリンドン・ライブ氏により設立された。マスク氏もテスラの株式22%を保有し、同社会長を務めている。そのマスク氏が設立しCEOを務める宇宙旅行会社スペースXとソーラーシティが、テスラの兄弟会社とされている。
米国の太陽光発電市場は図1の通り成長しているが、事業者の業績は低迷している。ソーラーシティは、2016 年の設置予想量を100万kW以上と想定していたが、すでに90万~100万kWに下方修正されている。2012年の株式公開以降、四半期決算で黒字になったことが3回しかない。
競争が激しい太陽光関連企業の資金繰りは厳しく、ブルームバーグによると、2010年以降の太陽光関連企業の借入総額は2000億ドル(22兆円)に達し、同期間に減少したキャッシュフロー額は30億ドル(3300億円)に達するとのことだ。ソーラーシティも同様の問題に直面しており、2016年3月にはスペースXが9000万ドルの株式を引き受け、資金調達を行った。
一方、テスラも赤字傾向が続いている。2016年第3四半期決算は2200万ドル(24億円)の黒字となったが、会社設立以来、2回目の黒字という状況だ。
こうした状況を打開するため、マスク氏は、テスラによるソーラーシティの買収を2016年6月に提案する。最大28億ドル(3100億円)を使って買収し、テスラと合併させる案だ。
企業の買収や合併では、シナジーが重要視される。シナジーは「相乗効果」と訳されることが多いが、要は、両社に共通する事項だ。例えば、製品、技術、市場、が共通するのであれば、合併後の相乗効果は期待できる。
マスク氏は、合併のシナジーを、蓄電池を搭載したEVを太陽光パネル設置顧客に販売したり、テスラのEV購入検討のためにディーラーを訪れる年間300万人に太陽光パネルを販売したりするワンストップサービスが可能と説明した。ただ、EVの購入者に太陽光パネルを売ることにはほとんどシナジーはないと批判的な意見も多かった。
テスラは現在、パナソニックと共同で50億ドル(5500億円)を投資し、ネバダ州にギガファクトリーと呼ばれるリチウムイオン電池工場を建設中だ。また、ソーラーシティがニューヨーク州バッファローに建設予定の太陽光パネル工場の操業をパナソニックに任せることで、法的拘束力のない覚書を締結したことも2016年10月に発表された。
こうしたさまざまな策が功を奏したのか、ソーラーシティの買収は利害関係者を除くテスラ株主の85%以上の賛成により承認された。その後のテスラの株価推移を見ると、この決定は市場には好意的に受け取られたようだ。しかし、大統領選でトランプ氏が当選したことから、テスラとソーラーシティの合併会社の先行きに政策変更に伴う不透明感が出てきた。
トランプ政権は再エネビジネスを変えるか
米国はいま、中国に次ぐ世界2位の風力発電設備保有国になり、太陽光発電設備でも第4位になっている(図2)。米国で風力、太陽光発電設備の導入が進んだ大きな理由は、連邦政府が2005年に導入した税額控除制度にある。2015年末に米議会は期限を迎えたこの制度の延長を決めた。
太陽光発電には、30%の投資税額控除がさらに3年間適用され、その後減額されるものの2022年以降は10%が適用される。風力発電に適用される2.3セントの生産税額控除は2017年に建設される事業から20%への減額が開始され、2020年まで毎年減額されることになった。
再エネに関心が薄いトランプ氏が税額控除額の見直しなどを行うと、再エネ設備の導入量は大きく落ち込むと予想され、ソーラーシティの事業にも大きな影響があると思われる。パナソニックも影響を受けることになるだろう。
再エネ制度については共和党議員の中にも支持者が多いため、トランプ氏が制度を変えることは難しいとの意見も根強い。トランプ氏はどう出るのだろうか。出方によっては、パナソニックも影響を受けるかもしれない。