わが国の省エネはどこまで期待できるか


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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省エネ政策の今後

政府は今後、

原単位改善に取り組むインセンティブの強化(ベンチマーク設定業種の拡大等)
エネルギー管理の実態に合った規制や補助制度の構築(サプライチェーン単位やグループ会社単位等での省エネを促進する支援制度の充実等)
サードパーティ(ZEHビルダーやエネルギーマネジメント事業者など)の活用による省エネポテンシャルの掘り起こし

などについて、具体的な施策を講じていくとしている。政策の効果を適宜検証し、実効性を高めていくことが必要であるが、改めて今後の省エネ政策に必要な視点として、下記の3点を指摘したい。

(1)行動変革につながる具体性ある情報提供の実施
 短中期的には経済性が見込める省エネ対策でも、情報や動機の不足、人間の合理的選択の限界や資金調達力などに課題があり見過ごされたままになっているケースは多い。儲かる省エネをやらずに過ごしているのは、それこそモッタイナイ話であり、まずは大きなコストをかけずに可能な情報提供などを充実させることが求められる。しかしその方法には工夫が必要だ注6)
 京都議定書第1約束期間においては大々的な国民運動が展開されたにもかかわらず、2008~12年の5年間平均最終エネルギー消費は1990年と比べて約33%も増加してしまった。国民全体が当事者意識を共有することが困難であることはこの経験からも理解されるが、情報や動機の提供方法によっては有効に作用する場合もある。
 株式会社 住環境計画研究所他2社が北陸地域の一般家庭2万世帯を対象にエネルギー使用状況等に関するレポートを送付したところ、そうした情報提供を行わなかった2万世帯と比較してレポート送付の1か月後には0.9%、2か月後には1.2%の省エネルギー効果を確認したという。他世帯との比較や、省エネ行動を採らないことによる損失が金額換算で具体的に示されたこと、各世帯ごとに適したアドバイスが含まれていたことなどが大きく作用したと分析されている。翻ってみれば、これまでの国民運動は多分に全国民を対象にしたキャンペーンとしての色合いが強く、国民の具体的な取り組みにつなげる工夫に欠けていたのではないだろうか。
 家庭部門だけでなく、省エネ法の規制対象外であるような中小企業が今後活用したい省エネ支援策の約4割が情報提供(講習会や無料省エネ診断等)であること注7)も注目に値する。ソフト面の対策は「心がけ一つ」で一定の改善が期待できる。そのメリットである対策コストの安さを生かす工夫が必要であり、コストのかかる郵送や訪問ではなく、メール等の通信手段を活用するなど、HEMSやスマートメーターの普及、電力自由化等を契機に情報提供の手法が充実していくことが望まれる。

(2)価格効果の縮小に留意すること
 今後の政策を考える上で留意しなければならない点として、エネルギー価格上昇による需要抑制効果が縮小していることを指摘したい。オイルショックを契機に日本でこれだけ省エネが進んだのは、エネルギー価格が高騰したため、特にエネルギー集約産業においてその消費を抑制するための省エネ設備への投資回収が容易になったことによるところが大きい。しかし資源エネルギー庁が行った「エネルギーミックスにおける省エネルギー対策に向けた施策評価・効果分析調査」によれば、燃料価格および電気料金が1%変化したときの燃料・電力の消費量の変化はオイルショック当時と比較すると軒並み縮小しており、過度な省エネを目指せば副作用が懸念される。
 COP21の後わが国では炭素に対する価格付け(カーボンプライシング)議論が盛んであり、炭素税あるいは排出量取引といった「明示的炭素価格」の導入も議論されている。カーボンプライシングの趣旨は、排出される炭素のコストを排出者に負わせることで、炭素排出が抑制されるようにする、低炭素技術が競争力を持つようにするといったことにあるが、上述した省エネ法も高コストであっても効率の良い設備に投資することを促すなど、暗示的な炭素価格の機能を果たしているといえる。今後カーボンプライシング施策の導入や省エネ施策の強化を行うにしても、この現状をよく考慮せねば、日本経済・国民生活に甚大な影響を与える恐れがある。

(3)政策効果の不断の検証と改善
 エネルギー消費量は社会構造や経済状況、技術の進展により大きく変化するものであり、掲げた目標からバックキャストして確実に達成しようとすれば国民生活に過度な負担となったり、無駄を生じさせる恐れがある。必要なのは政策効果を不断に検証し、情勢の変化や効率改善の進展に応じた改善することである。省エネ小委員会に提示された資料注8)によれば、省エネ補助金の採択案件の投資効果として5万円程度の補助投資により原油換算で1kLの省エネ効果が得られたとされている。

図3図3/省エネの費用対効果の検証 【2030年までの省エネ効果を対象とするケース】
(出典:資源エネルギー庁 平成28年8月26日「省エネルギー小委員会 取りまとめ 参考資料集」注9)
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 これをベースにわが国のエネルギーミックスが求める、5,000万kL(原油換算)の省エネが、2030年時点で設備投資(平均耐用年数14.4年で計算)の効果として発現しているために必要な補助投資額を試算すれば、約37兆円にも膨らむ(なお、この試算には複数の留保条件があることには留意が必要)。
 特に今後重要であるとされる住宅・建物の断熱性能向上は必要な初期投資額が大きいため、費用対効果は最も悪い。居住者の健康性、快適性、遮音性、安全性の向上やメンテナンス費用削減などのコベネフィットを金額換算する研究もなされているが、省エネ単体で投資の費用対効果を考えると回収が困難であるケースが多い。費用対効果の悪い省エネに、産業政策的意義への期待も持たせることで多額の補助金を費やした家電エコポイント制度が会計検査院から「酷評」注10)されたことは記憶に新しいが、これまで省エネへの補助政策は、「良いこと」という漠然とした印象評価が先行し、十分な費用対効果の検証が行われてきたとは言いづらい注11)。しかし政策として実施する以上、エネルギー消費量やCO2排出量削減といった政策目的達成上の費用対効果を評価し、他の政策との取捨選択が必要だ。
 政府は新築住宅・建築物について段階的に省エネ基準適合義務化するとともに、住宅・建築物のネット・ゼロ・エネルギー化(ZEB・ZEH)への補助を行うこととしているが、固定資産税の軽減措置や省エネ住宅・建物のコベネフィットに対して損害保険料・生命保険料等の優遇で評価するなど、インセンティブ設計において幅広くアイディアを募ることが必要だろう。

注6)
省エネルギーバリアに関する論考として、「エネルギー・資源」Vol.36No.3「省エネルギーバリアとその解消策―「見える化」などの情報提供に求められるもの」西尾健一郎などがある。
注7)
平成27年8月26日資源エネルギー庁「省エネルギー小委員会取りまとめ参考資料集」P64(出典)中小企業白書(2010)より
注8)
総合資源エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会省エネルギー小委員会-取りまとめ参考資料集
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/shoene_shinene/sho_ene/report_01_01.html
注9)
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/shoene_shinene/sho_ene/report_01_01.html
注10)
会計検査院法第30条の2の規定に基づく報告書(要旨)「グリーン家電普及促進対策補助金等の効果等について」
http://www.jbaudit.go.jp/pr/kensa/result/24/pdf/241011_youshi_1.pdf
注11)
温暖化関連事業全体の費用対効果や評価に関する課題を整理した論考として「国の温暖化対策関連事業の現状と課題―公会計資料と行政事業レビューシートに基づく分析」(電力中央研究所社会経済研究所木村氏)などがある。
http://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/detail/Y15018.html

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