米国大統領選挙に揺れたCOP22を振り返る
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「環境管理」からの転載:2016年12月号)
米国大統領選挙の結果、事前の大方の予想を覆し、共和党トランプ候補が圧勝した。また、同時に行われた議会選挙の結果、共和党が上下両院ともに過半数を占めることとなった。エネルギー・環境政策については選挙期間中もメインイシューにはなっておらず、今後の政策を占うに十分な手掛かりがあるとは言い難いが、新政権が気候変動対策に積極的ではないことだけは明らかだ。昨年のパリ協定採択に大きな役割を果たした米国の方向転換が確実視されるとあって、協定発効に湧いていたCOP22の会場も冷や水を浴びせかけられた格好だ。交渉関係者は冷静さを保っていた印象ではあるが、NGO関係者などからは多くの不安や批判の声が聞かれた。
トランプ氏は強いアメリカを取り戻すことを公約として掲げ、国内の石炭・石油産業を保護し、エネルギー自給率を高めていくとしている。EUもエネルギー政策のプライオリティをエネルギー安全保障に置き、米国とのエネルギー価格格差に対しても神経をとがらせている。米国も欧州も、気候変動という地球規模かつ科学的な不確実性の高い課題に取り組むよりも、目の前に確実に存在する国内経済や外交についての課題に対処し、足元を固めることを望む大衆の声が勝ってきているのだろう。翻って考えるに、エネルギー自給率わずか6%の日本で、そのことへの問題意識があまり聞かれないことには、強い危機感を抱かざるを得ない。
トランプ氏がどのような政権運営を行うのか、まずは冷静にその舵取りを注視すべきであり、今後の米国のエネルギー・環境政策がどう動くかを語るには時期尚早であるが、選挙期間中の発言や選挙後の動きから、今後想定される米国のエネルギー・環境政策を占うとともに、わが国のとるべき影響などを俯瞰したい。
共和党の方針
今回の注目点は、大統領選挙でトランプ氏が勝利したことに留まらず、上下両院ともに共和党が過半数を占める結果となったことにあるだろう。
共和党のエネルギー・環境政策を、その政策プラットフォーム(RepublicanPlatform2016:選挙向けの政策綱領注1)から確認してみる。エネルギー・環境政策については、第3章に取り上げられている。「Our country has greater energy resources than any other place on earth.(我々の国は地球上のどの場所よりエネルギー資源に恵まれている)」という書き出しで始まるこの章において、米国の緊急の要請である国家安全保障に比べて気候変動は劣後するという方針が明示的に示されている。
具体的には、
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- 化石燃料資源の利用拡大推進( 低所得世帯に安価なエネルギーを供給すべき)
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- 民主党オバマ政権のクリーンパワープランに対する批判。石炭は国内に豊富に賦存し、安価でクリーン、頼れる国内産のエネルギー源。その産業に係る人たちは守られるべき
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- カナダ原油の米国向け輸入量を増加させることを目的としたキーストーンXLパイプライン建設計画の推進(オバマ大統領は2015年11月に承認申請を却下)
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- 再生可能エネルギーは、費用対効果の高いものが民間の投資によって導入されることは支援する
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- 原子力の積極的活用。そのための政府の規制簡素化
温暖化対策のために「化石燃料資源を掘り出すべきではない(keepitintheground)」という民主党関係者が掲げたスローガンも徹底的に批判し、化石燃料資源および原子力の積極的利用を掲げている。
こうした姿勢を明確に示したことが奏功したのであろう、トランプ氏とクリントン氏の州ごとの得票率を見れば、石炭を多く産出する下記の州注2)における得票率はイリノイを除き圧倒的にトランプ氏優勢であったことが報じられている。
トランプ氏のこれまでの発言
「米国第一主義(America First)」を標榜し、外交・安全保障政策や経済政策については目を引く発言が多かったが、環境・エネルギー政策については、特に選挙戦序盤では明確な方針は示されなかった。しかし、メキシコや中国、日本などが米国の雇用を奪っていることを批判してきたのと同様、民主党政権による気候変動への過度な配慮が米国の雇用を奪ってきたことを痛烈に批判している。これまでのSNSへの投稿やコメント、演説から手がかりを探せば、そもそも「気候変動は、米国の製造業に中国に対する競争力を失わせしめるためにつくり出されたでっち上げ」注3)であり、今年5月の演説では「パリ協定はキャンセル」注4)といった言葉も飛び出している。
「オバマ大統領のパリの気候変動懐疑に対して行われた演説は、今まで聞いた中で最も退屈なものだった」注5)とパリ協定採択に積極的な役割を果たしたオバマ大統領の姿勢をこき下ろしたうえで、「国連の気候変動関連プログラムへの資金拠出を含む、すべての無駄な気候変動関連コストをキャンセルする」とも述べて、資金拠出のカットにより節減できた費用を国内の大気汚染対策や水資源関連のインフラ整備に投資することを打ち出している。
なお、原子力については本年9月にScientific American誌からの質問への回答のなかで、「原子力の安全性を向上させることは可能であり、投資を確保すれば原子力の傑出したアウトプットを得ることができる。米国のエネルギー独立のための重要な技術であり、将来的に米国のエネルギー供給の一部を担い続ける」とコメントしている注6)。
大統領選の勝利が確定した以降は、国内の分裂を埋めるべく軌道修正にも努めており、ビジネスマンらしい現実的な対処をみせている。しかし気候変動についてのスタンスは大きく修正されるとは考えづらい。筆者がそう考える根拠は、トランプ氏の支持層が気候変動に対して関心が薄いことにある。図1に示すPew Research Centerの調査によれば、トランプ氏支持者の49%が気候変動に対して問題意識を持っていないとされる。「顧客」のニーズがないサービスを提供しようという発想は、トランプ氏にはないだろう。
政権移行に向けたウェブサイトには、「エネルギー独立」についてのページ注7)はあるが、「気候変動」についてはページが存在すらしない注8)。
また、政権移行チームで環境保護庁(EPA)の担当には、議会に対してパリ協定を拒否するよう呼びかけ、連邦政府の土地を林業や石油やガス田の開発、石炭採掘等のためにもっと開放すべきであると主張しているMyron Ebell氏を据えると報じられている注9)。「Climate Denier(気候変動自体を否定する人)」がEPAのトップになれば、当然予算措置などでも甚大な影響が及ぶだろう。
予算措置についていえば、気候変動関連の政府支出を8年間で1,000億ドル削減すると表明されている。この公約が実現されれば、クリーンエネルギー研究開発も聖域ではなくなる可能性がある。世界が気候変動に対処していくためには革新的技術開発が必要との条文がパリ協定にも盛り込まれ、COP21においては国際的な技術開発連携プラットフォームとしてMission Innovationも設立されたが、米国の積極的な貢献は望み難くなった。
- 注2)
- U.S. Energy Information Administration “Which states produce the most coal?”
https://www.eia.gov/tools/faqs/faq.cfm?id=69&t=2
- 注4)
- http://www.forbes.com/sites/ericmack/2016/11/11/donald-trump-says-climate-change-is-a-hoax-lets-discuss/#5d5a28f11d50
http://edition.cnn.com/videos/politics/2016/09/26/mobile-clinton-trump-debate-hofstra-sot-climate-change-01.cnn/video/playlists/mobile-2016-presidentialdebate-donald-trump-hillary-clinton/
- 注7)
- https://www.scientificamerican.com/article/what-do-the-presidential-candidates-know-about-science/