COP22参戦記(その1)
米国大統領選の結果に揺れるCOP22会場
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
今回のCOPの成果として期待されていたのは、パリ協定発効を祝い、温暖化対策推進に向けて高まりつつあるモメンタムを維持することであった。パリ協定発効だけでなく、航空業界の自主的な排出量取引導入注1)や海運分野での燃費報告制度導入など、前向きな動きが続いており、パリ協定発効の祝賀ムードに終わらせずモメンタムを保つことが一つの成果として考えられていたのである。
もう一つ、具体的な成果として期待されたのは、パリ協定ルールブックに関する作業計画策定である。日本では、COP22においてパリ協定の「ルール作り」が行われるとされていたが、具体的な議論に入ることは殆どできないこと、作業計画の大枠に合意を取り付けることがギリギリ期待できる成果であろうとは、交渉を長く見てきた方には共通の見方であった。COP22直前には国連関係者から「COP22に対する期待値のコントロールが必要だ」とのコメントも聞かれている。
このようにCOP22は当初から大きな成果を期待されていたわけではないが、モメンタムを維持するという観点からは真逆のニュースが飛び込んできた。米国大統領選挙の結果だ。トランプ氏が次期大統領になることが決定しただけでなく、上下院ともに共和党が多数派を占めることとなり、今後米国が積極的に気候変動問題に関与することは期待しづらくなった。交渉関係者は冷静さを保っていると聞くが、会場のそこここで「トランプ・ショック」とでもいうべき反応が見られる。
米国から参加した友人は、飛行機がマラケシュに着陸しスマートフォンの電源を入れたと同時にトランプ氏勝利の報を受信したそうで、同乗していた数人のアメリカ人が泣きだしたと述べ、この選挙を「nightmare」と表現した。COP会場ではミシガン大学教授や学生などが急きょトランプ政権後の米国の環境政策について議論するワークショップを開催したり、「We are still in(我々米国はまだパリ協定にいる。すなわち、離脱はさせないという意思表示であろう。)」というNGOのデモンストレーションが行われたりしている。
COP会場入りしたケリー国務長官は、今日11月16日、「トランプ政権の政策についてはコメントする立場にない」としながらも、米国では州ごとの温暖化対策なども相当程度進められていること、国民の温暖化対策の必要性に対する理解も進んでおり、国民は温暖化対策の推進を望んでいると演説して会場の拍手を浴びたが、「米国は変わらない」と言ってもらいたい環境派の切なる願いに応えただけにも見える。
米国大統領選挙においては、選挙キャンペーン中の発言は現実路線に回帰していくのが常であるが、少なくとも気候変動についてはトランプ氏が軌道修正を図る兆しは見えない。政権移行チームのEPA(環境保護庁)担当に、気候変動問題の懐疑派として有名なMyron Ebell氏が指名されるなど、人事措置をみてもそれは明らかである注2) し、トランプ氏は大統領就任と同時にパリ協定からの脱退を考えているとの報は変わらず流れている。
パリ協定は既に発行しているので、脱退には4年という歳月が必要になる。そうなれば次期大統領選挙も見えてくるため、おおもとの気候変動枠組み条約からの脱退を選択する可能性もあるだろう。気候変動関連の国連への資金拠出はゼロにすると表明しているため、米国が約束した「緑の気候基金(Green Climate Fund)」への3億ドルの拠出のうち、既に実施済みの0.5億ドル以上の拠出は期待できないであろう。
しかし、トランプ氏がどこまで何をやるかはまだ全く不明ある。先述したミシガン大学教授らのワークショップにも参加してみたが、お化けに対する恐れを延々語っているに過ぎないという印象を持った。まずは就任式を待ち、新政権がどのような舵取りを行うか、冷静に見守るしかないだろう。
そもそも米国がパリ協定採択に積極的な貢献をしたとは言え、楽観視できないことは昨年のCOP21直後から明らかであった。パリ協定採択直後、共和党重鎮の Mitch McConnell議員はパリ協定について「自分の目が届くうちは、どのような気候変動国際合意も議会を通過することはない」とコメントし、Jim Inhofe議員は、議会の承認なしには、米国はどのような排出削減や経済支援に関する合意に法的に縛られることはないと、大統領の単独行政協定によってパリ協定の受諾を目指すオバマ大統領に釘を刺したと報じられている。
2015年12月14日のThe WALL STREET JOURNALはその社説で、「各国政府や国連による大騒ぎから生まれたものでは地球は救われない。人間と自然のリソースに対する政治的な管理を拡大するというパリ協定に盛り込まれた内容では、世界はより困窮し、技術的な進歩も見込めないだろう。」と批判したほか、翌15 日には、「連邦政府が対応すべき最大の問題として、気候変動を選んだ回答者は7%にとどまり、テロと経済が上位にきた。」と報じた。米国民の関心の大きい方から並べれば
国家安全保障・テロ対策40%>雇用創出・経済成長23%>歳出>医療>気候変動>移民、宗教・倫理的価値観
となった。気候変動は大きな自然災害があれば関心が高まるとはいえ、当時気候変動に絞った設問では、41%が直ちに措置を講じることを支持したにとどまっている。
オバマ大統領のクリーン・パワー・プランは全米半分以上の州で訴訟が提起されており注3) 、最高裁の判決次第でその去就が変わる。最高裁ではDC裁判所の判決が出るまではEPAにCPP執行を停止する判決が出されており、その行方は楽観できないものとなっていた。
また、米国の約束草案は、米国産業界から「(内訳は)ブラックボックスの中」、「政府と産業界はこの目標に関してNo consultation(協議していない)。2025年までに2005 年比26-28%削減という米国の目標の4割は根拠不明」とも批判されていた注4) 。
こうした状況を踏まえれば、米国の姿勢が変化する可能性は含んでおくべきであったのであり、トランプ・ショックを「青天の霹靂」と捉えるのは楽観が過ぎたのである。とはいえ、いま悲観しすぎることもまた無益であろう。共和党は過半数は抑えたが、重要法案の可決に必要な60票を確保している訳ではない。
わが国でもにわかにトランプ政権後の環境エネルギー政策に関心が高まっている。政府は従前の主張通り、米中などすべての主要排出国がその責任と能力に応じた貢献をするよう最大限の交渉努力を続ける必要がある。しかし現時点でできることは従来の主張を崩さないことであり、トランプ政権発足後の想定については「思考実験注5) 」であると割り切ることも重要である。
そもそもプレッジ・アンド・レビュー方式を採るパリ協定の下では、自国の貢献は自国で決める。日本のできること、やらなければならないことが米国の貢献によって変わるわけではない。批准の遅い早いなどではなく、日本に求められる、日本が可能な貢献を実質的に考えていく好機とでも捉え、新たな米国の船出を見守る冷静さが必要だろう。
- 注1)
- 山本所長「いよいよ始まる国際航空分野の排出量取引」
- 注2)
- 有馬主席研究員「トランプ政権の下で米国のエネルギー・温暖化政策はどうなるか」
- 注3)
- 竹内純子「オバマ政権クリーンパワープランはどう動くか」
- 注4)
- 竹内純子「COP21パリ会議を振り返って」
- 注5)
- 有馬主席研究員「トランプ政権誕生に備えた思考実験」